明紫と通じ合う瞬間(:菫)
View.ヴァイオレット
早朝からシスター見習いの先取り逮捕や怪我の方向性を誤りそうになっていた医者など、心を乱す出来事はあったが、むしろいつも通りとも言える様子に終わった後だと落ち着いてしまう。
あの様子をいつも通り、と言えるのはクロ殿と婚姻を結ぶ前であれば想像もつかないことである。“トラブルに対して冷静に判断出来るようになった”と言えば間違いなくプラスな出来事だが、その言葉の前に“ただし変態個性に限る”が付きそうであるので、慣れてしまい惰性にならないようには注意しなくてはと思う。
「私の妻が――可愛すぎる! ヴァイオレット、兄も含めた結婚式をする気はないか!」
「ないです」
例えば教会を出たら目の前に現れた、私が感情をコントロールするのに目標としていたうちの一人であるソルフェリノ兄様が、妻であるムラサキ義姉様に対し真顔で感情を発露させる事に対し惰性になってはいけないと私は思うのである。というよりこれを慣れたら色々まずい気がする。
「可愛すぎると言うのは本当だが、結婚式の件は冗談だ我が妹よ。緊張を解すための兄ジョークだ」
「その台詞自体が私にとっての悪夢のような冗句のように思えるのですがね」
「そう言うな。私とて変わり始めている証拠であると思ってくれ」
変わり始めたのも理解は出来るし、感情を表に出し始めたのは喜ばしい事ではあるのだが、それはそれとして思う所をなくす事は出来ないのである。なにせ今までの仏頂面のまま先ほどの台詞を言うのだから。
「大体私が急に結婚式をねじ込むはずが無いだろう」
「やるなら充分な準備の上、最高の結婚式を開いてやる、でしょう。だからそんな急な結婚式などするものか、ですよね」
「よく分かったな」
「私の兄ですので」
……しかしもしかしたらかつての私もこんな風だったのか、と思う時もある。クロ殿達は以前の私を知らないので違和感が無かっただろうが、研修で来ていたアッシュやシャトルーズなどには今の私と似たような感情を抱かれていたのかもしれない。
「ふむ……なるほど。という事は私も来年には……なるほど」
「私を見ながらよく分からない納得をしないで下さい。なにがなるほどなんですか」
「私も来年の今頃には、愛する夫婦としてここにいられるなんて世界で一番幸せだ、という雰囲気になるかと思い、楽しみになっただけだ」
「本日は参列せずとも祝辞を届けるだけでも良いですよ?」
「熱があって似合わぬ事を言っているわけではない」
「似合わない自覚はあるのですね」
「……今はそこまでではないが、我が子にも急な代わりぶりに最初は怯えられていたからな」
「……そうですか」
我が子に優しくしたら怯えられる。もし私が経験したらしばらく立ち直れないかもしれない。目の前でどこか遠い目をする下の兄を見て優しくしようと思う私である。
それと同時に私は言われるほどに幸せオーラに溢れているのか、とも思う。問われれば肯定はするが、そんなにも溢れ出ていただろうか。
「溢れすぎて嫉妬をされやしないか……いや、嫉妬は当然だからそれをはねのける強さを身に付けねばな。シキの領民はともかく、外部からの貴族などには……」
「妹よ。私は今自分は見当違いの考えにならないよう、客観性を大事にしようと思ったぞ」
「急にそう思われた理由は分かりかねますが、客観性も大事ですが、主観性も大事というだけです。私は私が世界一幸せだと言いたいのです!」
「主観性が大事なら言わなくても自分の中に留めておけば良いだろう。自分がそう思えばそれで良いのだから」
「それはそれとして周囲に自慢したいんです」
「なるほど、厄介だな」
「ですが気持ちは?」
「大いに分かる。先ほどのように妻や子を自慢したいからな」
私とソルフェリノ兄様は握手をした。長年交流があまり無く、内心が分からずにいた兄妹の思いが通じ合いこれからも通じ合うと分かり合った瞬間であった。……兄妹、か。
「……ところでソルフェリノ兄様。このような時に聞くのも変な話ですが、ライラック兄様の件はなにか進展はありましたでしょうか」
聞くのは上の兄様であるライラック兄様。
息子が亡くなった事をキッカケに暴走と言える行動を起こした、私には無い強さを持っていた行動力がありすぎた兄様。
兄様の詳細は、実質勘当された私にはソルフェリノ兄様経由でしか情報が入ってこない。クチナシ義姉様の補助の下、最悪な方向には行っていないとは聞いてはいるが、どうしても気になってしまう。……過ごした時間は少なくとも、私に行動する強さの見本を見せてくれたのはあのヒトなのだから。
「ライラック兄様はノアの箱舟の件の際に、公爵邸の地下部屋という牢屋から脱獄。混乱蠢く我がバレンタイン領で騒ぎ立てる連中を自ら殴りこみをかけ鎮圧。処理と引継ぎを任せて帰宅。事のあらまし伝えて再び謹慎だ。当然説教は受けたが、やった事自体は早期沈静化とバレンタイン家の評価に繋がったので強くは言えなかったそうだ」
行動力がありすぎやしないか、ライラック兄様は。というか第二王子といい謹慎や軟禁はなんなんだと言いたくなる。
「……そうですか。元気にやっているようでなによりです」
「元気すぎだがな。ちなみにこの情報を伝えてくれたのはクチナシ義姉様だが、その活躍ぶりを伝えたかったのか、検閲を自ら無理矢理突破して俺の領まで届けに来てくれたそうだ。日帰りで」
「夫婦揃って凄いですね」
「見習いたいか?」
「……微妙な所です」
「……だな」




