黒
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「――はは、なんだこりゃ」
そうして俺は危機に陥った。
迫りくるは無数なのではと錯覚するような機械のモンスター達。先程まではメアリーさんがなにやらよく分からない内に作ったガトリングの銃を作り出して無双したり、ヴァーミリオン殿下の王族魔法、アッシュの精霊の力、ロボの空からの銃撃のお陰でどうにかなっていた敵達。それらが俺だけを目掛けて殺到してくる。
正確にはローズ殿下と、スミレも一緒だ。しかしローズ殿下は気を失っているし、目覚めても洗脳されたまま。スミレはメアリーさんから貰った銃で戦ってはいるが、二丁だけでは先程のようにはいかないだろう。倍と援護があってようやく少し押せている、という感じだったのだから。
それにスミレは今この場では敵か味方かハッキリと分からない。なにせ俺以外の仲間は全員突然現れた殿下達に閉じ込められた。襲い来る敵の種類とスミレの“技術”を考えると、仲間であってもおかしくは無い。いくら何処か抜けている事を踏まえても、この状況で手放しで味方だと言えるような根拠は無い。いつ敵として撃たれても良いように、警戒をしておかなくてはならないだろう。
しかしそうも言ってはいられない。
なにせ俺は喧嘩慣れをし、目が良いとしてもこの数の暴力には脆弱な一個人に過ぎない。敵として明確に立ちふさがるまではスミレの事は“敵ではない”という認識で、戦うしかない。それが最低条件で、その条件が覆されたら俺はこの場であっさりと二度目の生涯を終えてしまう。
だから、死に物狂いで最善を選び続け、戦うしかない。
一つでも最善を外せば、俺は死ぬ。
強化魔法を出来る限りかける。
この魔法は俺が戦闘で使える唯一といっても良い魔法だ。
なんでも元の身体能力を踏まえると、俺のレベルまで身体強化をかけれるのは珍しく、褒められた程度には扱える魔法なのである。
なんでも身体強化は下手に力の強い人がかけると、筋力が増大され過ぎて上手く扱えず、骨が折れたり最悪健が切れたり、想像よりも力を入れすぎて吹っ飛んだり壊したりで戦闘では使い物にならない事が多いのだとか。なので重い物を持つ時に一時的に数倍に強化するとかなら別だが、戦闘で常時使う人も良くて通常の二倍程度なのだとか。そうでなければ身体が付いて行かないらしい。
だが俺はそれを最初から数倍で使う事ができ、最初は先生(ハートフィールド家の魔法家庭教師)も「そのような使い方は駄目だ!」と怒って先程の骨とかの話をしたのだが、その後も普通に使う俺を見て感心していたのを覚えている。
身体強化で重要なのは自分の身体を使うイメージと、強化された力が身体に及ぼす良い影響と悪い影響を把握できる事だ。
カラスバには「どのように把握しているのですか?」と問われた時、俺はこれといった難しい事は考えてもいないから教えるのは難しいと返すと、先生が「天性の感覚を持っているのだな」と何処か呆れたように返し、カラスバにはこればかりは自分で覚えるしかないと宥めていたので、申し訳なく思った物だ。
しかし申し訳なく思っても仕様が無い物は仕様がない。俺は自分でも何故こんなに使えるかは分からないのだから。
時間がゆっくり流れる。
走馬灯のようなものではなく、単純に身体強化を強くかけたことによる副次作用のようなものだ。強化され過敏になった感覚が普段よりも周囲にを認識しすぎてそう錯覚させているだけだろう。
だろう、というのは理屈は分からないからだ。
前世でもこの感覚で戦った事は何度かあるのだが、今この場で久々に使えるようになった今でも、詳しい理屈は分からないし、説明された所で俺に理解出来るとは思えない。
「――はは」
蠍が撃った銃弾は回転しているのも見えるので、直線状で喰らわないように身体を最小限で躱し。
狼が俺に飛び掛かりつつ噛みつこうと口を開こうとするが、開くのがあまりに遅かったので開けるよりも早く、二度と開けぬよう喉から頭部に駆けて拳を貫通させ、そのまま二つに引き裂いた。
ドラゴンのような熊が周囲の仲間ごと俺を高威力のレーザー砲で殺そうとするが、引き裂いた狼の頭部側を砲台の穴に投げ入れると、行き場を失った力が暴走して熊ごと爆発した。
潰す。潰す。砕く。砕く。
潰す潰す潰す。砕く砕く砕く。
潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰。
砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕。
嫌な音がする。
金属の不協和音がする。
機械の軋んだ可動域が悲鳴のような音を喚き散らす。
機械が足掻くかのように爆音を轟かせる。
機械が死んだように静かに倒れ伏す。
金属の冷たさを不快に思う。
エネルギーの熱を感じる。
どいつもこいつも怯まない。
倒しても倒しても増援はやって来る。
機械だからなのか、自分の仲間が死んでも、相手の力を感じて自分が死ぬかもと覚えてくれない。
ローズ殿下の言葉を信じるなら、ローズ殿下がいる限りこいつらはやってくるそうだ。
つまりは、ローズ殿下を■せばこいつらはもう来ない。
「はは」
だが、まぁ。それは最終手段にしておこう。
その手段をとってしまえば、ヴァイオレットさんと再会しても俺はすぐに彼女と別れなくてはいけない。グレイの父親ではいられない。
俺が胸を張って妻と息子に合えるように、この場を切り抜けなくてはいけない。
しかし最終的には■すとしよう。
ああ、しかし痛い。
手も耳も肌も骨も痛い。
そしてなによりも頭が痛い。
「あ」
避ける、潰す、投げる。
壊す。殺す。壊す。壊す、殺す、壊す壊す壊す壊す。
壊れる、壊れる、殺していく、壊れていく、壊れてく。
頭痛がする。
それは敵は見ていると気分が悪くなっていく形状をしているからなのか。
戦い過ぎて疲労が溜まっているのか。
無意識の内にストレスを抱えているせいなのか。
そんな事が過るのだから、もしかしたら視覚、体力、精神負荷の全部と、さらに考えもつかない要素が頭痛を起こしているのかもしれない。
俺には考えもつかないような事が身体に不調を覚えさせているのかもしれない。
この感覚は覚えがある。何処で感じた感覚だったか。
ああ、そうだ。
白と最初で最後の大喧嘩をしたと時……ではなく、大喧嘩の前の時はこんな頭痛をよくしていたか。
あの時の俺はどう解決していたんだっけか。
ああ、そうだ。
思い出した。
「はは」
そう、笑ったんだった。
俺が生まれた時、泣いたのではなく笑ったという話を聞き、それは泣くのを笑う事で誤魔化したんだと思って、笑うようにしたんだっけか。
だったら――
「――あ、はは」
だったら笑おう。
苦境の時こそ、諦めずに前向きに。
「あ、ははははは!」
笑うとしよう。




