少しだけ長く(:菫)
View.ヴァイオレット
軽く触れて、仄かに甘い味がした。
先程まで涙が溢れるような混乱の感情が支配されていたけれども、一度クロ殿に真っ直ぐ見られた瞬間になにをされるかが分かり、触れるまで余計な事を考えられなかった。
触れた時も思考が巡った訳でも無く、感触と味くらいしか分からなかったが。それでも確かな幸福がそこにはあった。
「……まったく、公爵家として毅然に振舞えと言われていたのに、こんなみっともなく泣いてしまうとはな。……情けない」
数秒と経たない時間の後、いつの間にか瞑っていた目を開き、なにを言って良いか分からずついそんな事を言ってしまう。
いくら照れたとは言えもっと良い言葉の選択は無かったのかと、先程とは違う混乱が支配される中言ってすぐに後悔し、違う言葉が無いかと内心で焦ってしまう。
でも、こういう時はどのような事を言えば良いか分からない。むしろなにを言えば良いのか。こんな事教育の中には無かった。どうすれば……
「情けなく無いですよ。それに、俺はそんなヴァイオレットさんも含めて好きです」
だけど微笑みながらのクロ殿の言葉に、先程の感触や諸々の言葉を思い出して照れが溢れてくる。自分でも分かるほどに今の私は顔が赤いだろう。
溢れ出てくる感情は嫌ではなく、幸せなことは確かなのだがこれ以上感情が溢れるとなにをして良いか分からなくなってしまうので色々やめて欲しい。いや、やっぱりやめないで欲しい。でもこれ以上されると――落ち着け、私。
「…………」
「…………」
「…………」
「えっと、その! ごめんなさい、ヴァイオレットさん。今まで好きと言っていなかったなんて!」
私が慌てふためいていると、クロ殿も徐々に顔を赤くし初め、場の無言の雰囲気に耐えられず少しだけ声を張り上げて話題を変え……てないが、変えようとする。
だが折角なので話題に乗ろうと――いや、この話題は乗るべきなのか分からない。乗るべきなのか乗らないべきなのか。今の精神状態では判断が付かない。くっ、これが精神攻撃というヤツか。しかしこんな精神攻撃ならもっと来い! ……もう少し後に。
「その、ずっと前から思ってはいたんです! 照れていたとかそういうのではなくて、純粋に別の言葉を使ってしまっていただけで、ヴァイオレットさんが好きなのは前からです!」
「そ、そうか。ありがとう。私もクロ殿の事を――」
「今キスをしたのも、ヴァイオレットさんが俺の事を想い泣いてくれた事に嬉しかったからで、とても愛おしく感じたからなんです! 魅力に惹き込まれて、自然とそうなったと言いますか、俺が好きであるという証拠を証明したかったんです! 本当に大好きですから!」
「あ、ぅ……」
「えっと、ですから、その……あの……えっと……ぅ……」
私は言われた言葉に顔の熱をさらに感じ、私はさらに俯いてしまう。
クロ殿も自身の言っている事の意味を途中から理解してきたのか、語尾が段々小さくなっていき結果としてお互いに俯いてしまう。
精神攻撃め、だからもう少し後で来て欲しかったのに。こんなに早く来てしまっては耐えられないではないか。
「……寒いですね」
「……ああ、寒いな。不思議と熱い気もするが」
「……俺も何故か熱く思います。それに雪、降ってきましたね」
「……降って来たな。良い思い出になる」
お互いに耐えきれなくなり、雪が降って来た景色を眺める。
どうすれば良い。普段の私ならばもう少し落ち着いた会話を出来たはずだ。
そう、話題だ。まずは話題を切り出さねば会話も成り立たない。
別の話題、別の話題……好き、クロ殿、夫、家族、息子、グレイ――そう、グレイと言えば……
「……これで、キスもしていないなどと揶揄われる事も無くなるな」
くっ、捻りだした話題で再びキスの話題に戻ってきてしまった。
何故だ。出来る限り遠くに行こうと思い付いて行った単語を連想していったではないか。
好きと言えばクロ殿。クロ殿は夫。夫は家族。家族には我が愛するグレイという息子も居る。グレイの話題をしようとして、グレイが叫んだことによってメアリーや殿下達に知れ渡っていたキスがまだだという事を思い出しただけのはずなのに……!
……うん、キスという単語が引っ張られているな。完全に話題ミスである。
「そうですね。ですけど、揶揄われないようにするためには俺達が……キスをした、という事を伝えねばならないのですが」
「ふ、ふふふ。クロ殿との好きの証明だ。今更照れるべき事ではぎゃ――ない」
「妙な噛み方をするほど内心では焦っているのですね」
「……そういうクロ殿は言えるのか?」
変な噛み方をした照れもあり、つい意地悪な言い方でクロ殿に質問をしてしまう。
これではまさに自分の不手際を相手に押し付けているだけではないか、情けない。
だから私は直ぐに質問を取り消そうとして、
「……いえ、出来ればしばらくは俺とヴァイオレットさんの秘密にしたいです。貴女との思い出を秘める感情を、しばらく独占しても良いですか?」
クロ殿の返答に、取り消そうと思った言葉も消え、なにを言って良いか分からなくなってしまう。
くっ、また精神攻撃か。クロ殿はまさかこちらの魔法に優れていたというのか。
だけど他の者には使って欲しくない。私だけに使ってくれたら嬉しいのだが……いや、今はそれは良い。クロ殿の言葉が精神攻撃かは分からないが、一つだけ分かる事もある。
今確かに分かる事は、独占したいというクロ殿の欲が、とても嬉しいという事だ。
「……独占するのならば、多い方が良いな」
「えっ……あの、もしかして」
「……言わせないでくれ」
「……はい」
「でも、後一度だけだ。それ以上は私の感情が追い付かない」
「そうですか。――では、もう一度だけ」
「あ――――ん、っ」
今度は先程よりも少し長めのキスをした。
やはり仄かに甘くて、確かな幸福を味わえた。




