部屋
「クリアは何度も世界を救っている。あの女がいなくても代わりはいただろうけど、あの女には救う力があった。だから応えた」
それは応えざるを得なかったのだろう。
俺には想像もつかないが、トウメイさんがかつて戦った世界はモンスター、自然災害、未知の病気とあらゆる脅威に晒された時代だ。この男もその脅威の一人であり、力を持った人間がなにもしないまま生きるほど、その時代は余裕が無かったと言うだけだろう。
「その通り。だからあの女は応えた。人を救いたい、心の安らぐ場所を作りたい、人の善性を信じる――その綺麗事を汚す事無いほどの力を持ってしまったあの女は、精神も未成熟なまま戦いに身を投じた。そして応え続けた。応え続けられてしまった。人間にとっての悪が常に存在したからね」
悪なんてものは時代と人によって変わるだろう。
俺が学園祭でカーマインを殴ったのは悪であるが、人によっては正義と称するような物好きも居る。
それはこの男も……
「僕はあらゆる名で称された男だ。今だと“悪”とか“世界の敵だった男”と呼ばれている。物語のクライマックスでやられる、倒した後はスッキリとした後味しか残らないような、早く退場して欲しいと願われる悪。けれどクリアに封印される前は、僕は救世主とも呼ばれていた。知っていたかな?」
知りはしないが、想像は出来る。
トウメイさんが戦った相手はトウメイさん、そして俺達の先祖にとっての敵だ。ならば敵にとってこちらは敵であり、相手にとってはこのセルフ=ルミノスは従うべき王と慕われるだろうし、なんらかの理由で人間の世界に馴染めなず排斥された者にとってはまさしく救世主であろう。
だからと言ってこの男は、俺にとっては悪だ。そこに変わりはない。
「そう、見方を変えれば僕は救世主だから僕を倒すのが正しいのか? とか問うつもりはない。正義の反対は別の正義……というのは、君の世界の野球選手の言葉だったっけ? まぁそれは虚構だけど、そういう事を論じたい訳ではない」
……その言葉は野球選手が言ったんだっけか。なんか違ったような気がする。
「違ったかな? まぁ良いや。僕が聞きたいのはね。何故僕みたいな男が存在するのかという事だ」
自然発生や何処かの脇から生まれた存在でも無い限り、両親が居て、腹の中で育ってから生まれたのだろう。そこから悪に育った理由なんて分からない。
「なるほど、君はこんな僕でも人として生まれたと見てくれるのか。大抵は“そういう存在”としか見てくれないものだけど……まぁ良いか」
……なにが言いたいんだこの男は。
時間稼ぎでもしているつもりか。正義と悪とか、不毛な言葉で俺を惑わせるつもりか?
「部屋がある」
……部屋?
「出口は存在する。しかし外の様子は見えない。部屋の中に居ても不自由はしないし、外が危険だとも分かる。中で身を守り続ければ、命は守られる。話そうと思えば同じ境遇の別の部屋の相手とも自由に話せる。さて、そんな部屋の中でなにをすれば正しいと言えるかな」
……部屋というのは比喩表現か。この場合部屋はシキのようなコミュニティで、部屋の外はモンスターが生息する危険地帯、あるいは別の国、世界というところか。
そして世界や理不尽という外に抗うような、部屋を出る力を持ち、自分の意志で出口から出て皆を部屋から安全に出られるようにしたのがトウメイさん。
その部屋を壊そうとしているのがセルフ=ルミノス。
どちらも部屋の外に出られるように戦っている、とでも?
「手段は違うだけで同じ事とは思わないかな」
思想を持たない力はただの邪悪だ。
道を作ろうとした者と、道を壊す者を一緒にするな。
「両方壊す者だ」
……なに?
「僕はね、救世主と呼ばれたんだ。君達にとっての悪と呼ばれる、救世主と」
…………。
トウメイさん、いや、クリア神はお前が居なくても救世主と持て囃されていた。それほどまでにクリア神が居た時代は暗い物であった。
持て囃される彼女を【神】に仕立て上げたのは、後に現れた明確な悪が居たからだ。救世主クリアの誕生に悪が滅びかけている時に、再び悪を栄えさせるような悪の救世主。人類の敵。
彼女にも代わりが居た様に、お前にも代わりは居たのだろう。もしくはお前でない所業もお前がやった事にされたのかもしれない。
ただ最大の敵がお前なだけだった。
戦い続けるクリア神の敵。
……お前が居なくても崇められるような“使われ方”をされていたクリア神を憎む敵。
「察しが良くて助かるよ」
だが、それがどうしたというのだろう。
お前が敵という事も、悪と言う事も変わらない。お前の行為が正当化されるわけでもない。
なのに何故両方同じ壊す者などという? クリア神も悪を侵略し、壊す者とか、それっぽい事を偉そうに言うつもりか?
「だって僕はあの女の半身だ。だから同じなんだよ」
……は?
「不自由しない部屋。欲を出さなければそれなりに過ごせる時代。科学によって地上が滅び、科学が禁忌とされ、科学が忘れ去られ神秘が生まれた時代。住む場所が住めなくなり、地上に追い出されて過回復をしてモンスターが溢れた地上。強く人類には勝てない彼らに対し、部屋が壊れない事を願いつつ死んだように怯えて生きるような弱い人類。欲をかいた者に世界が殺しに来るような理不尽が見えやすい世界。その時代に産まれたある一人の存在は、部屋の中で話し相手を見つけた。力を持って生まれたが故の特異性だろう」
…………。
「しかし自分だけが特別では良くないと、話し相手を置いて一人だけで外に出て行った。色んな人が自分のように壁が無くても自由に面と向かって話せる世界を望んだ。そして死ぬ事無く、部屋の外で戦い続けた。そして心を許せる賢者や聖女といった仲間達もでき、世界は救われ、部屋がなくなっていった」
実に喜ばしい事だ。
……それだけでは終わらない、か。
「当然だよ。それだけじゃ駄目なんだ」
何故。……という問いは無粋か。
お前はクリア神を――
「そう、僕はあの女を――」
「人として殺したいのか」
「神として生したいのさ」




