年始の白による騒動_1(:偽)
View.メアリー
恋愛三年説というものがあります。
要約するならば、激しく燃えるような相手への好意と、狂いそうなほどの興奮状態は長くても三年しか続かず、その後も恋愛関係を続ける事が出来るならば落ち着いた状態で愛を育む、といったものです。
正確には異なりますが……私はこれをこう解釈しました。
「そう、三年間の激しい感情が続いた後も私を好きでいてくれれば、それこそ本当に私を好いてくれている証拠なのだと」
「…………」
前世では男の子は男に。女の子は女になるような年齢になる前に私は病気で学校に通えなくなったため私は恋愛については物語に出て来る知識でしか知っていません。
今世ではゲームの世界と認識していたため、今世の私は薄っぺらく恋愛なんて語るには烏滸がましい存在です。
今の私はまだまだこの世界について色々と認められていない部分もありますが、徐々に認識を変えていくつもりです。
だから私は思うのです。変わっていく私を見ても私を好いてくれるのか。様々な個性を持つ彼らによる好意を抱いてくれているというのが一過性のモノなのか、本物なのか。そして私という最低な在り方を認めてくれているものかどうかが不安になっています。
そのためにも前世で提唱されていた恋愛三年説を参考に、変わった私を見て、激しい青い感情が収まっても好いてくれている時に私は初めてその方と恋愛関係になるのだと!
「と、思うのですがどうでしょう?」
「ようは好意に気づいておきながら、学生としての三年間に断りもせず“私を好きでいてね!”と男達をキープする悪女という事ですよね。いや、学生の本分を忘れないという点では良いかもしれませんが」
「……ですよね」
……ええ、分かっています。
今クロさんに言われたように、これは現実逃避の最低な結論です。
この説を唱えた科学者さんごめんなさい。私の勝手な結論に貴方を巻きこみました。
私は項垂れながら、苦くも甘い現実を受け入れるために、グレイ君が淹れてくれた珈琲を砂糖も入れずに飲みます。
「あれ、美味しいですね……苦いけれど味に深みがあって……」
「グレイが淹れると珈琲や紅茶は本当に美味しくなりますからね。お気に召したのならばなによりです」
「てっきり母親を追い出した悪女として適当に淹れられると思ったのですが……はっ! これはグレイ君も私をヴァイオレットの友として認めて貰えたという事ですね!」
「違います」
違うのですか。
この珈琲を渡して部屋から出た時に、体調があまり本調子ではないと言うグレイ君の表情が体調不良とは違う複雑な表情だったので、私はまだ認められていないと思っていました。ですが実は認めて貰っていたのだと思って少し喜んだのですが……
「友の道はまだまだ遠いのですね……」
「いや、そもそもヴァイオレットさんとの友情にグレイを巻きこまないでください。まずはヴァイオレットさんと育みましょうよ」
成程、一理あります。
今はこうやってクロさんと話す目的もありますが、ヴァイオレットと友情を育むために来たのでした。
「というか、新年早々シキに来るとは思いませんでしたよ」
そう、私は今シキに来ています。
前世で言えばクリスマスのあの日。私はこの世界の見方が変わりましたが、混乱の始まりでもありました。
それは学園が冬休み期間に入っても収束せずに同様です。誰かと会っても、独りで居ても、学園に訪れても、王都を散策してもぐるぐると感情が回り整理がつませんでした。……私は何処かでやはり周囲の事象が張りぼてに見えていたのだと思います。
このままでは駄目だと思い、私は同じく日本からやって来たクロさんが居て、ヴァイオレットが変わったシキに行けばなにか変わるのではないかと思いシキに来たのです。
そこでまずは挨拶をと真っ直ぐ領主邸に来たのですが、居たのはクロさんとグレイ君のみ。ヴァイオレットはシキには居るものの、今頃実家関連で少し離れているらしいです。そのため帰って来るまでの間、良い機会だと思いこうしてクロさんと会話をしている訳です。
クロさんは初め複雑そうな表情をしていましたが。……浮気とかその辺の誤解を受けないか心配なのでしょうか?
