背中(:菫)
View.ヴァイオレット
「クロ殿、本物の、クロ殿か?」
「まるで偽物の俺がいるみたい――いや、居ましたね、過去に。別にシュイとかインが水銀の身体を使って化けてるとかじゃないですから」
私の命の危機に駆け付けてくれたクロ殿は、いつの間にか私を抱えていた。いわゆるお姫様抱っこの状態であり、彼の顔が近くにある。どうやら私は攻撃を受ける前に、射線上からクロ殿によって待避させられたようである。
スミレから聞いていて、心配であった頭部に損傷は見受けられず、いつものように愛しい笑顔を浮かべつつ、私に対して申し訳なさそうにしていた。身体はここからでは見えにくいが大きな怪我はしていないように見える。
「怪我、大丈夫ですか?」
「え?」
「大分怪我が酷いように見えます。全く動けないような状態なら、このままで動こうと思うのですが」
「いや、ええと、その……動けはする。だが……」
嘘は言っていない。先程は攻撃を受けたため痛みで避けられずにいたが、今は動けない事も無い。降ろして貰えれば、戦闘は出来ずとも避難して身を守る程度の事は大丈夫な程度ではある。しかしそれとは別に……
「だが?」
「……見ないでくれ。今の私の姿は酷い、から」
……このような時にいう者でも無いだろうが、今の私は誰かに姿を見られたくない。先程まではどうでも良い相手しか私を見ていなかったので平気だったが、よりにもよって一番見られたくない相手に見られてしまっている。こんな姿では幻滅をされてしまう。
「安心してください。俺にとって貴女は、今も変わらず世界一の姿です。むしろ戦う貴女にまた一目惚れしちゃいました」
顔を覆い隠す私に対し、とても真っ直ぐに、笑顔で口説き文句を言って来るクロ殿。相変わらずズルいというべきか、普段から攻めの力に関しては強いので、こんな時でも強くなくても良いのにと思うべきか。
「愛しの貴女の傍に居続けたいですが、その前にするべき事があるので一度降ろしますね。後は俺に任せてください」
「待ってくれクロ殿、独りでは――」
「大丈夫ですよ。貴女が戦ってくれたお陰で、俺の負担は減っていますから」
嘘だ。私は全くと言って良いほどダメージを与えていない。
むしろ新しい身体になった事による準備運動として利用された感じも有り、出来たのは本当に時間稼ぎくらいなものだ。
いくらクロ殿でもあの男を相手するなど、分が悪すぎる。
「そうですね、では俺の応援をして下さい。それで俺はより頑張れますから」
クロ殿は優しい声色でそう言うと私を降ろし、私に背を向けて敵を見た。
背の割に何処か大きく見える背中は、いつも以上に大きくて頼りがいがあり、今まで以上に何処か――
「さて、待っていてくれてありがとう、セルフ=ルミノス。夫婦の語らいを邪魔しない程度の心はあったようだな」
「心ならあるよ。壊れているかもしれないけど」
「なんだ、自覚はあるのか。元の姿とやらに戻っても主導権が壊れたお前だと、クリア神が可哀想だな」
「ああ、そうだろうね。だからとても楽しいよ、今は」
クロ殿はセルフ=ルミノスの新しい姿に動揺せず……いや、元から見た事は無くともそういう状態があると知っていたように、話をする。セルフ=ルミノスはクリア神の顔と目でクロ殿を見て観察すると、顎に手を当てて考えながら問いかけた。
「ふぅむ、僕が撃った銃弾は何処へ行ったかな。間違いなく頭に命中したんだけど、既に無いように見える」
「生憎とTSFスタイリッシュ痴女に答える義理は無い」
「失礼な。この通り布で大事な所は隠しているだろう。元の全裸よりははるかにマシなはずだ」
「フワフワと羽衣だけで、着ているというよりは隠している程度でしかない状態だったらそう変わらんよ」
「はは、そうかい――おっと、クリアが僕の中で怒っているよ。“つまりそれって普段から私を痴女と思っているって事か、クロ!”って」
「え、あ、ごめんなさい。事情があるとは言え、全く思っていないと言えば嘘になります」
クリア神、思ったよりも意識があるのだろうか。だとしたらそれはそれで大変な事にはなりそうではあるが。あとTSFとはなんだろう。
「まぁ銃弾の事は置いておこう。君は戦うというが、逃げた方が良かったんじゃないかな。僕と君とじゃ相性が悪いだろう」
セルフ=ルミノスは両腕を広げ、両手にそれぞれ先程の私を殺そうとした魔法のようなものが展開される。いつでも発射が出来るような状態であり、両方とも私に向けた一撃よりも格段に魔力が大きいように思える。
「お前の攻撃に相性もなにも無いとは思うが……まぁ、そうだろうよ。俺は残念ながら、魔法の才能はあんましない」
クロ殿の戦い方は、先程私がしていた身体強化を使っての肉弾戦だ。目の力と身体能力は私と比べ物にならない程優れているので私よりは遥かに動けて攻撃も受けないだろうが、代わりに魔法防御は私より扱い方が上手くない。魔法攻撃を受ければ私以上にダメージを受けるだろう。
「けど、相性が悪いからって逃げる訳にはいかない。俺の大切な人を傷付けた代償は支払って貰うぞセルフ=ルミノス」
クロ殿はジッと観察するようにセルフ=ルミノスを見た。
何処かクリームヒルトと似たような目であり、しかし今まで見て来たどの目より、澄んでいて透明な瞳のようである。
「そうかい。だけど戦うならその位置取りはマズかったんじゃないかな。――避ければ大切な子に当たっちゃうよ」
セルフ=ルミノスは両の手を合わせて、魔力を倍に――いや、合わせた魔力よりもさらに大きく、そして密度の濃い一つの魔法に昇華させた。発動前から分かるような最上級魔法レベルの魔法であり、それをクロ殿に真っ直ぐ向けている。
当然射線上には私も居る訳で、クロ殿の性格上その魔法を避ける事が出来ない。
「ヴァイオレットさん」
あまりにも分かりやすい構図に私はクロ殿の名前を叫び危険だと言おうとしたが、その前にある事を言われた。
「大丈夫ですから、そこに居てくださいね」
振り返り私に笑顔を向けてそういった次の瞬間、セルフ=ルミノスは先程の魔法よりも遥かに強い、術式も魔法陣も魔法名もなにも無い、私が今まで見て来た魔法の中でも最上位に位置する魔法を放ち、クロ殿を飲み込んで――
「一つ訂正しておくよ」
――しかし飲み込む前に、その魔法は反射してセルフ=ルミノスを襲った。
いや、正確には返された。クロ殿が動かした右手でなにかをして、次の瞬間には放たれた魔法がまるで初めからセルフ=ルミノスに向かっていたかのように、返されたのだ。
「俺はお前と戦いに来たんじゃない」
なにが起きたか分からないまま、クロ殿は慌てる事無く、先程の様子と変わる事無く。
「お前に勝ちに来たんだ」
ただ真っ直ぐ、そう告げた。




