お膳立て
エメラルドの毒は確かに効いた。
毒が調合され、粉末状にして入れられた袋を飲み込みかけたアースドラゴンの口は解け、口の下部分の一部が溶けて、唾液が流れている。傷をつけるのも一苦労なドラゴンの表皮を溶かすとは相当強力なものであろうし、表皮以上に口内や喉は大変な事になっているだろう。
『GRRRRRAAAAA!!!』
しかし致命傷には至らない。あわよくば体内からエメラルドの毒が効けば倒せるのではと思ったが、そうはいかないようだ。
むしろ口が溶けた痛みでなりふり構ってられずに攻撃するようになったのか、その暴力の塊のような身体で暴れ回っていた。とてもではないが毒が効いて弱っているようには見えない。
「距離を! 安全優先で!」
本来なら戦略も策略もなにもないただの暴れる行為など、冷静に対処すれば読み易くて簡単に制圧できるものだが、流石はドラゴン。子供の駄々こねのような暴れぶりは、どれもがこっちの本気の攻撃の方が児戯に見えて来るレベルのものだ。
胴体、頭、爪、尻尾、翼、腕、手、足。痛みでリミッターが外れたように、地面を抉り、壁を壊し、風圧でこちらの体勢を崩してきて、ぶつかった衝撃の振動でこちらの中身が揺れて体内のリズムと健康状態を崩される。
こちらが必死の思いで繰り広げる力を、嘲笑うように超えて力を振るうアースドラゴン。本当、嫌になる相手だ。
「エメラルド、準備は」
「出来た、ほれ」
「サンキュ」
なので悪いがこちらは搦手でいかせて貰おう。
アースドラゴンにとっては急に目覚めさせられた上によく分からない存在に攻撃されている、というような状況であり、正面から戦わず卑怯な手を使って勝手に討伐をしようとして来る。俺達はアースドラゴンにとってのそんな卑怯で悪の存在かもしれないが、生憎とそちらが攻撃をして来ようとしたし、こっちも必死なんだ。恨むかもしれないが、これが俺達にとっての全力で対応した結果として、再び眠って欲しい。
「だが急ごしらえのそんなものが効くのか? ヴァイオレットの拙い【創造魔法】の槍と、その先端に私が作った毒を結び付けただけだぞ?」
「充分だ」
ロボとブラウンが攻撃をし動きを鈍らせ、俺達は逃げて目や翼の付け根に、魔法や瓦礫、毒を巻くとかいう嫌がらせを行いつつ一つの物を作った。
それはヴァイオレットさんが作った槍の先端に、袋詰めの毒と衝撃で火魔法が発生する魔法陣を仕組んだ、簡単な武器。とてもではないが当たった所で傷一つもつけられないようなレベルの武器である。C級に通じるかどうかというようなものだ。
だがこれだけあれば十分だ。
「まさか、それをあの溶けた口に入れて――」
「違う。――フッ!」
「はぁ!? ちょ、ま、領主、わざわざ固そうな背中の外皮に――!?」
投げた場所は固い外皮を持つアースドラゴンの中でも、特に固そうな鱗が密集した背中部分。間違いなく弾かれるだろう場所に投げたのを見て、エメラルドは驚きの声をあげる。
俺が投擲した槍は真っ直ぐ暴れるアースドラゴンの外皮に進み、そして。
「……は、消えた?」
そして、飲み込まれた。
「なにが起き――」
『■A$#%AA“A‘*A!!??』
「うおっ、なんだ!?」
アースドラゴンは先程口が溶けた時よりも大きく、そして苦しそうな悲鳴を上げる。暴れもするが、さっきまでの色んな所へぶつかっては暴れる外側の暴れに対し、その場で腕を振り回し地団駄を踏むような暴れるような感じになっている。つまりは、動きが少なくなった。
「ロボ、上空から右翼!」
「了解デス!」
「ブラウンは構えて首を狙う準備!」
「りょうかいー!」
「ヴァイオレットさんは――」
「顎下の一枚だけ逆さまになっている鱗をクロ殿と一緒にだな!」
「そうです、ロボが撃った次のタイミングで! エメラルドは――」
「ほれ、殴るならさっきのこれ、だろう」
「サンキュ、代金は付けとけ」
「ヒサンな」
一日で三割とかどこの暴利な金貸しだ。だがまぁエメラルドはその程度を言う余裕があると判断したのだろう。俺も少し緩みはしたが、再び気を引き締めつつ毒の袋を握り、駆ける。
「【マキシマムクラスターキャノン】!」
駆けた次の瞬間、上空からロボの攻撃が降り注ぐ。
右翼を中心に捉えて放たれた攻撃は、丁度右翼を広げようとした瞬間であったアースドラゴンの動きを止めるのに充分であり、内部の修復に力を注いでいたアースドラゴンにダメージを与えるのにも充分であった。
「【水中級射出魔法】」
次のタイミングでヴァイオレットさんが地属性に反する水属性の魔法を、アースドラゴンの逆鱗に向かって放つ。
『G、RRR……!』
弱点である水属性の魔法を、内部と翼の修復に気を取られている好きにもろに受けたアースドラゴンは、苦しむような声をあげる。
「ごめんな」
俺は自分が許されるための謝罪をアースドラゴンに言いつつ、弱点を突かれ防御力が弱くなった逆鱗に向かって飛び、左手で殴った後、壊れた逆鱗にもう一発薬の袋を持った右手で殴り、内部に毒を置き、離れる。
「ブラウン!」
後はトドメと言える一撃。
外皮が崩れ、内部を溶かし、修復する箇所が複数になった事により、守りでもあった首元周辺の魔力を一時的に剥がし、防御力を無くした。
「【閃耀無窮】」
そこにビームではなく斬る事に集中をしたブラウンが、身の丈はある長刀を思い切り振るう。
先程は複数の砲弾を複数回にわたって切り刻むように振るえていた動きを、ただの一刀、一閃に込めた一撃。
その攻撃は弾かれる事も、効かないという事も無く。
『RRRR―――……』
アースドラゴンの頭を、切り落とした。
備考 アースドラゴン(命名:クロ)
外皮:とても固い。列車砲を喰らっても平気。
筋力:マッスル。東京スカ〇ツリーをおもちゃ感覚で持てる。
爪:とても鋭くて固い。あらゆる防具を豆腐のように切り裂く。
回復力:大地のパワーを借り、魔力を回す事で傷付いても早めに元に戻る。
ブレス:周辺の植物を全て枯らして不毛の大地にする特殊効果がある。ついでに単純な威力は東京ド〇ムを余波で吹き飛ばすレベルの地属性攻撃。
結論:良い所なかったけど、本来なら怖い敵。クロ達がなんかおかしかっただけである。




