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偶に起きる衝動的な感情_2


 ふふふ、俺だって一応取り柄と言える程度には服を縫うのは得意という自負がある。

 終わりが遠い作業は辛い時もあるが、着る相手の事を考えれば楽しいものであるし、徹夜だって苦にならない。むしろ調子の良い時は寝る間も惜しんで縫い続けた(妹と友人に言われて流石に治しはした)。

 そして今回は大切な相手に対して縫うのだ。グレイの時やドレスを縫う時もそうだが、大切な家族に対して縫うというのは思いの外楽しく、完成した時に喜んで貰えるとさらに嬉しい。

 振袖を完成させたら喜んで貰えるだろうか。とはいえあまり着慣れないモノだろうから、そこの所は注意を払わねば。


「クロ殿」

「なんでしょうか、ヴァイオレットさん。安心してください、俺がドレスと同様に素晴らしいものを作りますから!」

「ああ、とても嬉しいな。だが……」


 と、ヴァイオレットさんに対して意気込みを語ると、何故かヴァイオレットさんが少し困ったような表情で近付いてきていた。そんな表情も綺麗だがどうしたのだろうか。

 見た限りでは体形も変わったように見えないから、以前と同じボディを――


「――んむっ!?」


 と、急に俺に歩み寄ったかと思うと、ヴァイオレットさんは俺の首に腕を回して、そのまま顔を近すぎて見えない距離まで更に近付けた。

 そして俺は突然口からの呼吸が止められる。


「――――」


 ……え? …………え? なにが起きている?

 唇に柔らかいモノが触れている。

 甘い香りが支配する。

 これは確か。そう、確か同じ香油のはずなのに不思議と甘い香りがするヴァイオレットさんの香り。それが今唇に触れる柔らかい感触と共に間近に迫っている。


「――ふぅ」


 顔が少し離れ、見えなかった顔がようやく見えるようになる。

 表情は少し照れたような、何処か色っぽい表情で。

 そんな表情を浮かべた大切な存在であるヴァイオレットさんの凛々しい顔が真正面にある。

 状況を整理すると――


「……キス」


 誰かがそう言うのが聞こえて、状況を確かに理解した。

 つまり俺は今、誕生日の夜と同じ事を、された。

 違う事と言えばヴァイオレットさんからしてきた事。背を伸ばし、抱き寄せて数秒間された事だ。


「えっと、急になにを……」


 俺は唐突な事に理解が追い付かず、間の抜けた問いをかけてしまう。


「クロ殿、私の為にフリソデを縫おうとしてくれるのはとても嬉しい。だが、それで体調を崩されては困る。それに、その……」


 ヴァイオレットさんは俺の問いに対して途中までは毅然としていたが、途中で言葉が詰まり、どう言えば良いか分からないように少し視線を彷徨わせた後、


「せっかくの新年に、クロ殿と一緒に過ごせないのは寂しい……から、落ち着いて欲しくて。……落ち着いて貰えただろうか」


 顔を赤くして、どういう表情をして良いか分からないかのように少し困ったような微笑みを浮かべた。


「……それで、キスを?」

「その、衝撃を与えないと止まらない事は知っていたが、暴力を振る訳にもいかなくて、なら精神的な衝撃を与えようかと思って」

「それでキスを?」

「う、うむ。キスほどの衝撃ならば止められるかと思って……それに私も……」


 ヴァイオレットさんは言っている途中で恥ずかしくなったのか、小さな声で消え入る様に「私もしてみたかった」と、呟いた。

 成程。俺の今年の幸運はこのままだとすぐに尽きそうなくらい放出されているらしい。

 そして改めて思う。可愛いが過ぎる。

 いっその事もう一度こちらからしてみようか。よし、するべきだな。憚れる理由はなにもない。すぐしよう、そうしよう。


「……グレイ君。私達はもう、行きましょうか。……グレイ君?」

「父上と母上が新年からキスを……!? こ、これはお祝いの料理を! いえ、シキの皆様にお伝えしなければ!」

「やめなさい」

「ですがついに、ついに父上と母上が一歩先の段階に……! う、うぅ……」

「え、泣いているのですかグレイ君!?」

「だって、だって……結婚して半年も経とうとしているのに、先に進まないのは私めが居るせいだと思っていたのですが……ようやく進んでいるのを目の当たりにして、私めは……!」

「お、おーよしよし、泣かないでくださいねー。ほら、お姉さんの胸で良ければ貸しますからねー」

「う、うぅ……ありがとうございます。ですが大丈夫です、私めは強いですから、泣いても自分で拭います……!」


 あ、そういえばグレイとメアリーさんが居たんだった。流石に息子と友の前でキスを続けるのは恥ずかしい。というかグレイはそんな事を思っていたのか。後でそんなことは無いとフォローしないと。

 そして、ヴァイオレットさんはそれを承知した上でキスまでしてくれたのか。恥ずかしかっただろうに……でもそうせざるを得ない程俺は暴走していたんだな。反省せねば。


「そうだ、グレイもメアリーも居たのだった……!」


 いや、承知していなかった。


「もしかして忘れていたんですか?」

「その、クロ殿を止めるのに、一番良い方法を考えて、つい衝動的にやってしまって、その、だな……」

「それは、その……あ、ありがとうございます?」

「ど、どういたしまして……?」


 ヴァイオレットさんはますます顔が赤くなった。多分俺の顔も赤いだろう。

 この感情をどう発散すれば良いんだ。嬉しさとか恥ずかしさとかもう一度したいとか色々あるが、どのようにすれば良いかが上手く考えが纏まらない。

 そうだ、つまりこの好意に俺が出来うる事で返せば良いのか。

 俺が出来る最大の恩返し。それは俺が得意という自負がある行為。つまり――


「で、では、落ち着かせてもらったお礼に服を縫いますね! このキスに答えられる最高の返礼をしましょう!」

「クロ殿、ループに入っているぞ!?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 既婚者には振袖じゃなくて留袖なんやで
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