未知の機器(:菫)
View.ヴァイオレット
私は騙すのは得意ではない。
誤魔化したり隠すのはそれなりであるとは思うが、誰かを意図的に騙す、というのは得意ではない。本当の事を言わずに建前で話す……などならともかく、嘘を言って騙して相手を貶めるというのは苦手な私である。出来る事は出来るのだが、よく見破られる。特にクロ殿相手だと。
だが、苦手とはいえ今回はどうにかして騙さねばならない。
相手は今はこちらをお客様扱いしてはいるが、いつ牙をむいて来るか分からない相手。しかも強さも、どう牙をむくかの方法も未知数だ。先程の掃除をする生物(?)のような存在を操り差し向けて来るのか。あるいは先程扉の開閉をしたように、何処かに閉じ込められて空調を操作するなど環境から攻撃してくるか。クロ殿達がいればある程度予想は出来るかもしれないが、今の私では想像すらも出来ない。精々ロボのような技術が壁などに備え付けられていると仮定して、敵とみなされた瞬間に高威力のビームを撃たれる、といった事くらいか。もしそうであれば私は逃げる事は不可能なので大人しく捕まっているしかないのだが。
――行動すべきか、否か。……そこからか。
最初の一歩すら踏み違えれば、私は救うために行動しているであろうクロ殿の想いを踏み躙る事になる。私は今、難しい局面に立たされている。その自覚はこの未知の光景を見て落ち着き始めてから沸々と湧き始めている。
行動するなら今なのか、もう少し調査してからなのか。……私はよく考え、迷わずに行動せねばならないと、気を引き締めた。
「な、なんだこの包丁は! 恐ろしく切れやすく、それでいて刃に汚れがつかない! しかもまな板に傷がつかない……!?」
『しかも万が一指を巻き込んでも指は一切傷付かない代物です。切る物を適宜判断し切る事が出来る上、お子様でも使って安心な便利仕様です』
「な、なんという優れものだ……! そしてこの魚、妙な袋に入っていて採れたてのように新鮮だったが、これは一体?」
『中に入った物の鮮度を落とさず保存できる圧縮保存袋です。一度開封すれば再保存は不可能ですが、基本使い捨てですので問題ありません』
「消費を気にせず買いだめが出来るだと……!? 運搬に革命が起きるな……ところでこちらの箱は?」
『中に物を入れて調理方法を選択すると、圧力を加えて調理時間を短縮できる調理器具ですね。例えば強火で十時間かけ煮込んで柔らかくなる肉の塊を、三十分程度に短縮できます』
「なんたる便利な箱だ!? これさえあれば領主の仕事で忙しく、諦めていた料理も出来るのでは……!?」
『ただ猫を入れてはいけません。説明書にも記載されています』
「何故猫。時にこれは……」
『全自動卵割り機と全自動大根おろし機です』
「なるほど、便利だな!」
案内された場所、キッチンは正に素晴らしいとしか言いようがない場所だった。
清潔感あふれるというのもあるが、見た事の無い物(機器というらしい)がどれもこれも料理をするのに欲しいと思うような代物ばかりなのである!
今はバーントとアンバーに任せる事が多いとはいえ、私も料理をして来た身だ。こんなにも便利な物があればすぐにでも使って料理をしたいと思わずにはいられない。むしろこんなものを見せられたら、今後料理をする際にこの道具がない事に物足りなさを感じるのではないかと不安になるレベルである。だが使う! 料理に楽しさを覚えた身として、これらを使わずにいるなんて出来る物か!
「お、おお。中のテーブルが回って、中に入れた物が膨らんでいく……これが電磁波とやらで温まっているというやつなんだな?」
『はい。対象の物の水分を振動させる事で、温度を上昇させる代物です。卵を入れると爆発するので注意です』
「そうなんだな。…………」
『……中をジッと見られていますが、面白いですか?』
「うむ。今まで見た事の無いからな。初めて見る物はやはり面白い」
『…………。そうですか。楽しまれているようならば、なによりです』
「? お、音が鳴って止まった。ええと、扉を開けて……おお、本当に温まっている!」
なんたる便利の機器か、このデンシレンジとやら。こんなに気軽に温める事が出来るなど、冷めた料理を温め直す事にも使えて便利すぎる。私の料理の段取りの悪さに何度かクロ殿を待たせて冷めた料理を食べさせてしまった時があったが、あの時にこれがあればどんなに良かった事か。欲しいなこのデンシレンジ。多少高くても買うぞ。
そしてグレイに使う所を見せて楽しんでもらい、クロ殿に喜んで貰える料理を作り、一つ上をいった私の料理で団欒をする! このデンシレンジや他の機器があれば、それも十分に可能な事だ!
――って、そもそも団欒をするためにどうにかせねばならないのに、私はなにを楽しんでいるんだ……!
いけない、未知の機器にはしゃいで本来の目的を忘れる所であった。今頃クロ殿もグレイ達も大変であろうに、なにをやっているんだ私は。機器にはしゃいでいる場合では無かろうに――あ、すごい。冷凍だった魚の切り身がほくほくと柔らかくて温かい。凄く良いなこれは――ではない! 料理感覚は捨てろ私! 今は料理をしつつ、脱出方法の手掛かりが此処に無いかを探すのが私のるべき事だ! ……ん?
『…………』
「どうかしたか、A25?」
『おや、私にお願いではなく、様子を問いかけたように思えますが』
「なんとなくだが私の事を観察しているように見えたからな。なにか興味深い事でもあったのかと思ったんだ」
A25は現在、手にした端末という物から、声と映像という物を出し、最初に表示されたAという文字を空中に浮かばせて、そこから声を出している。そしてそのAという文字がなにか変わった訳ではないのだが、なんとなく私を観察しているように見えた。
脱出を探っているのがバレた……という訳ではないように思える。
『私はAIのためお客様を観察し、お客様を理解する事でサービスの品質を向上させる機能があります。その機能がお客様を不快にさせたのならば、謝罪いたします。申し訳ございませんでした』
「いや、不快になった訳ではないし、そういう事なら良いのだが」
エーアイ、というのはまだよく分からないが、彼女は嘘を言っていないように思えるし、本当の事を言っているようにも見える。だが、本人も気付かないなにかがあるのではないか。ふと、そう思いつつ料理を続けた
「ふむ、とりあえず、作れはしたが……どうしようか」
『どうしようか、というのは?』
「運ぶにしても先程の部屋まで行けば冷めてしまう。ここで食べる事は良いのだろうか、と思ってな」
『問題ありません。今、机や椅子。食器をここまで運ばせます』
「助かるよ」
『はい、少々お待ちを――おや』
「どうかしたか?」
私が調理器具を後で片付けるために一カ所に固めて置いていると、A25はなにかここではない何処かで気になる事があったかのような反応を示す。何故そう思ったかと言うと、ここではなにも起きていないのに気になる事があったような反応を示しているのと、A25はここだけではない別の場所も同時監視しているような事をしているからだ。
だからなにか別の場所でなにかがあって、そのなにかが私にとって脱出の手掛かりになるのではと思いつつ、返事を待つ。
『はい、どうやら追加のお客様が来られたようです。そして今向かっている先が……こちらのようです』
「ふむ?」
返事は少々予想外の物であり、私は追加の情報を待っていると。
「ここは何処だー!!」
「!!?」
キッチンに、突然人物が入って来た。




