甘さ
――そうか、笑っているのか俺。
セルフ=ルミノスに殺すという言葉を吐いた。
それはいつかの、ヴァイオレットさんが殺されたと勘違いした時の熱を持った言葉とは違う、初めて相手を殺そうと思った時と同じ冷たいものだった。そんな冷たい言葉を、俺は笑いながら言っているらしい。
――白の事言えないな。あの母の血かね。
殺す気でようやく戦いの場に立てる状況で、セルフ=ルミノスに向かうと邪魔が入る。相変わらず俺を攻撃し、殺す気で攻撃してくる洗脳された方々だ。
彼らの面倒な所は、連携を取るくせに攻撃による味方陣営への被害を気にしない事だ。通常なら広範囲の魔法は避けるか、放つ際に引いて当たらないようにするものなのだが、そんな事お構いなしに魔法を放とうとする。そのまま大振りで大剣を横なぎで振るえば味方を巻き込むのにお構いなしに振るう。そしてそれらが当たる事を分かった上で、当たる範囲に居る人は自分の攻撃を仕掛けようとする。もし当たる範囲に居る彼らを助けようとすれば、容赦なく仕掛けようとした攻撃で俺を殺そうとしてくるだろう。
――いや、血とか関係無いか。俺は元からそうなだけで、白も白でそうなだけだ。血とかそういうのは言い訳だ。
弾丸のような遠距離水魔法が襲い掛かる。
槍が迫りくる。
剣が迫りくる。
鍛え上げられた丸太のような腕が俺を狙う。
近距離魔法を叩きこもうとしてくる。
音でかく乱してくる。
光で視界を奪おうとしてくる。
身体の大きな男性が突進をして来る。
小柄な男性がその陰に隠れて不意を狙ってくる。
頭上には見た事の無い魔法陣が展開されている。
――というか、白の場合は俺の教育のせいでああなったのではないだろうか。真似したせいではなかろうか。そんな所も可愛い妹ではあるが、やはり年頃……思春期女子とのワンルームは色々良くなかったのかもしれない。
水魔法を避ける。
槍の先端の方向をずらして態勢を崩す。
無刀取りをする。
真正面から拳を合わせてタイミングをずらして力を無効化する。
腕を蹴って軌道をずらすが一部魔法が身体に命中してしまう。
音に対する声を発して音自体を相殺する。
光程度で視界は奪われない。
突進を真正面から受け止める。
小柄の男性の攻撃を受け止めて武器を奪う。
魔法陣を投げた武器に付いた血と魔力でかき乱す。
――すまないな、言い訳になるが、俺もいっぱいいっぱいだったんだ。俺も俺なりに、人並みの生活に馴染もうと頑張っていたんだ。……頑張っていただけでは駄目だと言われればそれまでだが。
拳を振るう。当たる直前に相手が当たる箇所のみに硬化魔法を使った事に気付く。引くか止めると後ろから襲い掛かる従者女性からの攻撃を受けるので振り切る。右の拳に痛みを覚えながらも左足で後ろを見ずに女性の腹部に蹴りを入れる。
八人の男女が等角度の間隔で囲み、魔法を放とうとする。俺が避ければ放った先に居る別の誰かに当たるし、重傷、悪ければ死傷を負うレベルだが誰も気にせず魔法を発動させる。
死にたくない。死んでほしくない。自分の命が大切だ。御免。ごめん。ごめんなさい。
「ああ゛――ら゛あああああ!!!」
霧の膜も無視して、場所が場所だけに強固な施工がされているだろうと分かっていながらも、可能な限りの腕の力と崩れやすい箇所を狙って両の拳で床を殴る。殴った周囲の床は隆起するように抉れて俺を囲むように覆い、上級魔法の壁となる。
材質と隆起の勢いのお陰か上位魔法は俺に届く事は無く、しかし完全には受け止めきれずに一部は破片と一緒に床を殴る事で隙が出来ていた俺へと命中する。
左の小指に違和感がある。色々と無視して地面を思い切り殴った弊害、見捨てきれなかった俺の甘さが招いた当然の代償であった。
――薬指じゃなくて良かった。
手は血が出ている。腕も切れている。だが動く。
攻撃を受けたわき腹が痛い。突進を受けた力が骨に響いている。戦闘で受けたダメージとは関係無い所で頭が痛い。目は、とても冴えている。
――笑おう。白にもそう教えたし、俺が見本になっただろう。
冴えた目で、俺はセルフ=ルミノスのある行動が見えてしまった。
手で触れたとある女性の外見を変えたのだ。俺がこの世で最も愛している、今こんな状態になっても彼女が好きと言う気持ちが湧き続ける、菫色の髪が美しい、とある女性の姿に代えた。
「ぁ、はは」
冴えた目で、俺はセルフ=ルミノスのある行動が見えてしまった。
手で触れたとある男性の外見を変えたのだ。俺がこの世で最も可愛く思っている、今こんな状態になっても彼が大切だと言う気持ちが湧き続ける、灰色の髪が綺麗な、とある男の子の姿に代えた。
「ぁはは」
白い髪の妹の姿の女性が現れた。杏色の目が綺麗な中二病な娘の姿の女性が現れた。透明に近い瞳を持つ小柄な女性が現れた。死んだはずの男友達が現れた。死んだはずの女友達が現れた。大柄な男悪友が現れた。小柄な女悪友が現れた。
彼/彼女らが皆、俺を殺そうと襲い掛かって来た。
避ければ別の誰かが死ぬような攻撃魔法を唱えながら、神風のように特攻してきた。
「ぁははははははははははは!!」
殴り防ぎ受けて流し迎撃し発動前に攻撃し防御し詠唱を防ぎ蹴って気絶させてなけなしの魔法を使って攻撃して震脚を使い魔法で強化して受けて傷付いて傷付けて気を失わせ防ぎ受けて攻撃し防御し減った所で回避を選択し魔法に飛び込んで魔法から離れて皮膚が焼け切り裂かれ回復し攻撃し攻撃し攻撃し攻撃し攻撃し攻撃し攻撃し――
「ぁ、は、は……」
気が付けば、俺の身体はボロボロだった。
身体は返り血と自身の血に濡れ、骨は自覚しているだけでも六本は折れている。皮膚は至る所が裂けているし、傷付いている。
見捨てていればもう少し傷も少なかったのではと思うと同時、誰も死んでいないし重傷を負わせる事無く、七十二人、プラス途中で増えた五十七人を無力化した事を心の何処かで嬉しく思う。
だが無意味に終わらせないように、俺は最後の一人に向かう。この男は今から俺の甘さから起きた嬉しさをあっさりと無に帰す事が出来る狂人だ。
だから俺は、まだ戦わなくてはいけない。
愛しの人のためにも、こんな所で。
「古代機械からの連戦。挙句には勝つ事すら難しいような熟練の相手の生死にも気を使い、僕の銃撃や外見の変化にも捕らわれる事無く、戦った。ああ、素晴しい」
こんな、所で。
「健闘を称え、気を失った彼らの命は保証しよう。だけど君の目は厄介だから」
……セルフ=ルミノスの、銃が、俺を捕えている。
ゆっくりと動きは見えるのに、避ける力が湧いてこない。
「おやすみ」
俺の頭を目掛けて放たれた弾丸は。
外れる事無く、命中した。




