飲めオラァ!(:白)
View.メアリー
何故クロさんが此処に居るのか。
その疑問を抱いたのは、彼を見てしばらく経った後であり、最初に抱いた感想は、
――誰?
というものでした。
目で見える情報は彼がクロさんだと告げているのに、私の中の勘と呼ぶべき物……雰囲気や圧といった、具体的と呼べない情報から得られる感情が彼をクロさんだと認めませんでした。
クロさん。クロ・ハートフィールド。
ハートフィールド準男爵家の三男にして、男爵家を経て現在は子爵。私と同じ前世持ちで、日本で二十五年間過ごした後、専門高卒後の趣味であり仕事でもある型紙師としての腕が認められて招待されたフランスで事故死。現在はその八年間の社会経験を活かして、領主としてとても立派な活動をしています。
前世の父親は不明で、母親はクロさんが一種の女性不信に陥った原因を作った女性。今世の両親は結婚に忌避感を持たせた原因。今世の長兄と長姉は壁を作る様になった原因。次兄と次姉は変わりゆく姿を悲しく思いつつも一度見捨て、弟と妹が彼らのようにならないように少しでも良い子に育ってくれるようにと兄として振舞いました。前世では大切な妹が居るので兄として振舞いました。今世では弟と妹が。前世では妹が居なければ、彼は誰にも心を許す事無くただ生きていたでしょう。……分かりにくくはありますが、クロさんは誰かに依存するタイプです。そして例え過去に親しくとも、現在が良くないものならば過去をあっさりと切り捨て見捨てる事が出来てしまうような性格。
ですが普段の彼は明るく、優しく、善性を持ち、善いと思った事を一生懸命に行い、大切な物を傷付けられれば怒るような、頼れる存在です。シキの皆さんも普段の扱いは雑だったり気安かったりしますが、彼の事は信用も信頼もしている。喜と楽を人前で良く見せ、本音の怒と哀は内に秘める、そんな頼れるお兄さん的存在。それが私の知るクロ・ハートフィールドさんです。
「……話は通じない、か」
ですが今の彼は、表情が見えませんでした。見えてはいるのに表情が分からない。まるで得体の知れないなにかを見ているような感覚に陥るのです。
「洗脳を解く方法が分からないので、無力化させて頂きます」
クロさんとクリームヒルトの戦い方は似ています。状況に応じた最速最短での攻撃と、防御というよりは状況を逐一見極める事が出来る対応力による巧みな戦闘をする至近距離戦法。魔法の才はクリームヒルトの方が上であるため中距離遠距離はクリームヒルトに軍配が上がりますが、クロさんはその分というべきか肉弾戦では無類と思う程度にはクリームヒルトよりも強いです。私も何度か挑んではいますが、未だに勝てはしません。悔しくて魔法で挑んでは「待って、それは流石に無理!?」という戦闘で勝ったりはします。ふふん。……ですがそれも偶に対応され、流れるような形で距離を詰められて攻撃を喰らう事もあります。まぁ私も反撃は容赦なくはしますが。「模擬戦に本気出し過ぎではありませんか!?」といわれたりしますが、勝てばよかろうなのです。……というか本気出さねば、クロさんの無駄の少ない、その無駄もクロさんの戦い方を彩る物へと昇華していると言える戦い方に負けてしまうのです。クロさんは「全然及びませんねー……その戦い方に憧れます」と悔しがってはくれますが、むしろその彩りに憧れているのは私と言えるほどです。
いつかは彼のような近接戦の強さ……というよりは、戦闘巧者のようになりたいと思いつつ、私は彼の戦い方を尊敬していました。
「ごめんなさい」
ですが今の彼の戦い方は、私が尊敬していたものではありませんでした。
最速最短、相手の出方と状況に応じた攻撃。避けて反撃をし、未来を見ているかと思うような先読みの目。
それは変わりません。変わらないはずなのに……
――ああ、駄目です、これは。
今のクロさんはとてもマズい。なにが過去に起きたかは分からずとも、アレはマズい状況だという事は分かります。
――クリームヒルトと同じ状況です。
今はクロさんとティー殿下によって緩和され、その二人(主に現在は後者)が危険な目に会うと覗かせるクリームヒルトの表情。……アレを更に悪化させたような危険性が、今の彼にはあります。アレと同じ表情を彼はしています。
「……あれ、メアリーさんに……ヴァーミリオン殿下にアッシュ卿?」
そして私達が三人で制圧した場合よりも恐らく早い時間で軍と騎士団の皆さんを無力化した後、今気づいたように彼は私達の方を見ます。正確には存在には気付いていたけれど、敵意が無かったので理解を後回しにして、視認する事で敵ではない私達だと分かった。そんな様子です。
ヴァーミリオン君とアッシュ君は名前を呼ばれ、敵意とまではいかない警戒心を抱きます。それは見た目が操られた相手が居る事から、味方のふりをした敵と警戒している……というものより、モンスターに対する警戒心に近いものです。
「安心してください。俺は本物ですよ。ロボによって此処に来たんです」
私達の警戒心をセルフ=ルミノスによるこの状況が原因だと判断した彼は、近付く事無く身振りと言葉で説明をします。
しかし彼は変わらず表情と雰囲気が私達の知っているクロさんではなく――
「証拠と言える物はないですが、俺は――」
「なにを勝手に突っ走っているかこの馬鹿領主は――!!!!!」
「ぐふっっほぅ!!? は、エメラルド!? な、なにをする! というか今の勢いの良いキックはなんだ!」
「ロボの射出によるジェットキックだ! というかなにをするも毒もあるか! お前私の折角のアドバイスを忘れたのか、忘れたんだなこの鳥頭めが! そんな奴の頭を治すために毒を喰らえおらぁ!」
「ちょ、待て! せめてそこは毒ではなくて薬だろう!」
「馬鹿に付ける薬はないのなら馬鹿に付ける毒はあるという事だから毒だ!」
「その理屈はおかしいだろう!」
…………私達の知っているクロさんが戻って来ました。エメラルドの必死な毒攻撃? を躱そう……というより、迫りくるのを抑え込むのに必死な様子です。
「いや、ちょ、待てエメラルド、お前力強くないか!? ただでさえ普段は力が弱いのに――」
「毒を食べさせられる喜びと自分で食べられない悔しさによるパワーだ!」
「その理屈はおかしい!! ま、待て、悪かったから穏便に――」
「先程そうした結果が今だろうが毒を飲め領主!」
「メ、メアリーさん方ー! 助けてくださいー!!」
…………。え、ええと、どうしましょう。
とりあえず……
「倒れている皆さんの洗脳を解いておきますか」
「では私は解いた後の回復をしましょう」
「俺は周囲の警戒をしている」
「皆さん!!?」




