異常事態(:淡黄)
View.クリームヒルト
過去に色々やらかしはしたものの、今では私の優しい兄として振舞ってくれて、お世話になっているエクル兄さんが倒れ伏していた。その様子を見次第、私は周囲の警戒もそこそこに駆け寄る。
まず動かして大丈夫な状態かを確認する。ぱっと見外傷はなく、血が溜まっている訳でもない。ならば動かしても大丈夫だろうと、エクル兄さんを仰向けにする。
「エクル兄さん、しっかり!」
呼びかけるが、返事は無い。目を瞑って意識が無いように見える。
また、エクル兄さんはクレール君とネロ君と共に先行していたはずだが、周囲に二人の姿は無く、戦闘した跡も無い。
エクル兄さんの状態を確認するが、外傷はない。だが目を瞑り、静かにしている様子は まるで眠ったように死――
「……すぅ、すぅ……」
「……寝てる?」
……死んだように眠っていた。健やかに、安眠しているかのように安らかに眠っている。場所が場所だけに一つの絵画のようだ。そう思わせるとは、我が兄ながら顔が良い事よ。
時が時ならこのまま眠らせておくが、今はそうも言っていられない。早く起こして状況を確認しないと。
「エクル兄さーん。起きてー」
「ぅ、ん……」
「起きないとメアリーちゃんが服を脱いでダンスをしちゃうよー?」
「っ、ぅ、ん……」
「今ので起きないとは……もしかしてマズい状況……!?」
「ああ、これで起きないエクル先輩など、異常事態である……!」
「今の一言でそんなにもマズい状況になるのです……!?」
スミレちゃんがなにやら私達の反応に驚いているようだが、これはマズい状況だ。メアリーちゃん命! なエクル兄さんが私の今の言葉に反応しないとなると、ただ眠っているだけでないことは明白だ。やはりなにかされて、強制的に眠らされているに違いない……!
「スミレちゃん、悪いんだけどエクル兄さんを運んで貰える? 戦闘になったら安全な場所に降ろす感じで」
「構いませんよ。いざとなれば担いだまま戦闘も可能です」
「あはは、出来ればそうならない様にしておきたいかな」
そんな事を言いつつ、エクル兄さんはスミレちゃんが「運びながら状態の解析と場合によっては治療をする」という事になり、まずは周囲を警戒しながら進む事になった。
「リムちゃん、あまり聞いても意味無いかもしれないけど……カサス情報でこの場所はなにかない? ほら、決戦の場で似たような描写があったとか」
「確かにいかにもな場所ではあるけど……」
神々しい空間。神殿。神話の世界。
RPGで言えば最終決戦か、もしくは重要な場所としてグラフィックが用意されそうな場所だ。
これがまだ何処かの国の観光スポット、とかならまだ分かるのだが、残念ながらここは王国の王城から続いて来た道の先にあった場所だ。理解が及ばない場所と判断するには充分であるし、シアンちゃん達にとっては理解しにくい乙女ゲームのカサスの世界に関係する場所と思っても無理はない。
「残念ながら分からないね。それに準ずるスチルがある訳でも無いし……」
没設定とかになると分からないが、これでもスチル回収率は頑張って100に行った。細かな差分となると見逃していたり忘れている可能性もあるが、こんな場所であれば忘れようがない。
「そっか、情報ありがとね。ともかく……うん、あっちに行こうか」
「なにかあるのですか、シアン様?」
「向こうからクリア神様の神気を感じる」
「なるほど?」
神気ってなんだろう。敬虔な人なら分かるトウメイちゃんのオーラ的なやつだろうか。確かに全裸でもエロさを感じない辺り、そういうオーラがあってもおかしくは無いけど……まぁ今はシアンちゃんに付いて行くとしよう。
――ティー君と黒兄は……
移動しながら、出来うる限り視界を広げて他に誰かいないかを探す。
しかし視界に入るのは、見た目重視な柱、豪華な窓、広々として花や草が咲き誇る庭、遠くに見えるクリア神像(服は着ている)。人間どころか生物の姿は見られない。あるのは厳かな雰囲気漂う、人間の生息圏とは違う存在が住んでいるような光景ばかりだ。
――こういうのを、綺麗って言うんだろうね。
凄いとは思う。しかし綺麗とは思わない。
花は好きだし見ていたい。けど私は枯れない造花の方が好きだし、生きた花は何処か一歩引いてしまう。
そんな場違いな事を考えつつ、私達は進んでいく。
――中庭か。
そして神殿のような建物を抜け、中庭に差し掛かろうとした時、ある異変に気付いた。
――血の香り!
前世で嫌というほど、今世でも生きるために嗅ぎ続けた血の香り。人によっては忌避感を覚えるらしいその香りが、私の鼻をくすぐった。
「だ、め……たた、かって、は……」
その香りに警戒心をより強め、私達が中庭に出る。出る直前にエクル兄さんが小さくなにかを呟いた気がしたが、詳細までは聞き取れず。
そして私達の見た光景は。
「クレール卿!」
「ネロ君!」
血を流して戦闘をするクレール君とネロ君の姿。
そしてそれに対峙する、二メートルは優に超える大きさの全身鎧の男。
顔は見えない。が、私は直感的に理解した。
「ティー君!?」




