愛殴
「個としての限界だと!? お前とて個だろうが黒・一色!」
「俺の名はクロ・ハートフィールドで、なんでその名前を知っている――ああ、いや、言うな。なんとなく分かった」
「カーマイン・ランドルフから聞いた話だ!」
「言うなって言っているだろう! どうせ嬉々として語ったんだろう!」
「無理矢理記憶を読み取ったに決まっているだろう、そんな事も分からないのか!」
「分かってたまるか!」
顔面を殴られ、鼻から血を流し、キレつつ俺を怒鳴りつけるクリノス。今の一撃で魂の境界線は乱れたが、まだ形としては成り立ったままのようだ。
というか、まぁ……うん。よく考えるとカーマインはそういう事はコイツには言わないだろうな。嫌う相手は少ないだけで割とハッキリしていた奴だし、そういった大事な情報は語らないのがアイツだ。……ここに来た理由の情報提供には感謝するが、アイツについではあまり考えたくないので、気付くのには遅れたが。そういう所――本人にとっての大事だと思う所は、表に出さず心に秘める奴だからな、カーマインは。だからこそアイツは真に理解出来る相手を求めた訳で――って、なんでこんな時にアイツの事を考えなくてはいけないんだ。今はクリノスについて考えろ。……コイツに関してもあまり考えたくはないがな。
「十年も経っていないような年月で愛を語るな、馴れ合いを愛と騙るな、想い合う事のみが愛と謳うな! 他者に向ける愛も、所詮は自身のため。お前も賢者と称された愚者も、聖女と呼ばれた淫売もお前の愛は愛ではないと決めつける――わざわざ話をややこしくしやがって。自分を我慢し相手を慮る事を美談とするなど、後ろ向きの思考だ、自身を汚いと認めたくないが故の思考回路だ!」
俺の言葉を返すように、魂を激しく揺さぶってクリノスは再び九字印を結ぶ。増えた腕、しかも両方右腕だというのに器用な物である。
「そして個としての限界、だと。それを決めるのもお前ではない!」」
「そうだな。俺も俺が正しいと思っているだけだよ」
これが世界共通の話であるわけが無い。そんな共通があれば、世界は今の危機的状況よりも大変な事になる。
――さっきより規模は下。けど魔法としての練度はさらに上。
説教をするが自分が正しいと思っている訳ではないという、ある意味自分がストレス発散をすればそれで良い、というような最悪な行為をしつつ、考える。先程のは世界を黄昏にするような規模ではあったが、今度は小さくも人を殺すには充分な魔法……ブラックホールのような過負荷の集合体。
先程は軍としての最高位の魔法だったので、俺の個として、という言葉の意趣返しかなにかだろうか。こんな事をすれば自身もただでは済まないだろうに、よくやるものだ。これも一種の愛のなせる技という奴か。
「ヴァイオレットさん、申し訳ないですが」
「光魔法だな」
「はい」
だったら俺は俺の愛のなせる技でも使うとしよう。そう思い、俺は唱えつつも攻撃を仕掛けてくるクリノスに攻撃を繰り出しながら、ヴァイオレットさんに頼み込んだ。
短い会話でやる事を互いに理解した後は、ただお互い己がする事をする。
「――光魔法の逆流処置による崩壊か! お前が魔法を殺す点を理解し、それを見たあの女が理解するとか、気持ち悪いな!」
「愛だからな。そういう面もあるだろう」
「そこは同感だ! ――だが、まだだ! 僕の愛はまだまだこんなモノじゃないぞ!」
「奇遇だな、俺達の愛もまだまだこんなモノじゃないぞ」
クリノスは古代魔法を唱えた。
俺は魔力の源を殴り殺した。
クリノスは現代魔法の応用で再現した古代技術で攻撃した。
俺は作った過程と逆をして無力化した。
クリノスは右腕の一つを媒介とした超爆発を行った。
ヴァイオレットさんが俺を守る魔法で庇ってくれた。
クリノスは自身の【解】を強めて掴んでいる俺の右腕を弾き飛ばそうとした。
俺は右腕のみ効果の範囲外になる抜け道空間を作り出し、その後飛ぶ事無く解放された。
クリノスは光魔法で再現したビーム砲のような物を左手から撃ってきた。
俺は避けると周囲に被害が出るので、真正面から全てを受け止め、そしてダメージを逃がしきった。
クリノスは身体強化魔法を使った。
俺は身体強化魔法を使った。
クリノスは俺に殴りかかってきた。
俺はクリノスに蹴りを入れに走った。
「分からない奴だな、お前は!」
「分からない奴だな、お前も!」
「いや、僕はお前には理解されたくないな!」
「ああ、俺もお前には理解されたくないよ!」
「同族嫌悪か!」
「異族嫌悪だ!」
「いいや、同族だね! カーマインと同じで、実は僕達似ているかもね!」
「おめでとうセルフ=ルミノス、お前は俺に対する最悪の侮辱を言った!」
「やったね! じゃあお前も最悪の侮辱チャレンジ言ってみよう!」
「準備期間の割に目的達成後の時間が短い可哀想な子」
「やかましいぞ!」




