悪役令嬢み(:淡黄)
View.クリームヒルト
「え、あ、ヴァイオレット様!?」
間違いなく強く、私が本気を出しても下手をうてば一方的にやられてしまうような戦闘能力を持つA25は、予想外の一撃に困惑していた。
一撃を喰らった、といっても痛がっている訳ではない。ダメージは入っているだろうが、痛みを覚えているようには見えない。ヴァイオレットちゃんも傷付ける目的で攻撃を仕掛けた訳ではないので、ある意味では予想通りの結果とは言えるだろうが。
「馬鹿な、気配は一切感じなかったというのに……!?」
しかしA25にとっては予想外、不意の一撃であったようで、ダメージはなくとも充分混乱する一撃であったようだ。
――私はなんとなく分かったけど。
あくまでもなんとなくではある。だが、【空間保持】特有の魔力は感じられた。【空間保持】は自身の周囲の空間を、香りや魔力、音といったものを範囲の外に伝播させない事で気配を薄くする魔法ではあるが、逆に薄くなりすぎて空間保持の範囲の魔力がぼやーっとするのだ。感覚の問題なので、どう言えば良いかは難しいのだが……ともかく、そんなぼやーっとしたのが急接近したのでなにかが来るとは思った。それがまさかのヴァイオレットちゃんだったので驚きはしたけど。
けれどA25の驚き方は、私の驚き方とはまるで違う気がする。スミレちゃんと同様で、一切の意識の外からの未知攻撃を受けた、というような感じだ。
「A25。急に“所用が出来ました”と言って走り出したかと思えば、私の友に危害を加えようとしているとは、どういう了見だ」
あと、なんだかいつものヴァイオレットちゃんとは違う雰囲気なのも驚いている。あんな表情と雰囲気を出せるんだ、というレベルで笑顔が怖い。まぁ状況からして黒兄関連の事ではあるだろうけど、怖いね。
「きゅ、急な離脱は申し訳ございませんでした。しかし安全は確保致しましたし、私達の中で一個体が裏切りの可能性があるとは説明申しあげていたはずです」
「聞いた。だがそれと私の友に危害を加える理由にはなるまい」
「クリームヒルト様、あるいはバーガンティー様に関しては出来る限り危害を加える予定は御座いません。目的はあちらの社内規定服に身を包むスミレのみであるのです」
「ほう。だが見た所彼女の味方をしているのが私の友であり、仕えるべき殿下だ。あとなんか倒れている者達の中には私の知り合いもいるな」
「倒れているのは私が来た時には既にですが――ヴァイオレット様。私が危害を加える事が不安なら、彼女の説得をお願いします。我が社の問題に巻き込みたくないのです」
巻き込みたくないのは本音ではあるだろう。私がいますぐスミレちゃんを差し出したり、味方するのをやめればA25は終わった事として通常通りに処理をするだろう。
しかしそうは問屋が卸さないというやつである。ヴァイオレットちゃんに説得されようとも、私はスミレちゃんの味方をする。
「だ、そうだがクリームヒルト」
「あはは、無理だよ!」
「だ、そうだがA25」
「であれば私は対処を続けるほかありません」
「やめる気は無いんだな」
「例外を作れば問題が生じます。我が社の事であるので、こればかりは手出し無用にお願い致します」
「A25、これは会社の問題だと」
「はい」
「つまり私の問題を無視して会社を優先する、と」
「はい?」
「私の問題は会社の問題より軽い、と、そういう訳だな」
「ヴァ、ヴァイオレット様?」
なんだろうか、今のヴァイオレットちゃんは話が通じない感が出て来た気がするよ?
「家族の問題だ、他人は引っ込んでいろ!」というのに対し、「私の感情の問題だ! 家族程度は引っ込んでろ!」と返すような理不尽さを感じる。
「ただでさえ私達が抱えている問題があるというのに、今から時間のかかりそうな対応をする。しかも友を巻き添えに。……抱えている問題の大元はセルフ=ルミノスだが、管理が甘かった自動人形達の対処に追われているのは、なんでだろうな」
「うぐっ」
ああ、あの子達自動人形っていうんだ。ピッタリと言えばピッタリの名前だね。
「確かにA25の治療や戦闘能力は助かっている。治療の大半は自動人形関連という事を除けば……な」
「え、ええと。ですがその件とスミレの件は……というより、その件はスミレも関係して……」
「そうか。ではA25は今から証拠隠滅のためにスミレを殺そうとしている訳だな。なるほどなるほど」
「ち、違います! 私はそのような事は――」
「A25。そのような事は無いのなら、説明をしてくれ。そして私を納得させてくれ。……息子とは既に会ったから、後はクロ殿と早く会いたくてどうにかなってしまいそうな私を納得させるような理由を。――な?」
「は、はい」
なんだろう、ヴァイオレットちゃんから悪役令嬢みを感じるオーラがあるように見える。
「ぜー……はー……ヴァ、ヴァイオレットさん、た、単独で動くと、大変である、ぞ、ひゅー、ふー……」
「コットちゃん、呼吸を整えてねー。あとレイ君は今のイオちゃんを見ない方が――」
「母上がなにやら格好いい状態に!」
「心配無用だったかー」
あ、グレイ君にアプリコットちゃんにシアンちゃんだ。どうやらヴァイオレットちゃんを追いかけて来たようである。これだけの戦闘力が集まれば早々に負ける事はないだろう。これならA25も会話をするとは思う。
「ところでなにやらクロ殿の気配が向こうから感じるのは気のせいだろうか」
あとヴァイオレットちゃんがなんか違う意味で怖い。愛、恐いなぁ。




