始まりは帰還報告
「美の大切で可愛い弟は何処だぁ!」
「うわぁ美が襲い掛かってくる! 落ち着いてシュバルツさん!」
日光を浴びながら歩くと汗を掻いてくるような、夏を感じさせる晴天のとある日のお昼頃。久々に感じるシキに着くなり、我を失っているようで失っていない美の化身が襲い掛かってきた。
ある意味予想出来た事ではあるが、馬車から降りた瞬間に迫られると驚くというものである。
「美が折角クロ君達の結婚式を祝うために、あとついでに美しさを示してヴァイスに良いお姉ちゃんアピールをするため色々準備したというのに!」
「ついでの割合の方が大きいですよねそれ」
「来たらシキの領民は居ないし、所々に破片が散らばって建物に傷があったりするし、不安で不安で恐怖すら覚えたんだぞ! その後すぐに領民と会ったから良かったが……!」
「あー、えっと……」
俺達の結婚式を美のお披露目会にしようとしているとはいえ、招待されたから結婚式を祝おうとわざわざシキに来て、来てみたら誰もいない。争った形跡はないが、上空で舟の移動や崩壊の際に発生した物が散乱して、一部は建物にも被害がある。
どうやらシュバルツさんは舟を直接は見ていないようだし、原因不明の事象が起きてもいれば、なにがあったのかと怖さはひとしおだろう。
俺達が原因ではないとはいえ、不安も恐怖させたとなると申し訳なくはなる。謝罪と説明はしておこう。
「――という感じでして。ヴァイス君は馬車の都合上、四時間ほど遅れてくるかと」
簡単ではあるが【ノアの方舟】についてと、俺とヴァイオレットさんなどは、領主という事で先行して戻ってきたことを説明した。
「私から向かえば一時間で会えるな。行ってくる!」
「行くな。馬車は一杯であろうから、迷惑がかかるぞ」
「離してくれヴァイオレット君! 君は私の立場であれば待っていられるか!」
「気持ちは分かるし待つのは厳しいが、迷惑がかかるなら我慢する。そして戻ってきた時に安心感を与えるために、自分らしく出迎える」
「美、確かに私らしくはないか……!?」
シュバルツさんはその後、ヴァイオレットさんに何回かの言葉を投げかけられ、渋々といった様子だが大人しく待つ事にしたようだ。
そして改めて俺達を見ると、なにかを疑問に思ったのか聞いてくる。
「しかし、君達は思ったより――というより、聞いた話を考えると随分と早く帰れたね。もっと王都に居てもおかしくはなさそうだが」
「あー、その辺りはまぁ、俺なんかに関わっている暇はないと言いますか、なんと言いますか……」
「守秘義務に関する事なら詳しくは聞かないよ」
「それもありますが、説明が難しいんですよ。シュバルツさんがマゼンタさんレベルに警戒していたトウメイさんがクリア神で成長したとかその辺りが」
「…………」
「額に手を当てても、俺に熱はありませんよ」
あまりトウメイさん=クリア神というのを広めるのも良くないが、なんか成長したトウメイさんが居る上に、今後は今まで隠れていた分をより表立った信仰する教会関係者を見て、姉であるシュバルツさんは混乱するかもしれないと思い、話した。
初めは受け入れられないといった様子のシュバルツさんであったが、俺が混乱をさせる為だけにこのような嘘を吐くはずがないと、どうにか言葉を飲み込んで信じてくれた。これであとは実際に見れば理解もするだろう。納得するかは別だが。
「まぁ、つまり、なんだ。トウメイ――クリア神の事や、君達がセルフ=ルミノスを封印したような事を表立っては言えはしない。あくまでも巻き込まれた君達は、事情聴取後に解放されたという事実を残すことも含め、早めに帰って来れた、という事か」
「そういう事ですね。言い方は悪いですが、面倒事は王都にいるメンバーが引き受けています」
「グレイやアプリコット達が居ないのもその辺りが理由だ。二人は殿下達と比べるとそこまでではあるのだが、色々する事がある」
「成程、おおよそは理解したよ。まぁ、とにかく……お疲れ様。そしてシキの領民ではない私が言うのも変な話だが、おかえり」
「はい、ただいまです」
「そう言ってもらえると、帰ってきたという感覚が沸くな」
ここ数日は本当に忙しく、そしてとても濃い日々であった。
魔法と機械の古代文明という名の未来に生きているような出来事は起こるし、普段接していた相手が神様だと判明するし、自分は変な世界が見えるようになるし、命と世界の危機もあった。何度目だ命と世界の危機。もっと落ち着け命と世界。
だがその濃い日々も今日で一区切りだ。
シキで仕事をする以上は安息の日々は少ないかもしれないが、それでも帰ってきたという安心感が溢れてきて――
「おかえり、クロ・ハートフィード! ご飯にして俺と食べさせ合う? お風呂にして流しっこする? それとも、カ・ー・マ・イ・ン?」
「とっとと幽閉に戻れこの第二王子が!!!」
そして安心感が溢れていた所を、俺の感情を引き出させるタイミングピッタリにカーマインがにこやかウィンクと共に現れた。
帰れ!!!
「それはそれとして、改めて情報ありがとうカーマイン。おかげで助かった」
「うん、感謝する時はキチンとするお前が大好きだ」
「そうか。じゃあ帰れ」
「ここが私の第二の故郷だ!」
「良いから王城に帰れ!」




