決めるのは
クリア神とセルフ=ルミノスは融合こそしたが、別たれる前の元の一つの身体に戻ったという訳ではない。
そもそも今の身体の方は一つになる前にセルフ=ルミノスが自身の身体を持たなかったせいで、頭上に天使のような歪な輪っかが浮かんでいる事と、クリア神の外見が成長したかという程度の外見の変化だ。二人が合体したらもう少し違う感じになるだろう。
そしてなにより、魂の方が不平等に分かれている。魂を融合すると主導権を握れるか分からなかったから融合しなかった――のではなく、あくまでも“セルフ=ルミノス”が“クリア”で遊ぶための行為であるために、あらゆる権能を奪ってからの一つの身体に魂を内包する事にしたようだ。魂の変革に一日の長があるために出来た芸当だろう。本当に厭らしい性格をしている。だからこちらも戻った訳ではない。ようは先程戻った的な事を言っていたが、その発言自体がクリア神に「今の身体こそが元の姿」と思わせるための発言なのだろう。
――トウメイさんの魂だけ引き剥がした所で、どうなるか分からないのが問題だな。
先程俺の痴女発言に抗議……怒った? のを見て彼女の魂が何処にあるかは分かった。
場所と質や大きさが分かれば何度か繰り返して試し、適応しきれば引き剥がす事自体はそう難しい事ではない。だが今のクリア神の魂はとても弱い。あの身体からクリア神の魂を分離すれば、容れ物が無い以上霧散して死んでしまうかもしれない。あったとしても入る事が出来ないかもしれない。
かといってセルフ=ルミノスの魂だけを奪ってしまえば、身体の方がもたないかもしれない。どうしたものか。
「トウメイさん、私の事は良いから私ごと殺して、というのはまだ出来ません。敵とは言え、貴女という人を殺した手で愛する妻や息子に触れるのは気が引けますので。自分勝手とお思いでしょうが、それはお互い様という事で」
クリア神の身体を持つセルフ=ルミノス――クリノスの魔法を突き、砕き、殺し、存在意義を壊して魔法として成り立たせ無くしながら、俺はクリア神が聞こえないと分かりながらも俺に向かって叫んでいるのが見えたので、答えた。
世界の危機も重要だが、それよりも愛する妻と息子に対し、安易な殺害という手段を取るのは誇れる事ではない。だから俺のためにもクリア神ごと殺すという手段を選ぶのはまだ避けたい所である。そもそもそれをするのにも、まだ確実な道筋が見えている訳ではないのだが。
「――お前、何処まで見えている」
二人称を“君”から“お前”に代えたクリノスは、問いかけながらも攻撃と防御の手を緩める事無く問いかけた。先程見せた余裕の様子は無く、自分では理解出来ない“楽しくない生物”で俺を見るかのような目で見ながら、問いかけた。……しかし声はクリア神なのに、雰囲気とかがセルフ=ルミノスなので変な感じだな。
「見たいモノを見ている。見えていないモノはなにが見えていないか分からない。それだけだ」
別に答えなくても良いのだが、答えないとこの男……男? は、一方的に叫びながら攻撃や防御をして来るだろう。それはちょっと腹立たしいし、クリア神的にも嫌そうである。ならば問いに答えて、答えで少しでも隙を誘発出来るようにした方が良いと判断して答えた。実際今の発言は僅かながらも動揺する事に成功したようだ。
「随分と変わってしまったようだ。そんな風だと戻れなくなってしまうよ」
クリノスは会話をしながら、「■■」と、聞き取れはするが意味が理解出来ない魔法名を唱える。小賢しいというか鬱陶しいというか。
「さっき見せつけたから分かるだろうが、愛する妻がいるからその心配はしていない」
「それはどんな姿でも自分を愛してくれる女が居るから大丈夫、という意味かな? それとも愛する女がいるから戻れるという確信があるという意味かな?」
「両方だ。だから思い切り戦えるよ」
「けど、それを見た他の子達――息子や友人達も同じだと言えるかな? ――僕達と同じ化物として見られるかもだよ」
クリノスは俺と同じく動揺させるためなのか、こちらの心を覗き込むような問いをする。こんな時でも相変わらずというか。
だが確かに、まぁ、俺を揺すぶる言葉としては充分だろう。
「今の俺を見たら、今までのように接してくれないかもしれないな」
どんな俺を見せても、息子や娘、友人達は今までと変わらず接してくれるに決まっている! ……なんて事を言うつもりはない。見えないのでよく分からないが、今の俺は今までの俺とは少なからず違っていて、距離を置かれるような感じである事はブラウンとフォーンさんの反応を見るに察しが付く。認めるのは癪だが、化物として見られるのもおかしくはない。
それをアイツらなら今までのように大丈夫だろう、と信じているのを信じるのは良い。決めつけるのはよくない。
「だけど、それを決めるのはお前でも俺でもない」
しかし少なくともそれは、この男に言われるような事ではない。
相手がどう思い、どのように接するかなどを俺が強制出来る物ではない。決めるのはいつだって、他者ではなくその者自身だ。
新しい事が起きた時、なにがあっても絶対に揺るがない、過去の事があるから一生今のままの関係で居られると確信があるなんて、そんな関係は淀んでいるだろう。
「一人の女性しか見て来なかったお前は、そんな事も学ぶ機会が無かったんだな。――哀れだ」
俺は今まであまり口にして来なかったような単語を、明確に、相手を見下しつつ、言葉通りの心情を抱きながら、感情を吐き捨てた。
「――――」
言葉を聞いたクリノスには今まで以上に隙が生まれ、俺は隙を見逃さずに魔法を殺しきりながら拳を胸部の谷間に叩き込む。本来なら骨の感触がしようものだが、返って来るのはクリア神の【解】にも似た打ち消しの感触と、魂の感触だ。殴るのは今日六度目かになるが、ようやく魂の感覚を掴む事が出来た。今までは見えていただけで感触自体は分からなかったから、大きな前進といえるだろう。
「――言ったな、黒・一色。変わらぬ愛を、馬鹿にしたな」
けれど前進した事で、後退させられる事となる。
「そうか、ではそちらの愛をこちらの愛で打ち勝つとしよう」
だから俺は後退した分を助走とし、勢い良く前へと進んだ。




