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無意識


 うじゃうじゃと湧いて来る機械のモンスター。壊れた死体が散乱し過ぎて、どれが動い(いき)ているのか壊れているのかの判別が難しくなって来た。

 段々と機械の電子音なのか疲労による耳鳴りなのか判別が難しくなって来た。

 肉体的にはそうでなくとも精神的には辛いはずなのに、楽しくなって来た。

 疲労による精神の錯乱でなく、本当に楽しい。今なら何処までも倒せそうだし、銃弾も見切れるし、相手の動きが止まって見える。

 思い通りに身体を動かす事ができ、相手は遠慮なく殴れるし壊せる存在だというのも良い。気に病む必要がなくなる。

 もっと行ける。この調子で行けば、俺はこのままヴァイオレットさんとグレイを守れる強さになれる。


「Code:d」


 そう思っていると、抑揚のない女性の声がこの空間に響き、次の瞬間に機械のモンスターの動きが一斉に止まった。壊れたなどではなく、まだ動くけれど動かなくないスリープ状態になった、というような止まり方である。

 なにが起きたかと思うと同時、なにかが起きるかもしれないと警戒しつつ、声がした方を見て問いかける。


「スミレさんがこの状況を作り出した、という事でよろしいでしょうか」

「この状況、というのがコレらの襲来の原因かという問いならば否定を示します。動きを止めた事に対する問いならば肯定致します」

「何故止められたのでしょう」

「詳細説明は時間がかかるため簡潔に言いますと、外部から止められる権限を私が解明し、権限を利用して止めたと思って頂ければ」

「機械達のプログラムコードを通信で解析しハッキングした後、システムを掌握し命令を強制的に動きを止める物に書き換えた、と?」

「そのように思って頂ければ」


 俺の問いに対し、何故そのような事を知っているのだろうという表情を僅かに見せたスミレ。その表情は計算されて作られた物なのかは分からない。彼女を把握するには観察が足りない。


「一応聞きますが、スミレさんは味方という事で良いですよね」


 問いかけながら自身の頬にぬめりとした感触を覚えた。スミレから目を逸らす事無く感触がした場所を手で触ると赤い血が指に付いた。どうやら頬が切れていたようだ。指から伝わる感触からして、ハステロイ……いや、SNBで出来た破片を頬に受けたらしい。気が付かないとは、俺もまだまだである。


「はい、クロ様にとって敵である彼らを止めた事がなによりもその証拠と言えるかと」

「システムを掌握できるほどのハッキング能力を持っているとも取れますが、元々上位権限を持ち合わせていたとしてもおかしくないですからね。この場の機械達を自爆させたとしても、追加で呼び寄せられそうですし」

「……確かにそうかもしれません。貴方を脅威と判定し、騙すために現在止めているこの場の機械を全て壊してでも油断を誘うという一芝居をうつ、というのはおかしくは無いでしょう。味方である事を示すためにコレらを自壊させ、私も武器が無い事を示すために身に着けている物を全部外す――というのは意味がありませんか。クロ様は機械の事をよくご存じのようですから」

「詳しくは分かりませんよ」


 パソコンは使って遊ぶものであり、タッチタイピングくらいなら出来るが、解析とかハッキングとかの段階になると、例えそれらが実際この世界にあった物だとしても、漫画とか映画の世界だと思ってしまうほど縁遠いと思ってしまうのが俺のパソコンの腕前だ。

 その他高性能な機械もそうだ。機械は利用の仕方は分かっても、原理など知らない。知ろうとすれば情報が多すぎる。


「ただ、貴女が今意味無いと言ったように、俺は機械の身体だと言う事は分かります。俺の知っている機械より遥かに高性能のようですが」


 彼女、スミレは機械で出来た存在だ。元々そうでないかとは思ったが、先程の戦闘中に気付く事が出来た。

 不気味の谷とかいうものは存在せず、見た目は美しいメイドのような女性であるスミレ。

 呼吸もしているし、体温もあるし、駆動音はなく生物のような音もする。

 球体関節や継ぎ目と言った物は見えず、肌も本物のようで――


「……肌は金属ですか。俺の知っている金属と大分違うようですが」

「よくお分かりになられましたね。その通りです」


 観察を続けている内に彼女の白い肌が金属製である事が分かった。見た目は柔らかくて荒事などなれていないか弱い女性のようではあるが、恐ろしく固くて柔らかい……?


