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 俺は人を殺そうとした事はあるけど、まだ殺した事は無い。

 (ビャク)に引き留められる前の全てがどうでもよくなっていた時、喧嘩の後日に後遺症で、という事でも無ければ、直接的な殺人は経験がない。

 心情的にも避けたいし、例え殺人が禁止されていない国に行こうとも、殺さなくては殺されるという状況にでもならない限り避けたい事だ。……そもそも俺に出来るかどうか、というのもあるが。その時になっても俺は、殺そうとして止められた二度の殺人未遂の時のように、直前で日和るかもしれない。

 さて、何故今そんな事を考えているかと言うと、殺さなくては殺される。殺さないでいると生き残る可能性がぐんと低くなる状況に陥っているからである。


――控えさせてた奴、全員――七十二人か。


 先程まで生気のない顔で道を作る様に立っていた、魔法研究所の所員や従者の方々五十二人。そして姿を隠して奇襲してくる二十人。前者は研究所や従者とはいえ恐らく戦闘を生業あるいは実戦をするタイプとしているし、後者はいかにもな動きで、こちらには見えていないと言う前提で殺しにかかってきている。

 そんな彼らが、俺とセルフ=ルミノスの戦闘開始を準備していたように同時に襲い掛かって来た。


「スミレ、下がっていてください」


 俺は戦闘が始まり、相手達の最初の動きを見てから最初にそう告げた。返事を聞く気はない。また、それはスミレへの気を使っての発言ではあり、警告であった。

 俺の中でスミレは第三者であり、巻き込みたくない中立の立場という認識である。しかしここで下がらずに戦闘範囲に居て巻き込まない自信は無いし、守る余裕も無い。一緒に戦うという期待もしていない。むしろ邪魔をして欲しくない。


――さて、どうするか。


 先程思ったように、俺は人を殺した事は無いし殺したくない。

 正直豚鬼種(オーク)みたいな人型に近いモンスターも殺すのは躊躇う。ヴァーミリオンの顔に改造されたアレくらいトンチキな存在なら別だが、人を殺すラインは倫理的にも自分の身可愛さのためにも越えたくはない。


――けど、難しいなこれ。


 相手はセルフ=ルミノスによって操られた善良な国民達だ。……なんか暗殺者っぽい人もいるけど、多分善良だ。ナイフに毒とか塗ったり、モーニングスターみたいな殺意の高い武器とかをまるで使い慣れた武器のように持ち、操られているのに「ヒャッハー!」とか言いそうな目をしているが善良だ。多分、きっと。

 ともかく彼、彼女らは自らの意志でセルフ=ルミノスに与して戦っている訳でもない存在だ。そうなると傷をつけるのも少々躊躇われる。

 だから、躊躇いを無くすために一思いに気絶させるとしよう。

 殺さないようにはする。でも手加減は出来ない。もし気絶して倒れ、他の人の戦闘に巻き込まれて死んでしまったら、申し訳ない。出来る限りそうならないようにはするから、後は自身の運に賭けてくれ。俺は自分の命が大事なんだ。


――運、か。


 幸運は妬みの言葉で、不運は慰めの言葉。結果をただの運という言葉だけに当てはめるのは好きではない、というのは(ビャク)が言った事だったか。その言葉を言っていたように、アイツはフューシャの幸運な不運を気にしなかったな。そんな戦闘に関係無い事を一瞬考え、


「【強化自我自在(a・α・А)】」


 俺は戦いを始めた。

 この戦いにおいてセルフ=ルミノスが自分だけで戦わずに周囲の力を借りる事にはとやかく言うつもりはない。この洗脳もこの男の能力の一つであり、力の証明だ。使える者は使うと言うだけのこと。むしろクリームヒルトが前世でされたという人間爆弾とかそういう事をしない分だけマシというものだ。


「――ぁ、はは」


 構えた体勢のまま、足を浮かす事無く震脚により地面を叩いて空中と地面を震わせる。震わせた瞬間、急な振動で怯んだ一番近くの男性従者へと縮地で近付き鳩尾に一発。“く”の字に折れ曲がった所を背中に一発、意識を遠のかせる。

