見間違えない
「悪趣味だなんて失礼だな。人の趣味を馬鹿にするものではないよ、黒」
「…………」
スミレの案内で連れて来られた先である謁見の間にて。セルフ=ルミノスはレッド国王とコーラル王妃が座っていた二つの玉座を無理矢理一つの椅子にし、手すりに足を置きながら俺を出迎えた。
悪趣味、といったのはこの謁見の間そのものだ。以前来た時は国王夫妻の厳かな雰囲気もあって、此処に呼ばれる事は清廉で栄誉ある事だと心に訴えかけるものがあったが、今感じるのは趣味の悪さ、気味の悪さだけだ。
別に奇妙なオブジェとか散乱した死体とかがある訳ではない。ただ塗りつぶしたかのような毒々しい壁の色と、空気……霧とでもいうのだろうか。霧のような物が謁見の間を覆っており、阿片窟にでも変わったように変貌している。
そして本来ならば騎士か軍部の仕事であろう、道を作る様に立っている方々は、それぞれ魔法研究所や従者といったまばらな服装で何処か虚ろな様子でなにも言わずに、天使のような悪趣味な輪を浮かべて、生気のない目で立っている。……これを悪趣味と言わずしてなんと言えば良いのか。
「ところでキミとは初対面だっけ。以前会った事があったっけ。まぁいいや、初対面という事で挨拶をしておこう。僕の名前はセルフ=ルミノスだ。よろしくね」
こちらを煽るために巫山戯ているのか、あるいは本気で思っているのかよく見えない様子でセルフ=ルミノスは頭を下げて挨拶をした。その態度が腹が立つので今すぐ殴りたいが、距離はまだ少し遠い。今俺がいる以前謁見の間で傅いた場所から、玉座までは仕掛けるには遠すぎる。
「……先程は名前を呼んでいたが、名乗っておこう。クロ・ハートフィールドだ」
クロ、という発音が何処かおかしい気もしたが、コイツは俺の名前を知っている。シキに来てた時には知っていたのだろうか。
「うん、では、はじめまして久しぶりこんにちはこんばんはおはようございます。挨拶は大事だし、意志疎通もとても大事だ。この世界、現代だとモンスターの定義は“意思疎通の叶わない言語機能しか持たず害意を持つ者”だそうだ。僕たちはモンスターではないのだから、意志疎通は大事にしないといけないね、黒」
時期はともかく、少なくともスミレを呼び出すのに俺の名を使う位には、俺の存在を認識はしているようだ。この男が俺を呼んだ理由も含め、そこになにか理由はあるのか。それが吉なのか凶なのか。
……どちらにしろ、思い切り殴る事が出来れば良いのだが。
「セルフ=ルミノス、俺を呼んだ理由と、このような事をしている理由。そしてなによりお前が攫ったヴァイオレットさんについて聞かせて貰えるんだろうな」
「おいおい、答えから得ようとするなんて現代人の悪い癖だぞ? もっと過程を楽しまなくては。折角君は歴史に刻まれる出来事の渦中にいると言うのに」
「生憎と歴史が無くなりそうな事件なんて、“無事解決しました”という結果だけで充分なんだよ」
「はは、言うね。その答えに免じてまずは一つだけ質問に正直に答えよう。なにが聞きたい?」
「ヴァイオレットさんはどうしている」
この男は聞けば嘘偽りなく答える。嘘で塗り固められたような男でも、今正直に答えると言った言葉に嘘は無いと言う事が見えた。あるいはそう思わせるように見せられたのかもしれないが、ともかく答えると言うのなら最優先事項はヴァイオレットさんの安否だ。
「彼女? ああ、無事だよ。痛めつけも汚してもいない。マゼンタと一緒に丁重にお客様扱いしているさ」
「マゼンタさん?」
ヴァイオレットさんの安全が言葉だけでも聞けたことに安堵したが、続く名前に疑問を持つ。何故彼女がここに……?