「……刺激を受けて非金属的形態変化を起こす金属……? 外部情報を金属そのものが学習して最適解の情報蓄積を行う特殊金属……特殊な光を調律してエネルギーに変えているのか……珪素を再結晶し稼働し続ける永久機関……ではないな。理論上は可能というだけで、外的要因で補完しないとダウンするタイプの機械で――ああ、肌の金属が情報を収集するから容量が確保できると同時に、脳が無意識も作り出す処理を行うのか……」

「…………クロ様、何故そのような事がお分かりで?」

「それが発展かどうかはともかく、谷を消し去って――え、ああ。あくまで見た上での予測なんだけど、違いましたか?」

「いえ、肌の金属とエネルギーに関してはご明察の通りです。他にも機能は存在しますが……クロ様だと見破られそうですね」

「生憎と俺の専門は服飾でしてね。見破ったとしても理解する知識を有していないのですよ」

「そう、ですか。では私の服に関してはお分かりになられるのでしょうか?」


 服……服か。

 そういえば先程見た時は俺の知らない技術と材質で出来ているという事は理解した。可愛らしく、ヴィクトリアンメイド服のような実用性よりも見た目に偏重したメイド服。だが彼女はそれを気にする素振りも無く、先程の戦闘ではメイド服ごと身体を操るかのように戦っていた。その証拠なのか材質なのかは分からないが、彼女のメイド服には汚れも皴もついていない。


「申し訳ございません、あまりよく分からないのです」


 けどそれだけだ。

 俺には彼女の服はよく分からないし、興味が持てない。

 不思議な材質で出来た防護服。アレを壊すには骨が折れそうだ。

 彼女の服について分かるのはそれだけである。


「……左様でございますか」

「はい。それでスミレさん。貴女は()()()なのですか」


 ともかく、服の事より重要な事がある。

 彼女は俺にとって敵か味方か。

 彼女の事は先程の戦闘も含め、段々と分かり始めてはきた。ひとまずいきなりやられるような事は無いだろう。

 だから答えによっては迷わずに彼女を。


「クロ様、まずは目を休まれてはどうですか?」


 ……目?


「先程から目を開き続けているため酷使が過ぎておられる御様子。その透明な瞳を使うのはあまり推奨できません」

「……スミレさん」

「それと、頬の傷の消毒も必要ですね。筋繊維もズタズタでしょうから回復薬も差し上げますし、治療をさせては頂けませんか?」

「スミレさん、近付かないでください。俺は答えを――近付くな、スミレ」

「信用出来ないと言うならば攻撃をして構いません。私は貴方を――」

「近付くな!」

「…………」


 俺の言葉に従い、近付く足を止めるスミレ。

 止まるという言葉には従うが、俺の問いに言葉で答える素振りは見せない。

 ただ表情が、目が。計算されて作られたはずのそれらがこちらを見つめ、嫌と言うほど自分は「貴方が心配だ」と伝えている。

 だが内心でなにを考えているか分からない以上、彼女をそれ以上近付けてはいけない。彼女は味方かどうかまだ分からない。


「……自分で治療します。申し訳ございません、疑って」


 ……けど、俺は彼女を敵として見られなかった。かつての妹のように、敵意も悪意も無しで向かってくる相手はどうも苦手だ。


「いえ、構いません。回復薬は……」

「必要なら頂きます。大丈夫ですよ」

「……承知いたしました」


 だがまだまだ彼女は信用出来ない。

 得体の知れない回復薬とやらは信用出来ないし、エメラルドから貰って懐に入れていた薬草や絆創膏もある。それを使うとしよう。


――あれ。


 頬の切り傷を治療しようと頬を触った所、ある事に気付いた。

 先程とは違う感触が指から伝わって来たのだ。


――俺、ずっと笑っていたのか。


 頬から伝わる感触が、先程触った時は笑みを浮かべていた事による緊張だったと、今気づいたのである。どうやら俺は無意識に笑っていたようだ。しかしどうして俺は笑っていたのだろう。今はこんなにも疲れているのに。


――楽しかったからな。


 なにか理由が思い浮かんだ気がしたが、すぐに忘れてしまった。


「時にクロ様。味方である事を示すのに、スカートのたくし上げとか如何です?」

「如何です、ではないですよ。それでどう示すんです」

「それがメイドにとっての屈服の姿だというデータがありまして」

「すぐに破棄してくださいそんなもん」


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