未知の領域(:菫)
View.ヴァイオレット
「……見た事の無い廊下だな」
『攫われて突然此処に来たのですから、当たり前と言えば当たり前なのでは』
「そうではなく、なんと言うか……廊下という常識が覆されている、という感じだ」
『そうなのですね』
ひとまず部屋から脱出し、廊下に出た私とA25。
セルフ=ルミノスやその仲間が見張っているかもしれないと周囲を警戒しつつ、一歩踏み出したのは良いのだが、私の目の前に広がっている光景は今までの常識では見られないような光景であった。
なにか飛んでいるとか、モンスターが徘徊している、などではない。
壁や天井が見た事の無い材質の物であり、見える構造や様式が私の知る物ではない。それだけの事のはずなのに、私は今までの常識を狂わされているのである。外国に行ったから新たな様式を見た、では済まされない光景。
天井は巨人でも通るのかと言うほどに高く、そして明るい。ただ明るいのではなく、壁の白さを美しく見せる効果があるような色を放ち、それでいて光源が何処から放たれているか分からない。私の影のお陰でおおよその見当はつくのだが、その影も一方向には伸びずにいるため特定はすぐには無理だろう。
また、壁や天井は金属製(プラチナのような白色をしている)の棒が真っ直ぐ伸びていたり、綺麗に隣り合うように並んでいたり、場所によっては弧を描くように曲がり、交わり這っている。一歩間違えればごちゃごちゃとしてうるさく汚くなる様な数が張り巡らされているのだが、初めてこの光景を見た素人目にも「これは綺麗だ」と思わせるような、作った者の素晴らしさを肌で感じさせる。……なんとも、凄い所に私は連れ去られたものだ。
「その……これは踏み入れて良い場所なのだろうか」
『安全は保障いたします。生物に害する物は検出されておらず、耐久性にも問題はありません』
「そ、そうか。ありがとう」
そういう事を聞きたかった訳ではないのだが……まぁ良い。ここで怯んでいてはなにも始まらないし、意を決して進んでいくとしよう。
『こちらになります。足元にご注意ください』
「あ、ああ――っ!? 壁が動いて――木々に!?」
『映像ですね』
「映像?」
『はい。壁にはディスプレイが内蔵されており、お客様のリラックスを促すための映像を表示させます。木々、海、空、鳥に花。現在は音機能は切ってありますが、ご希望ならば安らぐ音楽もお流しいたしますが』
「……やめてくれ。あと、映像? も消してくれると助かる」
『承知いたしました』
私は意を決した意思を少し揺るがせながらも、A25が示す方向に進んでいく。
コツコツコツと私の足音と、A25の静かではあるが僅かに聞こえる、ロボにも似た音以外には音が聞こえない。
先程まで居た闘技場や外では箱舟が空を飛ぶ音や、戦闘音。クロ殿達の声などなにかしらの私以外の音が聞こえていたのだが、それも聞こえない。危険な音もしないはずなのに、この静けさが大丈夫な所なのかと不安を駆り立てるという、不思議な状態であった。
そして私は指示通りに進み、角を曲がった所で。
『該当のルートの清掃を終わりました。次の清掃時間まで待機いたします』
「な、なんだこれは!?」
謎の物体が現れた。
奇妙な音と動きをしていたため、私はモンスターかと思い身構える。
『ご安心ください。こちらは当フロアの清掃を行っているモノになります。お客様に害を為さないため、安心してお通りください』
「……大丈夫なのか?」
『はい。私と同じ、お客様の快適な生活のため、定期的な掃除、自主メンテのルーチンワークを行うだけの存在と思って頂ければ』
「……そうか」
……詳細を聞いた所で私にはすぐ理解出来そうにはない。出来そうにはないが、今の会話で彼女らについておおよその見当はついて来た。
――失わし古代技術の生き残り……
正確に生き残りという概念が当てはまるのかは定かではないが、ロボが身に纏っている外装と同じ古代技術である機械と同じ存在なのだろう。今の掃除をするという存在も、エクルから聞いたル……ルン……ルンルンというクロ殿達の前世にあったという掃除の機械のようにも思える。
そういった機械は現代においては遥か昔の技術であり、ほとんどは壊れていて使い物にならず、解明には至ってはいないが、極稀に使用が可能な状態で見つかる事もある。ロボが身に纏っている外装もそれの一つだ。使用可能な状態の機械はロボの外装のような魔法を遥かに超える力を有する物もあれば、魔法も使わないのに火が付く、といった簡易的な物もある。A25達は前者と同じ機械の生き残りであり、ここは彼女達が建物ごと存命している。そんな印象を受ける。
――高度な知識を持つ生命体……
ハッキリ言って、私は古代技術も機械もよく理解できていない。知識としては知っているが、分かってはいない。
クロ殿達のように日常に溶け込んでいる生活を以前に送っていたという事も無いし、ロボのように機械を身に纏って生活をして居る訳でもない。よく分からないまま過ごしている。
そして今回はさらに分からない、流暢な会話をする機械が相手だ。もしかしたら声を届けているだけかもしれないが、それでも私は彼女らを理解する事は難しい。映像だの掃除を自動的に行うだの、理解するためには年月が必要だ。ただでさえまだロボの事をよく解っていないのに、別方向で同等レベルの理解不能さを誇るであろう彼女をすぐに理解は難しい。
なによりも理解不能なだけでなく、彼女らがロボと同レベルの戦闘能力を持っていれば厄介だ。この彼女達の空間であろう場所で逆らえば、私の命など一瞬で吹き飛んでしまうだろう。……さて、どうするか。
『どうかされましたか?』
「……いや、なんでもない」
『ならば良いのですが。……脈拍、顔色などが優れません。お客様を支援し、喜んで貰うのが私達の使命であり役割です。なにか問題があれば、遠慮なく仰ってください』
「なんでもないよ。廊下を清潔に保ち、映像とやらで客に安らげる空間を提供しようとし、さらには私の小さな変化にも気付いて気に掛ける。その優秀さが、今までにない物で少し驚いていただけだ」
『なるほど。流石はお目が高いです。私はあらゆるお客様を支援するオールバッキングシステムの最終バージョン……つまり最新型にして完成形。私の手にかかれば満足できないお客様は居ないと言えるでしょう』
「……そうか、楽しみにしているよ」
『はい、存分にお楽しみになさってください』
…………。とりあえず、騙せないかどうかを試すか。




