幕間的なモノ:シアンのお節介思案(:紺)
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レイちゃん、コットちゃん、さらには珍しくイオちゃんまでもが、連日の首都と昨夜のクロの誕生日祝いの疲れが出たのか馬車の中で寝ているため、ゆっくりと進む馬車に乗りながら、私は外をボーっと見ていた。
これでクロか他のお客でも居れば話相手になっていただろうが、生憎と他にお客はいないし、クロは何処かの器の小さい王子様の策略により馬車にはおらず、今頃ローちゃんと一緒に帰っているだろう。
御者のお爺ちゃんは耳が遠くて話にならないし、下手に話をして注意散漫で事故が起きても怖いし、話さない方が良いだろう。
馬車の中は火術石による暖房で暖かいが、外は雪が降っており道には雪が残っている。例年通りの寒さを考えると、防寒具無しの修道服だと寒気がダイレクトに入ってくるので少し溜息も吐きたくなる。だけど雪には雪の良さがあるので楽しみはある。またシキの子供達と雪だるまとかカマクラとかを作ろう。楽しみだ。
あとは去年の雪合戦リベンジを果たして見せる。去年は負けたけど、今年こそは……ふふ。
「――ん、っ、ふぅ」
窓の眺めも代わり映えしないような場所に差し掛かった時に、私は欠伸をしながら身体を伸ばす。
多少は身体が解れた所で、馬車の中に居る皆の様子を確認する。
「ん、むにゅ……」
「すー……すー……」
可愛らしい寝息を立てるレイちゃんに、綺麗な呼吸音で寝るコットちゃん。
相変わらず仲が良く、寄り添って寝ている。
馬車に乗り始めた頃はレイちゃんがお土産を手にしてシキの皆が喜んで貰えるかと燥ぎ、コットちゃんがいつもの調子で話していた。暫く経つとレイちゃんが暖かさと疲れでうつらうつらとしだし、コットちゃんのマントをかけた状態で寝始め、コットちゃんもいつのまにか寝出した。
こうして見ると本当に仲が良い間柄だと再認識でき、微笑ましく思える。
「ふーはは、は……弟子よ、我が実力を刮目せよ…………」
「流石、です……アプリコット様……」
……この子達夢の中でも師弟の会話しているよ。どんだけ仲が良いんだろう。
らしいと言えばらしいけど、夢で位もう少し別な間柄の夢を見ればいいのに。私だって夢では神父様と……出てきても現実と同じで碌に話せた例がないけどね。
「す――……す――……」
そして先程までは両者を微笑ましく見ていたイオちゃんも、今ではすっかり寝てしまっている。コットちゃんと同じくらい綺麗な寝息だ。
多分クロか従者兄妹のどちらかが居れば起きていただろうけど、今はどちらも居ないので気が緩んだのだろうか。少し前のイオちゃんであれば珍しい光景であるが、今こうして寝姿を見せるほどには私達に気を許してくれいるという事だろう。
それに学園では色々あったが、終わってみればこうして幸せそうに寝ているのだ。イオちゃんの友達としても嬉しいものである。
「ふふ、ふ……クロ殿……グレイ……」
……うん、この幸せそうに寝ているイオちゃんの頬を起きない程度に摘まんでやれ。
別に他者の幸福を妬んだり僻んだりする事はないが、羨むくらいは良いだろう。そして羨んだ分は後でクロに向けて発散しよう。
「クロ殿……甘くて……」
「……甘い?」
「柔らかくて、初……」
「…………ふむ」
詳細は分からないが、クロとの間になんか進展があったようだ。
……何度か唇を見ていたり、自身の唇を触る軽く触っている様子があったから、何処かでキスでもしたのだろうか。それに甘いとか言っているし、可能性としてはそんな所か。
まぁキスが甘いかなんて私は知らないけれど。インディゴ先輩が読んでいた本の知識しかないし。……神父様としたら甘いのだろうか。してみたい。
――というかクロ達って夫婦なのに全然進展しないなぁ。
始まりは唐突な結婚ではあったけど、別に仲が悪い訳でも無いし、お互いに歩み寄ろうとはしている。むしろイオちゃんに至っては好きであると堂々と言っている。アレは裏表のない素直な言葉である。
だけど未だに手が触れたら照れたり、キスも(多分)ようやく出来たってどういう事なの!