「良いんですか、ヴァーミリオン殿下とかと会ったりしなくて」
「別に大丈夫です。年末年始はイベントもあまり起こりませんし」
クロさんは珈琲を飲みながら私に尋ねますが、その心配は無用というものです。
年末年始は基本的にイベントは個別ルートに入っている時に、個別のキャラと少し起こる程度で、大抵独りのイベントです。主人公も実家に帰ったり、これから起こるイベントへの不穏なフラグが立ったりして誰かと起こる訳では……
「……ごめんなさい。イベントではなくてですね、皆さん実家関連で忙しかったりするんです。王族としての務めや、貴族としての務め。シルバ君も己と向き合うために少し学園を離れていて、その……」
……駄目です。イベントではありません。
いえ、ですが参考程度でも知っておくことは重要で、今もこうしているのは自分を見つめ直す事やヴァイオレットと友情を育む他にも――
「別に構いませんよ。似たような事象が起きているのは事実ですし、俺だってそのイベントを参考に行動した事はありますから」
ですがクロさんはさして気にもせずに会話を進めました。
……気を使われてしまったようです。クロさんは私の事を嫌っているはずなのに、優しいお方ですね。
「やはりこれは人生経験の差でしょうか……」
「突然どうされました」
「いえ、嫌いな私に対してもこうして会話してくれますし、気を使ってくれますから、やはり経験の差がそういった余裕を生んでいるのかと思いまして……」
クロさんのこの言葉は経験の差から来る寛容というものなのでしょう。
前世では碌に誰かと接する事も無く、今世もマトモに見ようとしていなかった私。
対して前世では社会人として働き、今世でも領主で働いているクロさん。やはり誰かと接するという事はあらゆる慈悲・寛容を育むのでしょうか。
「いや、それは無いですよ。そもそも感情を抑えきれなくてここで領主やっている訳ですし、落ち着いていたらヴァーミリオン殿下と喧嘩とかしません」
あ、確かに。
丁寧口調ですから分かり辛いですけど、結構感情任せが多い気もしますね。
でもヴァイオレットへの愛ゆえにヴァーミリオン君と喧嘩した訳ですし、愛ゆえに私に嫌いと言って敵対した訳ですから……
「ということはやはり愛ですか。愛が重要なんですか。愛が私達に敵対する意思を決めたんですね」
「愛って。いや、まぁ確かに好きな相手を馬鹿にされたから敵対した訳ではありますが……」
「やはり愛こそ貧しさから豊かへの架け橋なんですね。哲学的人間源生学科の第一人者はいう事が違います……」
「て、哲学的……?」
愛。
様々な本や思想で取り上げられる議題です。
一種の熱病による執着、衝動に任せた感情行為、愛など存在しないといった否定的な事を結論としているモノもあります。
逆に愛があるからこそ、繁栄があり、生を謳歌でき、現実に立ち向かえるといった肯定的な事を答えとしたモノもあります。
様々な面があるのが愛であり、私には間違いなく足りないモノで――
「――はっ!」
「あれ、なんだろう。その反応は嫌な予感しかしない」
そうです、私は一つの結論に至りました。
足りないのならばまずは学べばいいのだと。
「クロさん、私は今年の目標を決めました」
「はぁ、なんでしょうか。正直嫌な予感しかしませんが、聞かせて頂きます」
「ふふ、その予感は外れます。私の今年の目標は今までと変わらない“手に届く範囲を幸福にしたい”というモノの他に、もう一つ加えました」
「はい」
そう、それはズバリ。
「生に苦しむ事、です」
「苦しむ、ですか? 楽しむや謳歌するといった事ではなく?」
「ええ、そうです。あ、ですが私がマゾヒストという訳ではありませんよ」
しまった、流石に訳が分からなかっただろうか。
確かに表現が悪かった。つまり私が言いたい事は……
「恋も、愛も、心も、善も、悪も。それらは良い時もあれば悪い時もあります。簡単に白黒つけられたら苦労はしません」
「そうですね」
ですから私はこの世界で色々と向き合って体験しようと思うのです。未だにこの世界に対しての認識が崩れなかったり、好意に対して照れて向き合えない部分がありますが、思考停止をして逃げずに向き合う事で私がどう思うかに向き合いたいのです。
今まで無視してきたその感情に苦しむ事は確かでしょうが、この苦しみはこの世界に生きる方々が皆無意識なりとも背負っているモノです。
そして迷い苦しんだ上で私が幸福だと思う事をする事が、確かなこの世界での私の在り方だと思いますから。
「……成程。だから苦しむ、ですか。良いと思いますよ。ですが気負い過ぎないでくださいね」
「ありがとうございます」
私の説明に、クロさんは納得してくれました。
良かった、認めて貰えて。ならばこの提案も出来るというものです。
「ですからクロさん。この目標を達成するためにも教えて頂きたい事があるんです」
「はい、俺に出来る事なら教えますが」
「私に――」
そう、目標を達成するためにも。
「私に愛を教えてください!」




