萌黄妻の余裕(:淡黄)
View.クリームヒルト
「まったく、その言い方だと私が身体しか好きじゃなかったように聞こえるぞ、クレール」
「ヴェール!」
私が空を眺めていると、いつの間にか近くに居たヴェールさんが何処か呆れたように私達に話しかけてきた。格好はいつものように前世で想像するような、邪悪ではない大人の魔女のような服装である。身長も胸も色気も無い私には着れそうにない着こなしである。
――……色気って私も人妻になったら手に入るものなのかな。
別に色気が欲しい訳ではないのだが、自分が色気をつけたらどうなるのかは気にはなる。カサスだと主人公はエンディングでちょっと未来に飛ぶやつだと、ちょっと大人っぽい成長をしているスチルはあるのだが、色気と言えない成長であった。なので私が色気を持つというのが想像つかない。なにせ前世でも二十歳越えても色気は皆無だったからね! 代わりに世界各国回って筋肉はついてたけど、私は色気のかけ離れた存在なんだよ!
「確かに私は男性の筋肉とかに惹かれるが、それだけで生涯を供にしようとは思わないよ。家柄とかではなく、性格が好きで告白したんだ」
本当に身体だけで決めていないのかな、と不安に思うのは黒兄に対しての態度が原因だろうか。というかヴェールさんから告白したんだね。まぁクレール君は口下手っぽいし、ヴェールさんはグイグイいくタイプだからそこまで以外でもないかな?
「けど私への告白は“身体が好き!”という感じだったじゃないか」
「クレールだって私の太腿とか下腹部辺りが好きだったじゃないか。それだけで私との結婚を承諾したのかな?」
「確かに特に好きと言うだけで、それだけではないな。そういうものか」
「そういうものさ。ところで私が此処に来た理由だが、研究所から騎士団に報告があって――」
普通フェチズムは抑えて性格とかが好きだと告白するのに、フェチズムを優先させすぎやしていないかなこの二人。上手くいっている以上はとやかく言うまいが、シャル君がこの様子を見たらどう思うんだろうね……
「――という感じだ」
「了解した。しかしその内容ならば対面口頭でなくとも、それに伝令でも良かったのではないか?」
「職権乱用というやつだ。普段激務なんだからこの位の役得があっても良いだろう?」
「あまりよろしくないぞ。上に立つ者がそれでは秩序が保たれない」
「そうした上で秩序を保てるようにしているんだよ。愛する夫の傍に少しでも居たいがための必死の努力だ。嫌ならやめるが」
「上に立つ者として在り方を語っただけで嫌ではない。そうやって自分を律さないといくらでも甘えてしまいそうだからな」
「甘えてくれるなら私は嬉しいけどね」
「格好つけたいというプライドだ。そこは察してくれ」
「はいはい。分かっているよ」
「……分かっていて言わせただろ、ヴェール。意地が悪いぞ?」
「意地悪をしてもなお余裕を保つ事が、格好つけるという行為そのものだろう? 私は夫のために意地悪なんだよ」
「……そうか」
「そうだとも」
お、おお、なんか夫婦のラブラブぶりを見せられている気がする。私の知らない夫婦の絆のような物をひしひしと感じる。
……というか今更だけど、私がこうしてクレール君というヴェールさんの夫と君、ちゃん付けで呼び合い、今もこうして模擬戦で触れ合う事についてはヴェールさんはなにか思わないのだろうか。嫉妬されたり、「夫に近付く女は新開発の魔法をかけてやる!」みたいな攻撃を受けたりしないだろうか。……せめて前者までに留めて欲しいな。
「はは、もしかして私が嫉妬しないか不安かな?」
「!? あ、あはは、そうだね。恋愛的には狙ってないけど、男女間の友情を否定する人も多いからね。それで嫉妬されるかな、と」
私としては男女間の友情はあると思う方だ。というか前世でも男友達は居たし、メアリーちゃん親衛隊ガチ勢の皆とは仲良いけど恋愛とかはまず無いし。
けど無いと思う人も居る事は分かるし、否定する気も無い。なのでヴェールさんが私達の友情に対し、嫉妬されたらこれからは遠慮しなくてはいけないだろう。実際騎士団の人達もあらぬ目で最初の方は見ていたし。模擬戦を目の当たりにしたら「これは不貞とかそういうのとなんか違う」となって見なくなったけど。……ヴェールさんはどっちだろう。
「むしろ夫が良い感じに汗を掻いて身体が輝くからもっとやってくれたまえ! 実際私が此処に来た時興奮で平静を保つのが大変だったからね!」
良かった、安心できそうである。
「というかありがたいよ。夫は騎士団最強、魔法無しの剣技では他の追随を許さないと評された男だ。私も魔法有りなら戦えるが、君のように肉弾戦となると難しいよ」
「あはは、私も錬金魔法は使うけどねー」
「それでもその小さな身体で充分戦えているんだ。むしろ互いに高め合っている。そう、最高だと思っていた肉体がさらに高まる。これを良しとせずしてなにを良しとする……!」
先程まで色気がある、だったヴェールさんだが、今は色っぽい、になっている。世の男性が見たらドキッとしそうである。……もしかして今回、私達の模擬戦が終わるタイミングを狙って来ていないかなヴェールさん。そう思う程の恍惚ぶりである。
「あとはそうだね。私は愛されている自覚があるから大丈夫だよ」
「自覚?」
「だって彼はあんなにも私を愛してくれている。私も相応の愛を示している。だから異性と仲良くした所で心配はないんだよ」
聞きようによっては自惚れでしかない言葉。けれど確信を持って言う言葉には、先程のクレール君が微笑んだ時と同じような厚みと、確かな愛を感じた。これが愛という奴なんだな、とスッと納得できる程度には当たり前の物であるように思えたのである。
「あと互いが互いの肉体を愛している。これがなによりも揺るがぬ愛だ!」
「否定はしないが、流石に大声で言われると恥ずかしいぞヴェール」
うーん、変態性と積み上げられた愛。この両方は両立が出来るんだなと、同じようにスッと理解出来てしまうのであった。
「ところでクレール君的には黒兄……クロ子爵の身体にに夢中な妻の事をどう思うの?」
「新しい好きを見つけられて嬉しいよ。ははっ」
この笑顔はどちらの意味の笑顔だろう。光が宿っていない目からは、今の私では読み取れなかった。
◆
「今思えばあの時のクレール君は、本気で新しい好きを見つけられた妻を見て喜んでいたなぁ……ううむ、愛というのは難しく深いねぇ……」
以前の事を思い出した私は、あの時の夫婦の表情は確かな愛があるからこその表情の変化なのだと改めて理解していた。
言語化するとなると難しい。しかし、確かにあの夫婦は互いを想い合っていると分かるような愛による表情変化があったのだ。感情に疎い私すら分かるのだから、相当愛し合っているのであろう。
「……。よし、私も、あのくらいになるよう頑張りますかー」
私がティー君にあのような表情変化をもたらせているかは分からない。
しかし、それを目指すのは今からでも遅くはない。カルヴィン夫妻のように年月を重ね、あのような愛を目標の一つとして見よう。そう思った私は、気持ちを切り替えてシキを散歩するのであった。




