矜持(:菫)
View.ヴァイオレット
世界から色が消えた。
いや、正しくはどういう色なのかを二色だけで認識出来るような状況になっていた。
「世界が――白黒になりました?」
ハッキリと認識出来るのは白色と黒色。その二色で私の菫色の髪や、グレイの綺麗な灰色の髪を認識している。元の色から「そういう色だろう」と分かるだけで、初めて会った相手だと経験から推測は出来ても確定は出来ず、何色か分からなくなる。
そんな、白と黒が支配している世界に私達は放り込まれた。理由は分からないが、原因は分かる。
「なるほど、こうなるか」
クリア神の腹部を貫いた、A25の身体を持つセルフ=ルミノス。あの男がこの白黒の世界を作った原因だ。クリア神の状況を考えると、もう逃げ守りを固めるだけでは駄目だ。クリア神の回復する時間くらいは私も決死の覚悟で挑めば――
「実に良い身体だ、クリア。ようやく――」
――そして私の見た光景は、私が想像したものとは、予測したものとは全く違うものであった。
私の視線の先に居たのは傷付いたクリア神でもなく、A25の身体を持つセルフ=ルミノスでもなく。
「ようやく、元に戻れた」
歪な天使の輪を頭上に浮かべる、羽衣の身に纏ったクリア神の姿だった。
◇
「過去の遺物による居住区への移動、多くの人質による愉快犯の再現、洗脳による思い切り攻撃できない敵の作成及びフラストレーションの蓄積、古代文明の再利用、未知の存在による虚を生み、現代に慣れた事による戦闘の勘の鈍らせ、王族魔法と僕の魔法の融合、そして――黒の目と、淡黄の魔力と、白の技術と、白の死の間際の感情。お陰でようやくここまで来られた!」
クリア神は嗤いながら、ようやく上手くいったと言わんばかりに感動の演説を叫んでいた。さながら舞台役者のような振る舞いは、嬉しさのアピールを通り越して胡散臭さすら感じる。
だがその胡散臭さを打ち消すほど、私の中にはある感情が満ちていた。
「どうだいクリア、“ここ”に居る事で理解しただろう、思い出しただろう、僕達がどういう存在なのかを!! そして思い知っているだろう、今の君では意識だけでなにも出来ない事を!」
私が彼女/彼に抱く感情は“感動”だった。
自分でも何故そんな感情を抱くかは分からない。ただ目から知らずの内に涙を流すほどに、私はその姿を見て感動してしまっている。
「これから僕は世界にグランドフィナーレを飾るとしよう。星の終わりを共に見ようじゃないか!」
言動からはなにも感動する要素など無い。むしろ軽蔑し、警戒と共に願いを叶えさせないために攻撃を仕掛けるか、逃げるかして戦力を整えた方が良いような、明確な敵であると認識している。
「元に戻った僕達ならあらゆる事が可能だろう! まさしくこの身体は――」
しているのに、まるで自分が幼子で、優しく全身を抱擁されているかのようなぬくもりと安心感が私を包んでいる。グレイも同じなのか目から涙を流し、私と同様何故涙を流しているのかを自分でも明確な理由は分かっていないような様子であった。A25も感動しているかは外見からは分からないが、先程まで色々と叫んでいたのに、今はなにも言わずに静かにしている。勘違いでなければ、私と似た感情を抱いているだろう。
「――ああ、なんてつまらない存在になってしまったのだろう」
それほど私達は、現れたクリア神によく似た女性を理解出来ずにいた。
言動からセルフ=ルミノスが喋っているのは分かる。元に戻るという発言からして、元はクリア神とセルフ=ルミノスは同一存在だったのかもしれない。まぁそういう事もあるだろう。
「だが頑張るとしよう。“そこ”で見ているんだ、クリア。今から僕は――」
問題は、ただでさえ敵わないと思っていた相手がさらに力を増し、敵わないかどうかも分からないようなレベルに達してしまっている事。
そして、
「君達を殺すとしよう」
今まで“クリア神と同一化”するために行っていた、ある意味では手を抜かれていた相手の行動に“誘導”という道筋がなくなった。これからは本当に、相手の気分次第で殺されも生かされも、遊ばれもする。
だから私は――
「グレイ、A25を持ってシアン達の所へ急げ。もう周辺の物は解除されているから行けるようになっているはずだ」
私は、先程覚悟した死を、再び覚悟してA25の端末をグレイに投げ渡した。
初めグレイはポカンとして「なにを言っているのか」という様子だったが、すぐに別の意味での「なにを言っているのか」という状態になる。
「行ってくれ、グレイ。母として子供を守らせてくれ。……大丈夫だ、逃げきれたら私も逃げる」
私はそれを、グレイがなにか言う前に言葉をかぶせる事で封殺した。
反論は許さない。逃げるという言葉が嘘だという事を、鈍いグレイでも見抜いている事が分かる。
「――分かり、ました……!」
それでもグレイは私の言う通り、A25を持って逃げてくれた。私の意志を汲み取ってくれた。
……出来れば最期に見る表情は笑顔が良かったが、それが出来ないのは、これからの親としての責任を放棄しようとしている罰として受けるとしよう。
「あらら、良いのかな。彼を逃がしちゃって。一緒に逃げた方が良かったんじゃない?」
「それで逃がしてくれるのならな」
「彼一人なら逃げられるとでも? 君の足止めの力はそれほどあるとでも言うのかな?」
「生憎と私は身体能力も魔法も戦術も良くて上の下程度だ。最上位を行く友と比べると足止めをしようとして残った程度で、ほとんど意味は無いだろうな。相手にもされず瞬殺されてすぐにグレイを追いかけるかもしれん」
「それを分かった上で残る――それは何故かな」
白黒の世界で、セルフ=ルミノスは問いかける。私の返答を楽しみにするように、見られただけで殺されそうな目で、私をジッと見る。
私はそんな圧を受けながらも、質問に答えた。
「分かっていて一人で立ち向かおうとする馬鹿なら、お前も面白がって相手をするかもしれない。――私の命でそれが出来るのなら、充分だ」
「――良いね、逸材だよ君は」
さて、ヴァイオレット・ハートフィールドとしての、最期の務めを果たすとしよう。




