十五年は簡単に崩れてくれない(:偽)
View.メアリー
「ごめんなさい、ヴァーミリオン君。取り乱しました……」
「いや、構わない……少し意外ではあったが」
ヴァイオレット達を見送り、クロさん達が飛び立つのを見届けた後、私は上がったテンションが元に戻り、若干の羞恥に身悶えながら出来る限り冷静に振舞い謝っていました。幸いあの場に居た方以外には見られはしませんでしたが、流石に振り返ると子供のようで恥ずかしいものでした。
……私、生きている年齢で言えばアラサーとかその位のはずなんですがね。精神年齢は肉体年齢に依存するという事にしておきましょう。……そう思っておきましょう。
「くっ……!」
「兄さん、どうしたの!?」
「これからお嬢様もクロ様もグレイ君の声も暫く聞こえないと分かると……! 失ってから気付くとはこういう事を言うんだな妹よ……!」
「言わないで兄さん。私だって、私だって耐えているんですから……!」
学園に戻ろうとする最中、挨拶をして別れたブルストロード兄妹の声が聞こえます。
あまり聞こえませんが、あの兄妹は何故か苦しんでいるように思えます。普段の私ならばその苦しみを和らげたいと思うはずなのですが、何故か放っておいた方が良いと思うのは気のせいでしょうか。
「しかし、メアリーはあのような古代技術が好きなのか? 一部の遺跡にはあのようなモノがあると聞くが……」
「興味はありますね。ですが今すぐ何処かへ旅立つ事を志す様な真似はしませんよ。ですから不安そうな顔をしないでください」
「む。……顔に出ていたか?」
「ええ」
ヴァーミリオン君は私がロボさんのような存在を追い求め、何処かへ行こうとしないのかと不安そうでした。会ったばかりの頃は常に冷静で表情を変えない彼でしたが、最近では良く表情が変わります。……ある意味、あのゲームと変わり無い変化と言えます。
「そうか。だが事実だから構わない。もしお前が旅立つのならば、俺も共に有りたい。お前は王族の役目から逃げる言い訳を見出して欲しくはないと願うだろうが、お前が居ない生など生きる意味が無い。だから我が儘になるが、何処にも行かないで欲しい」
……どうしましょう。ストレートな好意は嬉しいのですが、やはり照れます。そして同時に湧く罪悪感。当事者でない私が居るとしたら、間違いなく身勝手と評するような心の軋みがあります。
そしてこの言葉は……
「……ふふ、ありがとうございます。安心してください。“少なくとも学園三年間は王国に居ますから。今皆と居る時が、私はとても楽しいんです”」
ああ、いけない。また出てしまいました。
クロさんに言われて言わないように心掛けていたのに。これを言えば上手くいくと判断してしまう彼女の台詞で、脚本家の言葉。
強制力かの様に上手く嵌るので、調子に乗って言ってしまう、そして表情を作ってしまう言葉。
「……メアリー。その言葉はお前の美点だ。汚したくはない。だが、俺は――」
そして殿下は言葉を止め、私の肩に手を置き見つめた後に私を抱き寄せようとします。誰かのモノにならないように抱きしめようとして、ですが葛藤があるのでしょう。
クロさんは私の行動原理や行為自体は否定しませんでした。ただ、私の言葉は――
「あのさ、ご両人。私が居るの忘れてない?」
「っ!?」
ですが、ヴァーミリオン君がなにかするよりも早く、後ろを歩いていたクリームヒルトが声をかけたため肩から手を離されました。
「……すまない、ネフライト。忘れていた」
「あはは、なんとなく分かっていましたが、黙ってフェードアウトしても後から“あれ、そういえばアイツどこ行った?”みたいな感じにされても困りますからねー。情事は教室でお願いします」
「その勧めはどうなんだ」
「情事も学園でやれば青春になるんですよー」
「その認識もどうなんだ」
クリームヒルトは相変わらず誰が相手でも場を和ませる事に長けています。
ただ、ヴァーミリオン君に対してはある程度の敬語を使います。……理由は分かっています。敬語を外す機会が無かったからです。
「ああ、それとネフライト。お前は変わらずヴァイオレットと仲が良いのだな。……学園に居た頃から話している姿を見た事があるが、以前からあのように話していたのか?」
「いいえ? 学園に居た頃は“お前のような平民が殿下の婚約者であり、公爵家のヴァイオレット様に気安く話しかけるんじゃありませんわ!”って感じであまり話せませんでしたし」
「……ヴァイオレットの周囲に居た者達が言ったのか?」
「ええ。まぁ話しかけれても凄いぶっきらぼうでしたし。今話せているのはシキに研修に行けて、その時に話しかけ易くなったからです」
クリームヒルトはヴァイオレットと仲が良いです。
クラスでも身分関係なく仲良く接することが出来る明るさを持っています。
錬金魔法の腕前はムラはありますが、私には無い天性の感覚を持っています。
笑い方は違和感がありますが、周囲を笑顔にするような無邪気な笑みです。
私の知っているクリームヒルトと。今目の前に居るクリームヒルト・ネフライト。共通する部分と、知らない部分があります。
それが私が居る事によって変わった事なのか。別の理由があるのか。単純に――
「それと、シキに遊びに行くと言うのが聞こえたが、冬季休業中か?」
「予定ではそうだよ……ですね。シキには珍しい物がありましたし、錬金魔法の材料集めに良いかな、と言う感じです」
「大きなお世話だろうが、年末年始くらいは親に顔を見せると良い。俺の様に意味の無い挨拶などで忙殺される訳でも無いのだから、実家で羽を伸ばすと良いぞ」
「あー……そうですね……」
単純に、彼女という有り方が根本的に違う可能性だってあるのです。
外見や能力、性格、有する才覚は同じかもしれませんが、彼女には別のなにかが……
「? どうした、ネフライト。……もしかして親と喧嘩でもしたのか?」
「あはは、ある意味そうですね」
「……そうか。それは悪いことを言ったな」
「いえ、気にしないでい――ください。私が悪いんですから」
ですが、その言葉は違和感がありました。
自己嫌悪に陥っていたのに、その言葉だけは私の知る彼女では有り得ないと思う違和感。同一視してはならないと分かっていても、その言葉だけは、見逃してはならない気がしました。
「クリームヒルト、なにかあったのですか? その、言い辛いのならば構いませんが、いつもの貴女らしくないですよ」
「メアリー。あまり他の家族の領域には……」
「あはは、構いませんよ。どうせいずれボロが出る事ですし。……ですが、あまり気にしないで頂けると、嬉しいかなーって思います。あまり他者様に話すような事ではありませんので」
クリームヒルトは変わらず笑顔ですが、何処となく乾いているような……いえ、いつもと変わらない笑みのまま、言葉を続けました。
「私、この間帰った時に――――」
本当にいつもと変わらない笑顔のまま。
何故変わらないのか分からない言葉を、続けたのです。




