冷静だとも(:菫)
セルフ=ルミノスが操る自動人形から発せられる言葉を聞き、沸き上がる今までにない感情。それはとても沈んだ、暗いものであった。
過去に似た感情を抱いた事はある。ヴァーミリオン殿下がメアリーに惹かれていくのが分かり、メアリーに向けた自分では抑えきれない醜い感情。それと似ていて、しかしそれよりも遥かに沈んだ感情が沸き上がっているという自覚があった。
それほどまでにこの男の言葉は私の心情を逆撫でし、かつての嫉妬のような激しい感情とは違う、攻撃的で静かな感情という相反する感情を私に抱かせていた。しかしいつ爆発してもおかしくなく、我を失いかねない感情に対し私は、
「……そうか。敵であるお前に言われるのは妙な気分だが、頑張らせてもらおう」
私は気持ちを静めて冷静に対応した。
取り繕ったのではなく、感情をコントロール仕切っての冷静さ。今の自分は自分でも分かるほど客観視が出来て冷静でいられている。私の様子を見て、私よりも怒りの感情を表に出していたカラスバ義兄様が戸惑うように見ている。コーラル王妃とマゼンタも、私の様子が仮初ではないかと様子を伺っている。
「おや、最愛の夫が危険だと言うのに冷たいね。もしかして他の男が既にいて、いなくなった事をこれ幸いと思っている感じかな?」
「生憎と私はクロ殿以外を異性として愛せる自信は無い。世界一の夫を持ってしまったが故の贅沢な不幸というやつだ」
「じゃあ僕の発言を信じず、夫の無事を信じている感じかな?」
「まぁ、そういう事にしておけ」
百聞は一見に如かず。ライラック兄様の教え通り、例えどんなに言われてもこの目で見ない限り私はクロ殿の無事を信じ続ける。いくらセルフ=ルミノスがクロ殿の現状を語ったとしても、この男の言葉は事実であると直感的に感じたとしても、私はクロ殿と再び出会う事を信じている。
「自分の感情を誤魔化してる?」
「好きに解釈しろ。そう思いたいならそう思っておけ」
「ふーん、なるほど、へぇ、そっかー、うんうん」
だから言葉で惑わして来ようとも感情を荒らせる必要はない。落ち着いて冷静に対応する事がこの男への一番の反撃とも言えるのだから。
「……セルフ=ルミノス。それ以上言う事が無いならば、私の部下達を操った事について説明をして頂く事は出来ますか?」
「え、使えたから使った」
「どうやって」
「セキュリティが甘ければ突破も出来るよ。万年単位で敵がいないせいで脆弱になっているんじゃない? なんならこの頭部で禁止ワードでも言わせてみようか?」
「…………」
「あ、終わり? まぁ他にも自動人形がいっぱいいるから、長々としていられないもんね。じゃあ皆、頑張ってね。世界の未来は君達にかかっているぞ!」
と、恐らく本気で私達を励ます言葉を言った後、セルフ=ルミノスの言葉を喋っていた自動人形の頭部は今度こそ動かなくなった。元々生命を感じなかった頭部が、死んだと思わせる冷たさを発している。
「…………」
そしてその頭部を、無表情だが何処となく怒りの感情を発しているようなA25が踏み砕いた。今後使われないように念入りに壊したのか、セルフ=ルミノスに対する苛立ちなのか。後者のように思えるその雰囲気を漂わせるA25は自動人形のような冷たさは感じず、とてもではないが同じ身体のようには思えない。
「……失礼、取り乱しました」
「あははは、大丈夫だよ。A25ちゃんがしなかったら私がしていたし」
「もしくは私だな。しかしどうする他の自動人形達とやらが襲い掛かるという以上は、放ってはおけない。……が、それよりも……」
コーラル王妃が言葉を濁しつつ、私を見て、他の者達も見て来る。
暴走した自動人形達は脅威だ。すぐにでも対処しなくてはいけない。だが、まずは私の状況を確認せねば、今後の行動に支障が出る。それを心配しているのだろう。
「私のことは心配無用です。怒りに狂ってもいなければ、平静を装っている訳でもないので」
「……そうか、ではその言葉を信じよう」
私の言葉に何処か半信半疑の様子であるコーラル王妃であるが、私は本当に大丈夫である。私は冷静だ。冷静に物事を判断し、クロ殿の無事を確認するために強力な味方と共に王城を見て回り、敵を倒し、クロ殿の痕跡が見つかり次第発見に全力を尽くす。うむ、なにも問題無い。あとセルフ=ルミノスは如何なる事情があろうとも殴る。もしくは全力魔法で攻撃する。よし、なにも問題無いな!
「…………」
いけない、冷静にならねば。
クロ殿は無事。なにも問題無い。セルフ=ルミノスの言葉は本音であっても嘘である。大丈夫。自動人形越しの言葉であり、本当の事であると私の勘が告げていても問題無い。クロ殿は無事。大丈夫。だから冷静に。冷静に。すぐに無事を確認して本当の事が嘘であると確認すれば良いだけだ。だから冷静に今目の前の状況に対処を――
「早速ですが、自動人形を発見いたしました。私が対処をして――」
「【最上級電撃魔法】ぁ!!!」
「ヴァイオレットちゃん!?」
「義姉様が詠唱無しでの最上級の魔法を!?」
そう冷静に対処を。敵である暴走自動人形達を無効化していき、クロ殿を探し出し、無事を確認し確認し確認する。よし、なんの問題も無い。だから私は冷静に自動人形達を倒していくぞ!
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ。待っているんだぞクロ殿。今会いに行くからな……!」
「お、おお、ヴァイオレットちゃんが怪しげな三段笑いと共に、まるでクロ君を今のような魔法でふっ飛ばしそうな悪い顔をして居る……!」
「カラスバ様。姉……妹? であるヴァイオレット様は大丈夫なのでしょうか」
「ええと、私もそこまで交流を深めた訳ではないのですが……大丈夫ではないので大丈夫だと思います」
「なるほど?」
「納得するなA25」




