健闘を祈る(:菫)
View.ヴァイオレット
グレイの中身の純粋さが損なわれていない事を喜ぶべきか、もうちょっと成長して欲しいと願うべきなのかと複雑な心境は抱いたが、すぐに気持ちを切り替えた。
理由は不明だが視線の先にあるクリア神様の像、遠くから見ても大きくて丈夫だと分かる像が砕け散り、何故か服部分だけが破壊された。……グレイではないが、匠の技でそうしたと言われれば信じたくなるような意味不明な光景ではある。
「確認しに行こう。動ける者だけでも行った方が良い」
しかしこの状況で匠があのような事をしただけだから放っておこう、などという楽観視は出来ない。なにが起きたのか、なにが起ころうとしているのか。
戦力を分けるのは痛いが、いち早く確認しに行かねば。動けるのは治療中以外の者達になるが、ここでなにかあった時のためにもこの場に動ける者を残しておきたい所だ。
「私とグレイと――A25、着いて来てくれるか?」
「畏まりました。治療はスミレに引き継ぎます」
「三人だけで大丈夫なのイオちゃん?」
「確認と偵察だけだ。いざとなったらA25に抱えてもらい逃げるとするよ」
「そっか。気を付けてね」
「ああ」
スミレに引き継ぐ事自体が何処か不本意そうなA25と共に、私達は神話再現の状態となっているクリア神様の像へと走っていく。その際、出来る限り目立たないようなルートを辿りながら行く事にした。もし像近くでなにかあった際、私達には手に負えない場合に引き返すのに見つかる可能性を低くするためである。
「あの、ヴァイオレット様。このような時に聞くのも良くないと思うのですが、情報収集をしたいので伺ってもよろしいでしょうか」
「なんだ、A25?」
「先程グレイ様があの女性の像を原典再現と仰りましたが……裸で戦った逸話がある女性なのでしょうか?」
「戦った逸話があるというか、全裸が基本の女性で、我々にとっての国教でもあるクリアという名の女神様だな。清廉潔白なることをその身で表している、とされている。実際は能力の性質上、衣服を身に纏えないらしいのだが」
「な、なるほど? ……もしやマゼンタ様とシアン様があのような格好なのは、それに倣っているのです? 下着無しで、あのような大胆に足を露出させているのは彼女達が痴――開放的な性格ゆえではなく、教義上なのですね?」
A25の言いたい事は分からないでも無いが、新鮮な反応だと思ってしまった自分は大分毒瀬れている気がする。……今更か。
「ええと……確かに大昔はクリア神に倣って教会関係者は衣服を身に纏わない、最低限を主としていたそうだ」
「確か大昔はええと、男女問わずチチノレン、ノーパンマエダレのみ。あるいは長方形の薄衣一枚の裸エプロンのように前にかけているだけ、というのが主流だった時代もあるそうです」
「ち、チチノレン、ノーパンマエダレ?、裸エプロン……!?」
……グレイの言っている言葉の意味はよく分からないが、なんとなく想像出来てしまうのはクリームヒルト達の語る日本の知識に大分毒されているせいなのだろうか。それとその言葉は誰が言っていた、グレイ? ……クロ殿がブツブツと昔言っていたのを聞いた? そうか、クロ殿には後でキチンと言っておこう。
「……だが、流石に色々言われ、今は下着が無し、という状態になっている。“クリア神もその身に邪悪を寄せ付けない聖なる魔法を覆っていた”という解釈の元、そのオーラを一枚の衣服と解釈した。ならばその下に下着を身に着けているのはクリア神に倣っていないから下着着用を禁ず、だったか」
「なるほど、そのような理由があったのですね。ありがとうございます、ヴァイオレット様、グレイ様。……あれ?」
「どうかされましたかA25様?」
「ええと……それだとあのように太腿を大胆露出するスリットが入れられている理由はなんなのです?」
「趣味だ」
「好みですね」
「えっ」
「よし、目的の場所に近付いて来ている。会話は控えるぞ」
「は、はい」
「それとこの先に居るのが先程言った現代に現れたクリア神で、全裸で戦っている可能性はあるが、気を乱さないようにな」
「……出来る限り、善処いたします」
A25は処理しきれない情報に混乱しているようだったが、出来る限り職務に忠実でいようと引き締めていた。ただ、危機的状況というのを別として、何処か強張って見えるのは気のせいでは無いだろう。頑張れA25。
――さて、変わらず空間保持のような魔法は感じられるが……
近付く事で私も【空間保持】と似た魔法が像の周辺にかけられている事は分かった。
大きな音も先程以降はならず、変わらず静かなままである。その静けさがむしろ嫌な予感を増大させるが、ここで引き返す訳にもいかないと思いつつ、像近くの建物の壁に沿いながら進んでいく。
そして像の下付近が見え、空間保持されている境目の丁度壁から覗き込める場所まで近付くと、よりいっそう警戒をして、ゆっくりと歩く。グレイとA25に声を出さないようにというジェスチャーを送った後、私達は壁から顔を出して覗き込み――その空間の内部に、侵入した。
「――え?」
静かにするというジェスチャーを私が出したにも関わらず、私はそんな間の抜けた声を出してしまう。どんな光景でも、例えなにも無くとも警戒を緩めないようにとしていたのに、私も含めその場にいた全員がついそんな声を出してしまう光景。
それは――
「ああ、素晴しい、良いぞクリア! 君のお陰で僕はここに存在しているという自覚を持てる! だから――また会おうねクリア。生き延びてくれ、君達の健闘を祈ろう!」
自身の武器で、自分の頭を撃ち殺した、セルフ=ルミノスの姿だった。




