走馬灯分析
ドラゴン。
前世におけるファンタジー作品だと、スライムやゴブリンなどと違い、恐ろしき異形の象徴としてあげられる事が多い存在だ。
火を噴いたりする事もあれば、属性を司る存在であったり、単純な力で捻じ伏せるだけの存在だったり。作品によって違いはあれど、大いなる存在として扱われる事が多い。
この世界でもドラゴンというのは強大な敵としてあげられる。
ランク分けされているモンスターの脅威度は、発見され次第討伐隊が結成されるような最大危険級であるA。そして同じAランクのモンスターでも、最上位に位置するモンスター、それが大型竜種――ドラゴン。
ワイバーンを飛翔小竜種と評されたり、その他にもドラゴンに似たモンスターが、亀とか華とかという言葉と共に【竜】として名づけられる事がある。外見的特徴がその名を付ける目安になる事もあるが、恐ろしき存在の象徴として名付けられることが多い。竜というのは恐ろしき存在、というのがこの世界では一般的なのである。
そして大型竜種。
小さいとも、亀のようだとも、別のなにかに例えられる事も無い。
単純に、大きな竜。
恐怖の象徴のイメージがあるのではない、恐怖そのもの。
トウメイさんがいた遥か昔のモンスターが荒れ狂った時代でさえ数えるほどしかおらず、モンスターの頂点に君臨し。
倒しきる事は出来ず封印して弱らせるのがやっとで。
現代社会においては見ないまま生涯を終える事すら多い、そんな存在。
あの乙女ゲームだと闘技場の下に眠っており、この世界でも眠っていたのでメアリーさん達が対策を施した、伝説の存在。
それが俺達の前に、居る。
『GRRRR――AGYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
咆哮。魔力を込めた攻撃でも無い、ただの叫び。
目が覚めた自身の身体を確かめるように、ただ大声を出したそのドラゴンの咆哮は、それだけで俺達を怯ませるのには充分であった。
――まさかあれ、闘技場の下に眠っていたとかいうドラゴンか!?
闘技場の地面から這い出るように出てきたドラゴンは、何処となく見え覚えがあった。なにせ当時抱いていた乙女ゲームというジャンルへのイメージを、さらに変えたスチルに出て来ていたのだから、嫌でも覚えているというものだ。
――くそっ、スチルとは明らかに違う迫力がありやがる……!
ゲーム用にデフォルメされていたデザインがハッキリしているとでもいうのか、嫌でも伝わって来る細かなパーツ一つ一つが迫力があり、見ているだけでも今まで戦ってきた存在とは別次元など思わせる。
あの乙女ゲームにおいてのトゥルーエンドに続くルートで出て来て、主人公達が力を合わせて倒す強大な存在。ここに眠るのは地属性のドラゴンだったか。確かにいかにもな存在だ。もっと眠っておけという話だ、地面を揺らされて起きてしまったのかよコンチクショウめ。
――どうする。
距離はまだ離れている。相手は闘技場の中にいるが、俺達は闘技場の外の上空だ。今からロボに言って全速力で離れて貰えば、気付かれる前に逃げる事が出来るだろう。
だが逃げてどうする。
あんな存在が今目覚めた以上、放っておけばこの箱舟を沈めかねない。
だが戦ってどうする。
あんな存在に、魔法も身体強化魔法がせいぜいの俺になにが出来る。
ロボは戦えるかもしれない。通じるかどうかはともかく、古代技術の力でかく乱は出来るだろう。
ブラウンも戦えるかもしれない。普段は寝ている事が多いこの子は、戦闘能力に関してはシキでもトップクラスの力量を持つ子だ。斬撃とビームはドラゴンにも通じるかもしれない。
戦えるかもしれない。勝つかもしれない。
しかしその博打に出るには分が悪すぎる。
――考えろ。
相手の力量は強大という以外は分からないような存在。
王族が揃いぶみであるし、殿下達や、メアリーさんやアッシュ達に援軍を頼んだ方がより戦えるかもしれない。しかし他の場所の状況が分からない以上は、援軍は期待できるのかという話でもある。
――見ろ、考えろ、見極めろ、判断しろ、どうする、どうする、どうする。
今までにないほど思考が高速回転する。時間としては恐らく、あのドラゴンが出て来てから数秒も経っていない――いや、まだ咆哮が俺に届いて、距離としてはドラゴンから俺よりもちょっと離れている抱えているヴァイオレットさんにも届いていないような刹那の時間だ。
これが一種の走馬灯のようなものだろうか。つまり俺は死ぬ危険を、あのドラゴンから感じている訳だ。はは、確かに今まで会って来た中でも一番怖い存在かもしれないからな、あのドラゴン。純粋な力による恐怖は、アレが最上位で今後超える事はないだろう。むしろ超えないで欲しい。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
なら俺はその怖い存在から逃げるのも一種の手と思った次の瞬間、気が緩んだのか加速していた時間がいつも通りに流れて咆哮の圧を更に浴びる。
凄い圧だ。耳を塞ぎたいが、生憎と俺の両手はヴァイオレットさんとエメラルドで埋まっているので塞げない。しかしせめて抱えている二人を咆哮の圧から少しでも逃れさせようと、二人の頭を俺の身体に寄せて身体で守ろうかと思い、
「クロ殿!」
俺の両耳を細くて柔らかな手が、覆った。
ヴァイオレットさんは自身の耳を覆うのではなく、俺の耳を守るために動いた。恐怖で自分のすぐにでも塞ぎたいだろうに、迷わず両腕が塞がっている俺の耳を。
「―――、――、――」
塞がれた耳と、咆哮が合わさって聞こえなかったが、ヴァイオレットさんは「大丈、夫、だ」と言った気がした。そんな短い言葉でも区切らないといけない程に苦しんでいる中で、俺の心配をしていた。
その表情は笑顔ではあるが恐怖があり。必死に耐えようとしている。
――見ろ。
俺の中でなにかが切り替わる。
先程までとは違う感覚を持っていると、自分の中で理解出来る。
思考は攻撃的なまでに回っているのに、それを上手く俯瞰しながら処理で来ているという自覚がある。
――俺達の存在に気付いているな。
そして処理して見た結果、あのドラゴンは目覚めたばかりで大声をあげながら、俺達の存在を知覚している事が分かった。
外部からの影響で目覚めたばかりでも通常の目覚めよりも動けるという事が分かった。
攻撃を俺達に仕掛けようとしているのが分かった。
――この出会いは、悪意を持った戦闘の始まりだと、見えた。
「見ているのか」
俺の呟きは、近くに居たヴァイオレットさんやエメラルドには聞こえなかった。だが、二人に言った訳ではないのでそれで良い。
俺が言った相手は、これを仕掛けて、これを見ているだろう相手にだ。
「お前の好き勝手にはさせない――覚悟しろ」
そして、ドラゴンとの戦いが始まる。
「……怖っ。なんでわかるんだよ。しかも笑っているし、やっぱりこの男は――」




