アンティーク(:灰)
View.グレイ
「アプリコット君、フォローするよ」
「かたじけない。頼むぞ星見ノ魔女!」
「はは、月でも無いし、純潔でも無いが、了解だ!」
流れるように戦闘に入るヴェール様。研究職に身を置こうとも、戦闘で未だに一線を画す彼女が入る。それは今までジリ貧だった戦況を好転させるには充分な物である。私やフューシャちゃんは彼女が十全に動けるように、邪魔をしない形で戦況をフォローしよう。そう思い、先程まである方向に向けていた意識を無理矢理切り替えた。
「…………」
私の様子を見て、隣に居るフューシャちゃんがなにやら意味ありげな視線を送った気がしたが、戦闘中という事もありすぐに忘れてしまった。なにより、次のヴェール様の行動が少々予想外であった事も理由の一つだろう。
「シャトルーズ! 一旦下がれ!」
「はっ!? え、あ、この状況で無理を――」
「良いからやらんか馬鹿息子が! お前の視界だけに星を見せるぞ!」
「は、はい!!」
ヴェール様がシャトルーズ様に戦闘の一時離脱を命令した。シャトルーズ様はこの戦いで数少ない前衛を維持する重要な要だ。彼が居なくなると前衛がスカイ様だけになり、崩れるのは明白である。なのに何故そのような命令を、と思った次の瞬間に見た物は少々意外な光景だった。
「はは! 久方ぶりの前衛魔法戦士だ、若い者にはまだ負けんぞ!」
杖で殴り、同時に魔法攻撃をし、マントで拳を受け止めて勢いを殺し、投げた帽子で視界を遮って蹴りを喰らわし、喰らわした後に帽子を回収するヴェール様。そこには見事な前衛魔法使い……戦士がおられた。なるほど、ああいう戦い方もあるのか。勉強になる。少々今までのイメージと違うので予想外ではあったが。
「……鍛えよう」
その光景を見て、アプリコット様が私には聞こえたモノの、小さな声で自身の腕をチラリと見て誰にも聞こえないような小さな声で呟かれていた。この戦いが終わったらお手伝いをします!
「それで、シャトルーズ、これを受け取れ! そして使えるようにしてから前衛に戻れ、流石に私だと、この者達には長時間は無理だからな!」
また、ヴェール様はシャトルーズ様と入れ替わりで前衛に入ると同時に、下がるシャトルーズ様に左手に持っていた袋に入った棒状のものを投げ渡した。それを反射的に受け取ったシャトルーズ様は、袋の中からすぐさま中身を取り出す。
「これは――まさか、先程仰っていた、俺の力を最も引きだすという……?」
中から出て来たのは、鞘も柄も真っ黒な一振りの刀。
騎士道を邁進し、真っ直ぐなシャトルーズ様の印象からは少々離れるイメージを持つ物であった。
――確か、条件を満たすと鞘から抜けるという……?
クリームヒルトちゃんやメアリー様から聞いた、“かさす”に出て来るシャトルーズ様が、最強の力を引き出すための、カルヴィン家の伝家の宝刀であったはずだ。
条件に関しては御二方とも仰らなかった。なんでも「説明すると、それを満たすために意識してしまい、意識すると満たせなくなるから言う事が出来ない」との事らしい。だから私達はその条件を知らない。
しかし武器として使えば間違いなく強いのは確かである。伝家の宝刀が実際あるのかを確認する際にヴェール様に尋ねた所、それは確かであるとお墨付きを頂いている代物だ。
――ですが、この状況で渡されてどうすれば……!?
シャトルーズ様も少々混乱しているが、条件も分からない内に渡された所でどう使えば良いか分からないだろう。仮に条件を満たして抜けたとしても、その力をいきなり使えるかどうかも分からない。
武器を持たないシャトルーズ様が武器を手に入れたのは良いが、このままでは――
「どぅおりゃぁあ!!」
「うぉっ!?」
そしてシャトルーズ様は鞘から抜けていない状態でテツグロ様に殴りにかかった!