もどかしいったらありゃしない。夫婦なんだからもう少し進展しても良いというのに。
そりゃカーキー君みたいに色欲を発散させよとは言わないけど、あそこまでいくと本当にもどかしい。
いっそシキの近くにある温泉に放り込んでしまおうか。そこまでやれば多少は――あ、それやったわ、私。結局レイちゃんが入って家族団欒して終わったんだった。
ならレイちゃんをコットちゃんの所に泊まらせるように仕組んで、イオちゃんがクロの部屋に――あ、それやったらしいんだった。普通に断られたとか言っていた。
い、いや、今なら別の結果になるかもしれない。そう例えば――なんだろう、どう足掻いてもどちらかの羞恥許容量が零れ出してしまい、ちょっと進展してそれまでのような気がする。
……まぁあれがクロとイオちゃんの夫婦らしさだから、私達は少しの後押しはしても見守るくらいが良いのかもしれない。とはいえ押す時は押すけれど。
「で、そこんとこどうなのヘタレ」
「突然なんだ」
私がもどかしく思っていると、馬車の外に居るクロに話しかけた。
何故クロがここに居るのか。理由は簡単だ。ロボちゃんが首都から飛んできて、馬車でゆっくりしている私達に追いついたのだ。流石は過去の超技術の集大成である。現代の魔法では到底成し遂げない事をやってのけるローちゃんは相変わらず凄い。
「ま、なんでもないけどさ。そういえば追い付くの随分と早かったけど、ローちゃん速度上げた?」
「なんでもないで済まして良い言葉じゃなかった気がするが……ともかく、今回早かったのはなんか……なんというべきか」
「チョット、新シイ機能ヲ実験シタノデス。速度ハ新記録出セマシタガ、損傷ガ激シイノデ封印スル予定デス」
「そっかー残念。上手くいったら日帰り旅行とか出来そうなのにね。……それで、どうしたの? わざわざ静穏モードを使って」
ローちゃんの新機能は気になるが、それはともかくとしてクロがわざわざ馬車に並走する形で近付いた理由を聞いた。さらには静穏モードで周囲には音が聞こえないようにしているのだ。私にだけ話したい事があるのだろう。
「いや、ロボが吸血鬼退治に行くって言ってただろ? で、実際に討伐寸前まで行ったんだけど……」
「行ったけど?」
「ちょっと面倒な事になってな」
その言い方だと取り逃がしたように聞こえるが、ローちゃんに限ってそれはないだろう。むしろ住処事焼き払いそうだし。
「ワタシノ機能デハ、浄化シキレナクテ」
「ありゃ、珍しい。余程高位の吸血鬼だったんだ。ああ、それで私に浄化して欲しいって事? クロの代わりに乗れば良いのかな」
「イエ、ココニ連レテ来テマス。――解除」
「――! ――――!」
……うん、相変わらずだなー。
ローちゃんは相変わらず何処に仕舞っていたのか分からない空間から、件の吸血鬼を取り出した。聖布でグルグル巻きにされており、力を封じられているようだ。
む、でも確かにこれは高位の吸血鬼だね。弱っていなければ私では浄化しきれないほどだ。……でも、相手が悪かったんだろうね。ローちゃんじゃ無ければ大丈夫だっただろう。
とはいえ、夜な夜な周囲の町や国に迷惑を掛けた存在だというし、立場上浄化しないといけないけど。
「ローちゃん。悪いけど喋れるようにしてもらえる? 悪しき存在でも、最後の言葉を聞き届けないのは嫌だし、教義的にもよくないから」
「ハイ、分カリマシタ。一応ヴァイオレットクン達ニハ、聞コエナイヨウニシテイマスノデ、最期マデ、ドウゾ」
「うん、ありがとう。――よし」
私は身を正し、吸血鬼のへと向き直る。
神に祈る。自惚れる。神は個を救わず。
個の感情で悪を滅す事は許されず。
個の判断で善の執行は許されない。
だが理解した上で個の判断で成さねばならぬ時がある。
裁きは行わなければ救われない。
例え悪しき存在でも、言葉を交わして理解を――
「はっ! こんな修道女に浄化されるなんて御免だ! こんな他者には偉そうに恋のアドバイスをしそうなくせに、自分の事になると緊張でヘタレるような恥の無い痴修道女なんかにな! そもそも私を浄化できるとは思えな――」
「【最大浄化魔法・三重掛け】」
「(いぎゃーぁぁぁあああ!?)」
よし、完全浄化したぞ、私。
決して事実を言われたから口を握力で潰す勢いで塞いで私が出来る最大浄化魔法をしたなんてことは無いからね!
「……帰ったら神父様に告白しようかな。……無理だろうなぁ。うぅ」
「ああ、うん、なんというか……応援する。俺に出来ることがあったら言ってくれ」
「ハイ、応援シマス。……私も協力しますからね」
「ありがとう……」
……確かに好きな相手だからこそ積極的に出れないってあるから……手が触れただけでも私は絶対大喜びするし……クロの事とやかく言える立場じゃないな、私。




