空を飛ぶのは当たり前(:菫)
View.ヴァイオレット
「また、私の名を呼ぶモンスター、か……ああ、くそ。暗い。靄が、みえる……耳鳴りがする……」
凛々しく毅然とした態度と声の面影は何処にもなく、摩耗しきった声と目でコーラル王妃は武器である聖槍を構えた。
「コーラルちゃん私だよ、マゼンタ! モンスターは倒しているから、戦う必要はないから!」
「うる、さい……マゼンタ……? レッドの次は、親友を騙るか……!」
マゼンタさんの呼びかけに応じはするが、コーラル王妃は聞く耳を持たない。というより、信用をしていないように見える。言葉と様子からして、此処に来るまでに相当な数の戦いと、判断を鈍らせるようなモンスターと戦ってきたように見える。
……此処に居る理由は分からないが、もしかしたらここにモンスターが溢れているのはコーラル王妃の憔悴を狙った物なのではないか。そんな事を邪推してしまう。
「お知り合いのようですが、対処は如何いたしましょうか」
「……無力化で」
「五体は」
「傷つけないで」
「了解いたしました。サービスではありますが、可能な限り要望に応えましょう」
マゼンタさんの問いに、相手次第では命を奪う事も、四肢の欠損の可能性も示唆しつつ、A25は構えた。
「……なんだそのふわふわとした服は……私を舐めているのか……? ああ、でもセルフ=ルミノスならやりそうな事だ……」
「貴女に私の言葉を信用して頂けるかは分かりませんが、この服装は趣味も入りますが我が社の正装です。あまりセルフ=ルミノスとの関連を感じないでください」
正装なのか。まぁドレスのようなものだから、正装でもおかしくはない……のだろうか。まさか戦いの正装や会社とやら自体がこの服装を正装としたという事は無いだろう。……ないよな? フリルが付いていない従者服をあの自動人形達は身に纏っていたが、もしかしてあれが軍でいう軍服のような正装であった、という事で、A25が着ている服も普段使いの正装なのだろうか。
「しかし、私の服装の事を仰りますが、そちらこそ身に纏い鎧は外側だけを取り繕っているだけの御様子。その格好で大丈夫なのでしょうか」
「お前達を屠るのには、問題無い……」
「左様ですか」
コーラル王妃が身に纏う鎧は、聖鎧と呼ばれる特殊な鎧だ。手にする聖槍とセットの特殊な鎧であり、身に纏う者に様々な恩恵をもたらすとされている。しかしどうやらその特殊な効果は存在せず、現在は通常の鎧程度の防御性能しかないようだ。以前に壊れて直したが、特殊効果までは復活できなかった、あるいは復活途中といったところだろう。
「くそっ、耳鳴りがする。うるさい、私は、お前の言う事なぞ、聞かん……」
コーラル王妃は見ていて不安になる御様子でもなお、聖槍を構えるのをやめない。そして不安になる様子であっても、構える気迫は油断すればやられるのがこちらだと思わせる気迫がある。
「その後様子では戦う事もままならないようですが、会話で槍を収める気はありませんか? こちらの御二方もそれを望んでいます」
「そちらが矛を収めるのなら、な……――殺す」
「私に言うのなら、壊すの方が正しいですよ」
◆
マゼンタさんの戦闘能力は疑いようもない。
見た目は私より華奢でも私より力が強くて格闘技術に長けている。魔法も基本六属性はもとより、その他雷や形成といったあらゆる属性を使いこなす。その上夢魔族の特殊な目も扱うし、基本的に戦闘で遅れる事は無い。
A25の強さはこの短時間で目の当たりにした。
格闘技術は群を抜いており、魔法は一切扱う事は無い。偶に魔法と思しき力を使う事があるのだが、電気力や磁気力といった物を利用し力場とした科学技術だ、との事だ。よくは分からない。ともかくその力場の利用と格闘技術であらゆる敵を寄せ付けない。
「ああ、痛い。痛い、痛い――痛い」
ただ、コーラル王妃の戦闘能力も二人に劣らない。聖鎧はないものの、聖槍の特殊な力と本人の技量により私達に渡り合っていた。
かつてはレッド国王、コーラル王妃、マゼンタ様の三名はあらゆる敵を屠り、モンスターの群れを倒し、強大なモンスターを屠った伝説を持つという。誰が一番強いのか、という話題は昔も今もよく語られる程であり、その答えは決着がつかないほどには互いの実力が拮抗していたという。
「光を穿つ――嵐の力を受けるが良い」
コーラル王妃は空を飛ぶ。聖槍の力か別の力なのか、先程戦っていたワイバーン程度の高さまで飛び、聖槍を構える。聖槍を中心に魔力の渦が発生し、その渦の回転が徐々に早まると同時に力が膨大となっていく。
「やらせないよ」
マゼンタさんも空を飛ぶ。空中に出現させ、空を飛ぶ槍の力によって空を飛んでコーラル王妃へと近づき、攻撃を中断させて大きな一撃を放てないようにする。
そして巻き起こる空中戦ではマゼンタさんの取り押さえようとする槍を全て聖槍が薙ぎ払い、途中中断された魔力を解き放ち、本来の力よりは弱くても充分な一撃を誇る嵐のような魔力放出が空中に巻き起こっていた。
「ヴァイオレット様。一つ疑問なのですが……現代の人々は、空を自前で飛ぶのが当たり前なのでしょうか」
「彼女らを基準にしないでくれ」
地上にてその様子を見ながら会話をする私達。流石に彼女達を基準にされると、現代の人々が誤解を受けるだろう。あんな事出来てたまるか。彼女達の他にもロボとかトウメイさんとか空を飛んでいる者は何故か多いが、普通に出来てたまるか。ちなみにA25も自前では無理でも、あたっちめんとを使えば飛ぶ事は出来るらしい。流石は古代。ロボと同じで未来に生きている。
「しかしこう手をこまねているのも問題です。ヴァイオレット様、空中にあの大地を出現させる魔法とやらを発動できますでしょうか」
「地属性魔法の事か。出来はするが、足場として使うのは難しいぞ」
「そこは私がどうにかします。無理ならば無理で構いませんので、試すだけ試しましょう」
「分かった。では十秒後に唱えるから準備を」
「分かりました」
戦闘においての十秒は大きいが、今ならば問題も無いと思い、足場となる地属性魔法を出現できるように集中をする。私には彼女らのような戦闘は出来ないが、この程度ならば出来る。無理をせずに出来る事をやる。それだけで良い。
さぁ、集中して地属性魔法を――
「ああ、クソッ、うるさい――うるさい!」
そして空中で爆発が起きた。
叫んだコーラル王妃が聖槍を中心に、聖槍の真価を解き放ったのである。