 そのまま襟元を掴んで直線状、囲まれている中で比較的層が薄くて持っている男性の身体なら通る場所を見つけ出し、その先に居る魔法使いの女性へと投擲した。真っ直ぐ飛んだ意識の無い従者男性は女性の前で若干の減速の後頭同士がぶつかって同時に気絶をした。


――? 違和感が……ああ、この霧か。


 投げた速度と衝撃による余波の結果に疑問を抱いたが、すぐ解決した。

 この謁見の間に揺蕩う煙は層となっている。相手の魔法を効率的に通すための強化効果があるが、同時に物理的フィルターも兼ねているのだろう。膜の層が空間全体にある……というよりは、疑似的な水中のような空間とかしている。

 当然本当の水中ほどの抵抗は無いが、早めにすればするほど強まる空気抵抗は、俺のような戦い方をする者にとっては大きな戦力減衰となるだろう。


「ぁ、はは!」


 一、二、三、四、五。

 よし、慣れた。コツが居るが掴めば後は楽だし、これを使って防御に回すとしよう。あと三回の殴りと二回の蹴りで倒した三名の従者さん達はまとめて蹴とばして先程の男女の所に飛ばしておこう。てい。てい、てい。よし、ついでに他の奴らも巻き込めた。


「ぁはは!!」


 武器を奪う。毒が無い事を確認した後、遠くで詠唱を唱えている魔法使いの足に投擲して刺す。殴ったら決死の覚悟で腕を掴まれたのでそのまま金的を喰らわせる。同じ男として申し訳ないと思いつつ、感触的に多分痛いだけで潰れていないだろうと思いならば良いだろうとそのままぶん回し遠心力で吹っ飛ぶまで周囲を薙ぎ払う。


「BANG」


 乱戦の中、わざとらしい声と共に一つの攻撃が俺に向かって放たれた。

 前世の平和な日本にいれば物語上の物に近い代物であり、弱者が強者戦える武器であり、弱者が怯える対象でもある銃。

 セルフ=ルミノスが持っていた銃から、一発の弾丸が放たれた。


「……だからなんで取れるんだよ。音速より早いってのに」


 それを俺はキャッチした。

 避けても良かったのだが、避けた射線上には操られた暗殺者風な男性が居て、そのまま行けば内臓を抉って致命傷になりかねなかったので、銃弾を取ったのである。


「ぁはは、取れる速度なだけだろ。――返す」


 洗脳された人に当たって致命傷になるのは嫌だが、この男は致命傷となっても構わないので銃弾を投擲した。他の人が庇って当たらないような場所に、セルフ=ルミノスが放った弾丸の半分程度の早さで投げた。


「ありゃ。潰れちゃった」


 当たるとはあまり思っていなかったが、俺が投げた銃弾はセルフ=ルミノスの右腕に命中した。しかし何処か他人事のようなセルフ=ルミノスは、血がでる右腕を見ながらなにかを考えていた。


「そうだ、こういうのはどうだろう」


 俺が襲いくる白衣を着た、研究者風味の筋肉男と筋肉女の物理攻撃を受け流している中、セルフ=ルミノスは傷付いた右腕で近くにいた一人の女性の首を掴んだ。


「――き、ぃああああ、あああああああああああああああ!!!」


 そして掴まれた女性は叫び、まるでなにかを抜かれたようにぐったりとする。生きてはいるが、その様子はまるで……


「はい、治りました。魔力を奪うとやっぱり苦しいみたいだね」


 ――無邪気にセルフ=ルミノスは嗤う。

 無邪気というのは、許容できる害を意味しているというのを聞いた事がある。ならばこの男は害だ。

 息がまともに出来ないかのように呼吸する女性が生きているのも、そっちの方が俺の反応が楽しそうだからという理由だと、俺が見えている事を分かった上でやっている。

 ああ、本当にこの男は――


「――殺す」

「笑いながら言われると、もっと喜ばせたくなっちゃうな」


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