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死合い(:淡黄)


View.クリームヒルト



 大きな音が廊下に響いた後、部屋の中から一人だけ飛び出した。


「逃げない所か、真正面から独りで来るとは。囮にしても、他の皆が逃げるための時間稼ぎか、攻撃するための意識を割かせる目的か。どちらかな、クリームヒルトちゃん?」


 廊下に出て来たのは私一人である事を確認すると、クレール君は相変わらず内心が読みにくい表情のまま問いかける。ただ今回の表情は何処か、私の行動を非難するような物に見えた。問いかけのどちらの目的で私が姿を現したにしろ、私が危険な事をする事を咎める必要があるからだろう。まぁ、当然と言えば当然だ。


「あはは、クレール君相手だと邪魔になるから、私だけで来たのかもしれないよ」

「ふむ、つまりそれは」

「勝つつもりだって事」


 そう言うと、私はクレール君に向かって走り出した。それに呼応して、クレール君は武器である刀を戦闘用に構え直す。会話をしている間は操られても攻撃をしないように出来ていたが、流石に相手が攻撃の意志を見せると戦闘態勢に移行せざるを得ないみたいだ。その行動はクレール君が強い精神性で洗脳に抗っているからなのか、セルフ=ルミノスがてきとうに洗脳したからなのか、あるいは別の意味があるからなのかは分からない。

 まぁそこは後で知るとしよう。この後も生き残れたらの話だけど。


「確かに君は類稀なる才能を有している。体格は優れていなくとも、脳も筋力も神経も精神も、超人とでも言えるだろう。前世とやらを持つ君達の中で、私は君が一番強くなれると思っている」

「あはは、そう言って貰えると嬉しいよ! けど買いかぶり過ぎじゃないかな!」

「確かに私の主観だが、そう間違った物でも無いと思っているよ」


 斬撃が飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。

 クレール君が放つ斬撃は一種の空気振動のような物だ。空気の圧が、刃となって向かってきて、なにかにぶつかると圧縮された刃の効果が対象に発揮される。実際は違うかもしれないが、まぁそんなものだ。

 ただハッキリしているのは、この攻撃は無色透明という事。空間に圧を加えているのでよく見れば「なんか他の場所と違う」と見えたり、風を感じたりはするのだが、基本見えない攻撃なのである。

 だからこうしてクレール君に近付くだけでも、見えない攻撃を彼の腕や武器、体勢から予測して見えない攻撃である斬撃を躱さないと駄目なのである。


「だが残念なのは、今の時点では私の方が強いという事だ。頑張って洗脳に抗いはするが、決して油断なきよう、頼むよ」

「あはは、もちろんだよ。油断していたら、勝てないからね!」

「そして、殺す気で来なさい。君ならそれが出来るだろう?」

「……あはは、滅多な事を言うものじゃないよ」


 右足を前にしてかなり踏み込む態勢で刀を振るう。左に避ける。返し刀で真横に斬る。態勢を低くして避ける。V字を刻む様に斬撃を放つ。態勢を変えると当たるので真っ直ぐ進む。踏み込みを無くす。加速する。十字を斬る。前に飛ぶようにして身を捻り躱す。着地の足元を狙った低めの軌道を斬る。飛びながら横の壁を握力で砕きながら掴み着地を遅らせて回避をする。納刀して構え、抜刀、納刀を今までの最速、目で追えない速さで行った。勘で右から左へと斜めに飛び込んで回避をした。髪がちょっと斬れたが、私以外の場所にあった物は斬撃で粉々に砕け散った。どうやら私の身長や胸が少しでも大きかったら身体の何処かが斬れていたようである。


「滅多な事というほどでも無い。私を殺すのが一番手っ取り早い方法というだけだ」

「その輪っかを錬金魔法でなにかすれば洗脳が解けるのに?」

「なにかをするまでに私の攻撃は君を殺すからだよ」

「私に殺人者になれというの?」

「私に殺人者になれというのか」


 距離は近付いた。私の一番の武器を存分に使用できる肉弾戦には遠いが、魔法に関しては充分な威力を見込める距離。そしてそれは同時にクレール君が遠距離から中距離に攻撃を変える事を示し、攻撃のパターンが増える事を意味していた。


「クレール君が死んだらヴェールさんとシャル君はどうするの。悲しむし、私を憎むよ?」

「状況を言えば君を憎む事は無いだろう。私の愛する家族はそういうヒトだ。ただ、悲しむのは間違いない……と思いたいな」

「そこは自信を持とうよ」


 刀を振り上げ、振り下ろす。本来なら刀の幅の分の線を追えば済むだけの攻撃は、クレール君の場合斬撃で飛ばしていた空間圧縮分を、飛ばさずに纏っているとでも言うように刀の薄いはずの横幅を十数本分、場合によっては数十本分の幅を攻撃範囲と見做して避けなければならないのである。それをあらゆる方向から、斬撃を放つ攻撃を交えて繰り出してくるのは再び距離を取りたくなる攻撃である。だが、私は進む。


