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妙な感覚


「あのね、ウマが僕と遊びたいって言うから、餌をあげて遊んであげていたの」


 シキに帰る途中、ライトブルーくんは無邪気にあの時の状況を説明してくれた。

 この子は攫われたり襲われたという感覚は一切なく、咥えられて森を疾走するダイアウルフに対し「遊んでくれている!」という感覚だったらしい。ある意味子供の感覚と言うべきなのだろうか。ちなみにウマ呼びに関しては、


「え? 餌をあげれば人を乗せて何処までも行くのがウマなんでしょ?」


 とのことだ。今度ブルーさんにはモンスターの脅威を一から教育してもらおうと思う。

 ライトブルーくんを攫ったダイアウルフは、シュバルツさんが会話をして森の群れへと帰らせた。

 途中で無事見つけたという合図をグレイが上空に放ち、シキへ帰る途中に何組かの他の捜索隊と合流すると互いに無事であることを確認してからシキへと戻った。


「おかあさーん!」


 合図を送っていたため戻ってきていることは分かっていたのか、森の入り口に立っていたブルーさんと他の子供達は俺たちの姿を見るなり走って駆け寄り、ブルーさんがライトブルーくんを泣きながら抱きしめた。

 抱きしめられたライトブルーくんは状況を理解できず、ただただ疑問顔であった。親子の再会にシキの領民が胸をなでおろしつつ、一件落着のようにも見える。


「大丈夫、おかあさん? 雨の日はこっそり使っているけしょーすいが落ちるから、あまりお外には出ない、って言ってなかった?」


 やめてあげて。

 あ、泣き止んだブルーさんがニッコリ笑顔で我が子に向き直った。そして無言で脳天に手刀を入れる。……うん、元はダイアウルフがシキに来て攫ったという、仕方ないといえば仕方ない今回の騒動であったが、あの位は教育の範囲だから目を瞑ろう。

 周りの人達も苦笑いをしているし、今の言葉は明日には皆が無かったことにしているだろう。


「怪我は、怪我はないのか!? 狼の牙にやられて深い傷は? 木々を渡った時にできた擦り傷は? いいか、医者である俺に隠し事をしては駄目だ。小さな傷が後々痕になっていくこともあるんだ。だから傷を見せるがいい! さぁさぁさあ!」

「おい、アイボリー。落ち着け」

「落ち着いていられるか! あまり聞かない症例が起きたのだ。これを機に観察記憶しなくてどうする!」


 二人の様子を見ていた変態医者(アイボリー)は息を荒げながら患者に近寄ろうとする。

 医者として怪我を心配するのは分かるが、ハァハァ言いながらだと只の不審者だ。とはいえ簡易の治癒はかけたとはいえ、なにかあっても困るのでこの医者に任せる他ないのだが。

 アイボリーは緊急な怪我はないと判断すると、ライトブルーくんを抱っこし、診療室へとダッシュで運んでいった。……アイツ、いつか人攫いで捕まらなきゃ良いけど。


「それじゃ、私は先に戻るよ。雨は髪には大敵だからね。早くお風呂に入りたいよ」

「はい、今日はありがとうございました。シュバルツさんのお陰で素早く見つけられました。お礼はまた後でお渡ししますので」

「お礼は良いよ。それに元々明日には発つ予定だったんだ。お礼というなら、また今度ここに寄った時に出迎えてくれればいいよ」


 シュバルツさんは再会した親子を微笑ましく見つつ、宿へと帰ろうとする。

 今回の件は彼女が居なければ発見も遅れていたかもしれない。それにこの1週間での彼女は常に善意的であり、今もこうしてお礼を受け取ろうとせず、次に来る時の約束をすることで俺達にも気を使っている。

 ……やはり、いい人なのだろうか。


「服も湿って邪魔だな……よし、どうせ洗濯するのだから今のうちに脱ぐか」

「ここで脱ごうとしたら悪いですが脱ぐ前に拘束しますよ」

「私の美しい芸術を見たくない、だと……!?」

「以前あまり見せないから芸術は芸術たらしめるとか言っていませんでしたか」


 訂正。良い人は良い人かもしれないが、変態であることは変わりないようだ。

 シュバルツさんは「冗談だよ」と嘘か本当か分からない事を言いつつ、宿へと向かっていく。


「……クロ様」


 そして姿が見えなくなってから、小さな声でグレイが俺に話しかけて来た。

 周囲に居る誰にも聞こえないように、皆が俺達を意識から外している時に俺とグレイで一番気になっていた懸念を話し始める。


「あぁ、分かっている。今回の騒動がそもそも何故起きたか、だろ」

「ええ。ダイアウルフがそもそもシキで人を攫った、という記録はありません」


 今回の一件で、結局は何故ダイアウルフがシキに降り立ち、ライトブルーくんを攫ったかは分からない。

 食料にするわけでもなく、危害を加えるまでもなく。ただ遊ぶために攫ったなんてことはないだろう。


『この子はどうも群れから逸れて食糧不足だったみたいだね。餌にしようとしたけど、ライトブルーくんが偶々持っていたお菓子のお陰で空腹は満たされ、従ったみたいだ』


 と、シュバルツさんは言っていた。

 ライトブルーくんがお菓子を持っていたのも確かであるそうだし、肯定も否定も出来ない以上そうかもしれない、としか言えない。

 油断はできない。これが偶然にしろモンスターの環境変化が起因しているにしろ警戒を強化して――


「……あれ?」

「どうされました?」


 おかしい。この妙な感覚はなんだ。

 この場に居る人達が皆無事であったことに胸をなでおろしている姿を見つつ、警戒強化をどうしようかと悩んでいると感じた違和感。

 ヴァイオレットさんが見当たらない。

 土地勘がないからか、責任感の強さからか、ただ単にまだ探している可能性だってある。いや、一緒に探していたアプリコット達も何故いない? 雨のせいでグレイがあげている合図に気付いていないのか? だが、何度もあげていて今も合図を出しているので見つかってシキに戻っていると分かるはずだ。

 モンスターの警戒をして周囲を見回りをしている? 今戻っている最中? そうだ。そうに違いない。そうでなければ困る。だって、これでは――


「ヴァイオレットさん?」


 これでは、ヴァイオレットさんになにかがあったようではないか。


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