「彼女はシキの教会四人組で来たんだ。実に面白い侵入方法だったよ。キチンと語り継が無くてはいけないレベルだ。ああ、それと他の三人は別行動をしている。攫う必要があったのは彼女だけだったからね」
「マゼンタさんもヴァイオレットさんのように攫ったという事か。お前は一体なにがしたい」
「捕らわれのお姫様って、物語では王道じゃないか」
「……それだけか?」
「君はどう思う?」
「…………」
一歩、俺は前に出る。
頭は冷え切っている。まだ、大丈夫。
「それとマゼンタを攫ったのは僕じゃない。カラスバだよ」
「……カラスバ?」
再び聞こえてきた意外な名前に俺は足を止める。……例え言葉で俺を何処まで止められるかを楽しんでいるとしても、止めざるを得なかった。
「彼は僕の協力者でね。どうしても仲間になりたい! というから、仲間にしてあげたんだ。そして見事に……名前なんだっけ。レ……まぁ、国王に大怪我を負わせ、愛する妻の前で裏切りをし、マゼンタを攫った。自らの意志で偉業を成し遂げた彼は、今後語り継がれるだろうね!」
「…………」
「おや、どうしたのかな。疎遠だったとはいえ、大切な弟が仕出かした事に責任を感じた? それとも信じられないというつもりかな?」
「スミレさん」
「え? あ、はい。なんでございましょうか」
俺の問いかけに対し、呼ばれるとは思っていなかった様子の後ろに控えていたスミレは反応をする。
「先程の回復薬ですが、あくまでも怪我や異常を治すと言っても、生来の病気や、過去に失った内臓の一部などを修復までは不可能なんですよね」
「はい、そうなります。切れた腕の件も、あくまで自己修復機能が働くほどに生きている事が前提になります」
「ではその治らない病気と失った内臓などは、技術で治す事は出来ますか?」
「種類によりますが、失った内臓などは適切な処置を施して時間をかけることで基本的に全種治療、または代替の物を生まれさせることが可能です。相応の道具や場所は必要ですが」
「ありがとうございます。……それを対価で釣ったな、セルフ=ルミノス」
カラスバはパールホワイトさんの事でなにかを治療すると約束した。彼女の目の前で攫った、裏切ったと言っているから、パールホワイトさんが生活する上では支障があるほどのものではない物を失っている。だがそれは大切な物であり、現代の技術では治療不可能な物でもある。
どうしても治したいと思ったカラスバは、裏切ってでも可能性に縋りたいと行動を起こした。……という所か。……馬鹿な弟め。次に会ったら説教だ。
「……へぇ、弟の事を信じているのか、よく分かっているのか。どっちなんだろうね」
「状況とお前の発言を見れば分かる、というだけだ」
「じゃあなにを治療したいと彼は願っているか分かるかな。彼ら夫婦を理解しているのなら、分かるはず――」
「子供を育てる場所。パールホワイトさんは子供をよく欲しがっていたし、カラスバは自分が深く愛されているという自覚が無かった。パールホワイトさんのため、子供が出来るように治療してもらった後、誰か別の人と結婚して子供を育んで欲しいとか思っているな、カラスバは」
「…………」
そしてアイツの事だから、この事件を起こす前に離婚手続きは既に済ませていそうだ。……説教の後、パールホワイトさんは一度殴ったりしても良いだろうな。
「確信しているようにいうけど、間違っているとは思わないの?」
「? その程度の事を見間違える訳ないだろう」
カラスバの件は既によく見えた。
恐らく、も、多分、もない。その程度の事を見間違える事は無い。
「……ふふ、良い。やっぱり君は面白いよ、黒」
「お前を面白がらせるような事は言っていないんだがな」
「そこは見えないんだ」
「生憎とな」
「なるほど。ではその面白さに免じて、もう一つ答えようじゃないか」
「ではお前の目的は。まさか歴史を作るためにこんな事をしているとでもいうのか」
先程若干見えたセルフ=ルミノスの中身。歴史に刻まれると言っていたが、まるでそれも一つの目的のように見えた。
……もしそれが理由なら、冷たい思考回路のまま、思い切りぶん殴れるのでそれが理由であって欲しいのだが。
「それともトウ……クリア神に構って貰いたくてこんな事をしているのか? だとしたらもう少しまともなアピールをした方が良いぞ」
「クリア神。……神、か」
「?」
セルフ=ルミノスが今までとは違う表情になる。出会って間もない男だが、このような表情をする事に違和感がある。クリア神になにか思う事があると言うのか? ……出来れば無い方が良いのだが。
「黒、質問に質問で返してすまないが、問いに答えるためにも答えて欲しい」
「……なんだ?」
「この狭い世間と――神について」