「だから遺言を頼まれてくれないか。二人に愛していた、と伝えてくれ」

「自分で伝えて。私は嫌だよ」

「出来ればそうしたいのだが、出来なかった場合に伝えられないまま死ぬのは嫌だからな。一応、伝えておく」

「そう。じゃあ私も遺言。黒兄とエクル兄さんと友達には先に地獄で待ってるよ、とでも」

「地獄? まぁ了解だ。バーガンティー殿下には無いのかな」

「私をひきずったら祟るぞ、とでも」

「了解だ。それを伝えないように祈ろう」

「私も伝えないように頑張るよ」


 純粋な身体能力、体格、技術、戦闘経験。どれをとっても私はクレール君に負けている。

 私が勝っていると言える物があるとすれば、反射神経と目くらいなものだ。あとは魔法、そして攻撃を恐れない無神経もか。それでどうにか今までの模擬戦でも良い感じに戦えていた。


「しかし相変わらず素晴らしい動きだクリームヒルトちゃん。多少の抵抗をしているが、私の攻撃がこうも当たらないとは。ついムキになって抵抗をやめたくなるレベルだよ」

「それは困るんだけどね」


 だが今回は無神経さはあまり使えない。護身符も無い現状では、肩代わりするものが無いため上回った能力を存分に込めた一撃は致命に繋がる。せいぜい無神経さを度胸として使い、一撃をいざという時に怖がらないためにするくらいだろう。だから存分に使い、縦横無尽に繰り出される攻撃を避けながら近付いて行き、隙を見て魔法で攻撃をする。


「これがシャトルーズの奴でなくて良かった。もしシャトルーズなら最後に私を超えていけ、という事で本気でやろうとしていたかもしれない」

「あはは、それは色んな意味でシャル君が此処に居なくて良かったよ。親殺しなんて仲の良い親子で経験するもんじゃないからね」

「その言い方だと仲が悪いと良いみたいに聞こえるな」

「それは違うかな。仲が悪くても複雑にはなるからね」

「経験者みたいに聞こえるけど」

「経験者だからね」

「……君が?」

「大嫌いな母を殺そうとしたよ。まぁ兄の友人に止められたから、殺しは出来なかったけど」


 真顔の表情が一瞬崩れた時、隙が生まれて私は距離を詰めた。回避のために急加速、急停止を繰り返している私の足が悲鳴を上げるが、構わず距離を詰めた。この後アドレナリンが切れたら激痛が襲ってきそうだが、後先を考えていてはその激痛を感じる間もなく死んでしまうので、今まで以上に無理をした負荷をかけて急加速をした。


「仲が悪かったからそこまでだったけど、仲が良いと良くは思わないというのは分かるよ。だから遺言に愛を伝えるほどなら、そんな事をさせない方が良いよ。まぁさせないために今もこうして此処に居るんだけど」

「……なるほど、だから君は逃げなかったのか。なにかがあって、シャトルーズが此処に来て私と殺し合うのを防ぐために」

「まぁ、それも、あるかな」


 近距離。殴る蹴るを主体とする私にとって一番強くなる距離であり、同時にクレール君が一番強くなる距離でもある。

 クレール君の近距離の攻撃は、刀が攻撃範囲を広げる事は無い。斬撃を飛ばす事も無い。

 ただただ洗練された煌めきのような一撃が、最速の動きで殺しに来るだけだ。

 どう考えても一本では不可能というレベルで、一撃が避ける場所がないほどに周囲を覆いつくすだけだ。

 避ける、逸らす、攻撃する、揺れる、爆ぜる、一撃を加える、加えた瞬間の腕を斬り落としにかかる、それを狙った魔法で狙い返す、頬が斬れる、服と皮膚が斬れる、痛みが走る、愉しくなる。


「それもある。では、一番の理由はなんだ、クリームヒルトちゃん」

「それはね」


 私は問いかけに対し、跳躍を繰り出した。

 その行動にクレール君は真顔が少し驚きの表情になった気がし、次に馬鹿な行動をした私を咎めるような表情になった気がした。

 空中に浮けば攻撃に対する対処方法の数が一気に減る。それは刹那を争うこの場面では致命となる。

 それを理解してクレール君は恐らく攻撃を止めようとするが、洗脳された身体は意思に反して私への攻撃を止めない。

 そのまま空中で私は刀によって斬られ――


「皆でなら、クレール君に勝てると思ったからだよ」

「―――っ!?」


 ――る事無く、私は跳躍して回転し、そのまま刀を避けて天井に張り付いた。重力に逆らって、天井に足を付けて天井に立ったのである。


「雷――上の階から雷神剣による雷魔法で磁力を……!?」

「正解。そして」


 私はクレール君から目を逸らさず、手元に魔力を込める。ただそれは魔法攻撃を目的とするよりは、私に注目を集めるための敢えての分かりやすい攻撃を見せているに過ぎない。

 そして次の瞬間に、


「っぅ!?」

「――上ばかり見て、正面が疎かになってるよ」


 部屋から部屋へと移動し、距離を詰めていたエクル兄さんが廊下に姿を現し、魔法による攻撃をクレール君にぶつけた。本来であれば当たりすらしない攻撃は、不意の私の行動により防御もそこそこに受けてしまう。ただ、直撃はしなかったのは流石クレール君といった所か。

 だが、隙は出来た。


「――喰らえ!!」


 私は天井を蹴り、クレール君へと一撃を――


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