「棒状の物さえあればこちらの物! それにこの状態なら思い切り振っても殺す可能性は低いから、好都合だ!」
「それで良いのかシャトルーズ卿、仮にも大事な武器なんだろう!」
「良い!」
良いんだ。
確かに鞘有りとはいえ普段使い慣れている武器であるので、無い状態よりはマシかもしれないが……もしかしてシャトルーズ様は疲れていらっしゃるのだろうか。連戦とか空を飛んだりとかで精神的に。
というよりも、カルヴィン家の大事な武器をそのように使われて、ヴェール様は大丈夫なんだろうか。
「よし、それで良いぞシャトルーズ!」
良いんだ。
「正直条件とか分からず、どうにかして解こうとしたが上手く解けなくて少々八つ当たりした事もある武器だからな! クレールの奴も“伝家の宝刀と言えば聞こえは良いが、所詮は骨董品だからね。記念品と思えば良いよ”と言っていたからな、使えるように使うと良い!」
「了解です、母上!」
なんだろう、クリームヒルトちゃんやメアリー様から聞いた時は、シャトルーズ様が一振りの刀でドラゴンをも屠る強さとなるような、偉大な武器というイメージがあったのだが……やはり世の中は私の考えでは及ばぬ事ばかりという事か。また一つ勉強になった。
「まったく、そのように武器を粗末に使うのはいかんぞ」
「くっ……!?」
そしてシャトルーズ様が再び前線に復帰した途端、レッド様が何処か呆れた様子で攻撃を繰り出した。
力尽くのようにも、洗練された一閃にも見えるレッド様の攻撃はシャトルーズ様を狙い、シャトルーズ様はそれを鞘付きの黒刀で受け止め、鍔迫り合いをするように互いが止まる。
鍔迫り合いをしながら、互いが互いを押そうと力を籠める。鍛え抜かれたシャトルーズ様であるが、武器の重さと腕力の差なのか、少々苦しそうに見える。
「武器は大切にせねばならん。ましてやヴェールの魔法でも抜けないような武器であれば、特殊な力を持っているだろう。大事にするべきだぞ」
「く、ぅ……で、あれば、レッド国王陛下の使うその剣にも、なにか特殊な力が宿っており、大事になされているのですか……!」
「いや、この剣にはなんの特殊な力も無い。ただ頑丈で、大きくて、斬れるだけの無名の剣だ。しかし」
レッド様は力を込め、シャトルーズ様をそのまま身体ごと剣を押しのけ、そのままふっ飛ばした。
「大事に使い続ければ、無名の剣でも強くなるものだ」
レッド様が持つのは、ただの大剣であるという。
特殊な効果など無い、なんの変哲もない剣。コーラル様が持たれていたという聖槍や聖鎧のような特別でもない武器。
しかしそれを振るい続ける事により、その大剣はレッド様が振るえば無類の強さを誇っていた。聖槍や聖鎧を持つコーラル様と渡り合えるような、レッド様にとっての敵を屠る最強の武器となる。
「さて、ヴェールが来た所で、五分五分と言った所か。――頼むから、倒してくれよ」
大剣をゆらりと構えるレッド様。本来なら隙であるのにも関わらず、その御姿は隙であるから攻撃しようと思えるような雰囲気ではなかった。その武器を構えるレッド様は、まるで楯というよりも、苛烈さを有する死神のようである。
「ええ、良いでしょう」
「はい、主命とあれば」
ただ、死神程度が現れた所で、どうしたというのか。
「フッ、五分であると? 我が自由に魔法を使えるようになってそれは甘い見積もりであるという物だ」
「そうだな、俺も抜けないとはいえ刀を手にし、五分であるはずがない」
「そうですね。なにより倒せと言われたからには、まぁ、ドレスでみっともないですが素手で戦いますか」
彼らは乱戦の中で不敵に笑い、それぞれが構えを取る。
相手が強敵であろうと、自分の強みで戦えるようになった自分達であれば負ける事は無いというように、笑うのである。その笑みは余裕の表れのようで――
「もう校舎の破壊とか気にせぬわ! 全力で魔法をやるぞ! 相手が主上とか叔父や叔母とか関係あるか!」
「刀が無いからストレスが溜まっていたが、もう全力で行くぞ! 洗脳されているから良い機会だと思い、陛下を攻撃する!」
「ドレスで動きにくいとか見えるとか気にしてられません! というより洗脳されていた私に今更恥じとか知らない!」
いや、もしかしたら色々ハイになっているのかもしれない。




