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悪“役”令嬢(:菫)


View.ヴァイオレット



 悪役令嬢、ヴァイオレット・バレンタイン。

 融通の利かない見栄っ張りで、在りもしない婚約者と結ばれる未来を担保にして偉そうに振舞い、輝かしい殿下との未来は夢のまま終わった女。

 その女は才能を有していた。なんでも平均以上をこなすような、才能と呼ばれるには充分な能力であり、超えるのに丁度良い目安となるような、そこそこの才能が。

 私の大好きなヒトは答えてはくれなかったが、どうやら主人公(ヒロイン)と呼べる存在の、その道を勉強して能力をあげていくと現れる、“とりあえず超えておく壁”のような存在だそうだ。

 私と彼女は違う存在だが、カーマインの魔法によって“彼女”を見た時、「ああ、私もそういう者なんだろうな」と、心の何処かで思っていた。認めてはいるが、進んで考えたくないような事実。


 私は本物には勝てない。

 シキに来てからの大きなトラブルは、大事な場面ではすべてと言って良いほど、私は傍観者だった。


 小さな事では役に立っているとは言える。だがどれも決定打にはなっていない。

 本筋には関わってはいても、関わっているだけのような存在。

 トラブルの根本を倒すのはクロ殿であったり。クリームヒルトであったり。

 解決するのはメアリーだったり。

 後始末はしても、フォローはしても。解決には今一歩能力が足りない。それが私だ。


 それが悪いという事ではない。後始末もフォローも大事な事だ。一番が輝くためには二番も必要であるし、輝くのを認めるためには周囲の理解者が必要だ。

 私はそれでも良いと思っているし、私の行いで大事なヒト達が喜んでくれると私も嬉しくなる。私は皆のために必要な事が出来る。

 皆が本物として輝くためには私のような存在も居なくてはならない。それを理解しているから、私一人が勝てなくとも、皆の役に立ち、認められているのだと自覚を持てた。


――悪役令嬢、か。


 悪役。偶に悪役が勝つ物語もあるが、基本は負ける役どころだ。でなければ悪“役”なんて言葉にはならない。

 ヴァイオレット・バレンタインはまさしく悪役令嬢だったのだろう。

 彼女はどう足掻こうと悪として処された。幸福な未来は存在していなかった。

 「悪役なのだから、居なくなる事が読者(見る者)にとっての正しい事」なのだろう。正義かどうかは分からないが、物語からの退場の仕方こそが悪役の神髄とも言えるかもしれない。


「へぇ、結構“持つ”んだね」


 ならばこの状況は、悪役令嬢としての相応しい結末と言えるのではないか。


 魔法は平均は越えても優秀な相手には勝てない。だから今も、全力の魔法も相手の軽めの魔法に押し負けた。

 鍛えてきた身体能力では私の全力は指一つにあしらわれた。

 学んできた戦術では単純な力の前には無力と化した。

 磨き上げた技術では技術の真っ向勝負を敢えてさせられたうえで、私の十六年間など意味が無かったというように超えられた。


 いつでも殺せる、殺されるというのが分かってしまう。

 気持ちの強さでひっくり返せるような力量の差ではない。

 私はそれを、全身に走る痛みと、流れる血で酸欠になりかけて上手く回らない脳で感じ取ってしまっていた。


 ……“私”と“悪役令嬢ヴァイオレット・バレンタイン”は違う存在だ。

 彼女はあくまで物語の世界の作られた存在。私は今を生きる一人の女。まったくもって違う存在だ。


 けれど私も“彼女”も本物には勝てない。

 大事な場面ではすべてと言って良いほど、私も“彼女”も傍観者だった。

 小さな事場面には私も“彼女”も関わっても、だがどれも決定打にはなっていない。

 本筋には関わってはいても、関わっているだけのような存在。


――()()()()、私は彼女と同じ……


 心の何処かで思っていた、感じ取ってしまっていた事を、思い浮かべて、認めて、そして何処かへ追いやった。


――グレイ、逃げきれただろうか。


 逃げたのか、あるいは味方を引き連れて戻って来る所か。

 できれば前者が良いなと思いつつ、後者であれば嬉しいなと思いつつ、私はもうどうやって立っているのかも分からない足に力を入れて、戦おうと歩を進める。多分、それで相手に近付いたと思う。


「まだやるのかい。もう勝てないと分かっているだろう。それとも勝てないと思っていても最後まで戦う事が大切なんだ、というタイプだったかな」


 クリア神の身体を持つセルフ=ルミノスが、私に問いかける。

 その表情は既に飽きているようで、私の答え次第ではすぐに事を終えそうだ。


「悪役令嬢、か」


 私は先程心の中で思った事を口に出した。

 想定外の言葉だったのか、セルフ=ルミノスは自嘲気味に笑う私を見て首をかしげている。


「知っているか、セルフ=ルミノス。私はな、悪役令嬢なんだよ。物語における、ライバルですらない悪役だ。はは、私の行動を振り返るとまさしくその言葉に相応しい過去の持ち主だ」

「…………」


 気の狂った女を見るように、あるいは観察するように私を見るセルフ=ルミノス。

 私は自分でもおかしいと思いつつも言葉を続ける。


「融通の利かない見栄っ張りで、在りもしない婚約者と結ばれる未来を担保にして偉そうに振舞い、輝かしい殿下との未来は夢のまま終わった女。なまじ才能があったからある程度の事はどうにかなってしまっていた、本筋とは関わるだけしか出来ないような女。結末を決める能力は無いような女」


 ああ、本当に、私は――


「そんな女が、最期まで愛のために頑張ったらどうなるんだろうな」


 私は、結局悪“役”令嬢にしかなれない、中途半端な女だ。

 才覚はもちろん、この期に及んで目の前の男のような、悪にふりきれる事は出来ない、心の弱い女だ。

 だが、まぁ。


「愛、か。そんな言葉を軽々しくいうものじゃ無いし、僕にだって愛はあるよ。だから愛程度では勝てないんじゃないかな」

「なんだセルフ=ルミノス。知らないのか。愛と正義は勝つんだぞ。だから、私が勝つ」


 そんな私でも大切な愛のために頑張る事は出来る。

 だから最期まで信じて戦うとしよう。


「――はは、良い笑顔で言ってくれる」


 ヴァイオレット・ハートフィールドは、大切なヒトのために戦えるような母親なのだから。


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