耐えられない(:淡黄)
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――おにいちゃんが、つれていかれる。
私に母はいない。
私を産みはしたが母ではない女とは、以前喧嘩になって以降、一年は会っていない。その一年前、幼子と言っても過言ではない私を叩こうとした時に、反撃してこちらが勝ったのが良くなかったのだろう。
私に父はいない。
私を産ませた女に、別の伴侶が居る癖に種を蒔いた男はいる。私の事を血の繋がった娘と思っているが、表立って娘だと言えない男は複数いる。その内の一人、可能性が高いお金持ちの男の側近らしき男に高層ビルの一室に連れて来られ、私の娘なら才能がどうとかこうとか高説を言った男に対し、お望み通り自身の能力を遺憾なき発揮したら、化物と言われた。その後は普通に帰って黒兄の作ったインスタントご飯を食べた。その後私を生んだ女がやって来て怒っていたが……まぁ、それが反撃して勝った一件だ。
私の家族は黒兄だけだ。
黒兄自身はどうやら私を生んだ女と同じ性別である私に色々思う事はあったようだが、私を人として扱ってくれた。
人より身体的成長が早い私を、人より精神的成長が遅い私を、妹として扱ってくれた。
私と違って人と接するのが上手くて、人の気持ちが分かる黒兄。
善人で悪を許さず、年上で大きな相手だろうと立ち向かうような黒兄。
外れた行為を許さず、自分の身が汚れても自分の道を行く黒兄。
そんなある時、黒兄が私と同類であると知った。
悪を許さず立ち向かうのは、単にその方が邪魔をされにくいからだ。善人の世界で善人を殴ると、排斥されてしまう。しかし悪ならば倒しても文句を言われにくい。だから人の気持ちを接する事で理解しようとし、自身の欲求を満たす。黒兄はそういった自分が外れているという自覚を持つ、私より遥かに人の真似が上手い人だった(もちろんそれは下手な私より遥かに良いのだが)。
だからこそ、欲求が満たされる場所があれば、そちらへと向かうのは当たり前であった。
陳腐な言い方をすれば裏の世界。裏格闘技。そういった所へ私を見捨てていこうとする黒兄に気付いた。
あの時の私はとても迷った。
黒兄を私という存在で縛って良いのか。
裏は裏でも、才能の活かせる場所に変わりはないのではないか。
ならば私は我慢して見送った方が良いのではないか。
そういった黒兄への感情は、私の「嫌だ」という我が儘で消し飛んだ。
黒兄が居なくなるのが耐えられなかった。気が付けば黒兄を引き留めようと必死だった。
私と違って人と接するのが上手くて、人の気持ちが分かる黒兄。
善人で悪を許さず、年上で大きな相手だろうと立ち向かうような黒兄。
外れた行為を許さず、自分の身が汚れても自分の道を行く黒兄。
私を見捨てないでくれずに育ててくれた黒兄。
私はそんな黒兄が大好きであった。
大好きな人を失うことに、私は耐えられない。
◆
そして今、あの男は私から大好きな人を奪おうとしている。
初めて異性として好きになったティー君を狙おうとしただけでは飽き足らず、家族として好きになった黒兄の命を奪おうとしている。
――黒兄が、死ぬ。
それは私が一度体験した事だ。才能が活かされるどころか、これからもずっと続くと思っていた何気ない日常すらも奪った【死】。それをセルフ=ルミノスは黒兄に与えようとしている。
何故黒兄がここに、とか、黒兄が何故そんな場所で撃たれたのか、とかはどうでも良い。
私の中にあの男を許せない事柄が一つ増え、この責任はあの男の命を以って――
――落ち着いて、私。まだ命が奪われた訳でも無いし、ティー君も居る。
黒兄はまだ生きている。ティー君は私を不安そうに心配している。
……不本意ではあるが、その二つの命がまだ成り立っている限り、私はこの手を殺意で染め、赴くままに拳を振るう事は許されない。私の手は奪ったり爆発させたりばかりだけど、助ける資格も持つ事が出来る。だから資格がある内には、落ち着いて行動をしろ。
「スミレちゃん今すぐその場所に案内して。早く」
私の早口に近い言葉に反対する人はおらず、スミレの案内のまま私達は付いて行く。……いざという時は私が対応する事も踏まえ、私は彼女の後ろに付いて行く。隙の少ない後ろ姿であり、動きも強さが分かる動きだが、その時になれば私は対応が出来る。
冷静にあらゆる状況の対応策を思考しつつ、私は誰とも会わずに謁見の前へ――
「行きます、ハンプ忍法プラズマ鎖分銅ヨーヨー!」
……謁見の間に行く少し前に、機械の子の一人と接敵したが、スミレがなんかよく分からない技で倒した(気絶?)。鎖分銅かヨーヨーかどっちなのだろう。というか何故忍法。忍法らしき要素はなかったよ。
「えっと、スミレさん。元同僚? を攻撃して良いのです? いや、ありがたい事はありがたいのですが……」
「問題ありませんネロ様。所詮元同僚です。柵から脱した私には遠慮は不要なのです」
「は、はぁ、そうですか」
「そうなのです。それでは皆様、あちらになります」
なんだかパワハラを受けた会社から脱して自由になったような様子のスミレは、たくさんの人たちが眠らされている謁見の間の空間に入ると、同時に私達にある方向を示す。
その先には二つの玉座を無理矢理合体させたような椅子が置いてある。恐らく元々は国王陛下夫妻が座る椅子なのだろう。なんとも悪趣味である。
しかしあの椅子がどうしたのだろうか。あの裏に黒兄が寄りかかる形で座っている、という事なのだろうか。
「あれ?」
ん、今スミレ、あれって言った? 疑問符浮かべた?
「どうしたのスミレちゃん。黒兄は何処に……」
「ええと……あの格好良い感じの椅子に、下手に動かさないようにしつつ座らせていたはずなのですが……」
「誰を?」
「クロ様を」
「いないね」
「いませんね」
「…………」
「…………」
『…………』
……流れる無言の間。気まずそうに視線を逸らすスミレ。
…………誰かに連れ去られたのか、自分の意志で何処かへ行ったのか。後者の場合は黒兄を。前者の場合は誰かを殴ろうと心に決め、私達は玉座へと痕跡を調べに向かった。




