指示とこれから
「アイボリー。いくら事前準備万端で混乱が少ないとはいえ、怪我が皆無とは思えない。忙しくなるとは思うが、不眠不休も覚悟してくれ」
「怪我のためなら不眠不休は些事だが、怪我の度合いで言えばあの箱舟に行った方が良いのではないか、クロ、ヴァイオレット?」
「場合によってはお願いするかもしれないが、今はシキの皆を頼む」
「了解した。俺の興奮があのくだらん箱舟の中に無い事を祈ろう――よし怪我の気配だ俺は行って来るぞヒャッホウ悪い怪我は何処だぁ!!」
「……なまはげみたいになってるな」
「なまはげ?」
「カーキー。お前は不安になってる男女を励ましてやってくれ。お前の明るさは良い励ましになる」
「了解したぜ。言っておくが、流石の俺も避難中に抱いたりはしないから、安心すると良いんだぜハッハー!」
「そこは心配してないから良い」
「そうだな。そもそも不同意に抱かないからな心配ない」
「お、おう。そうなんだぜ? 個人的には箱舟に行って不安がっている子達を抱きたい所だが……」
『……殴られる事で不安を和らげる役割になると思うぞ?』
「お前達は俺をどう思っているんだぜハッハー!」
「グリーンさん、えっと……」
「構わないよ、クロ君、ヴァイオレット君。だからそう不安そうな表情しないでくれ。私は薬で皆を癒すよ。だからそっちも頑張ってくれ」
「……お願いします」
「元気が無いね。それじゃ不安になってしまうよ」
「――頑張ります!」
「よろしい」
「クロ坊、ヴァイオレット嬢ちゃん、領主として、親として大変だとは思うが、頑張んな」
『…………』
「なんだその表情」
「いや、ブライさんなら少年のためにもっと慌ててるかと」
「ああ、グレイのために箱舟に自力で飛んでいきそうで」
「お前達は俺をなんだと思ってる。……気を取り戻すほどの、少年の意地を見たと言うだけだ。大人の俺が取り乱してもいられないさ」
「……そうですか。お願いしますね」
「おう。……それにまだ空を飛ぶのは出来んしな」
「まだ」
「ああ。空を飛ぶという少年の夢を叶える武器……開発せずしてなにが武器職人か!」
「武器職人をなんだと思ってるんです」
「ブライだと開発しそうなのが怖いな……」
「時にオーキッド、あの上下左右が曖昧な次元の狭間? で空を飛んで箱舟の次元から出る事って出来るのか?」
「ククク……可能かもしれないが、行った所ある場所にマーキングをし、その場所以外の狭間から出ると何処に出るか分からない感じだよ。あのよく分からない船の上だと、下手したら船と一体化するしね」
「船と一体化?」
「いわゆる壁の中にいる、みたいな感じか……」
「分かるんだな、クロ殿。とにかく無理という話か……すまない、無理な話を聞いたな」
「ニャー。……こちらこそすまない。私の暗殺術秘奥、武空術、にゃんにゃんパンダ拳術があれば、全員で飛べるんだが、私は逃げ出した身だからな……」
「名前の割に凄い技ですね」
「それを元居た場所で技として使えるようになっているとは恐ろしいな」
「いや、私は使っている奴を見た事は無いぞにゃ。免許皆伝してるはずの師範も色々言って使ってない」
「それ色々大丈夫?」
「愛!」
「殺!」
「ああ、はい。皆を護衛をするんですね。ありがとうございます。ベージュさん、ベージュさん」
「殺、殺、愛!」
「愛、殺、愛!」
「はい、頑張ってください。……なにを言ってたんだろう」
「多分伝わってはいたから大丈夫だと思うぞ」
◆
という訳で、色々指示(?)を出し終わった所で。
「箱舟、行きましょうか」
「行くか」
箱舟に行く事にした。
俺がなにが出来るのかとか、トウメイさんというクリア神が行くのを止めていたとか関係無い。
グレイとアプリコット。クリームヒルト達がピンチなんだ。行かずしてどうするというんだ。
領主としての仕事はこなした、後の事は任せた。なら後は父として、母としてやりたい事をやるとしよう。
「クリア神様の意に反するクロとイオちゃんは止めるべきなんだろうけど……」
「止めるんなら無理にでも通させて貰うぞ、シアン」
「神父様も止めると言うなら通るぞ」
「……はぁ、私を敬虔な信徒でいさせてほしいものだけど」
「こうなったら止めない方が俺達らしいな」
「ですね」
屋敷にて、箱舟に行くための準備をしていると、俺達の行動を予想していたシアン達が来た。止める気……は一応あったようだが、止まる気が無いのは予想していたようであり、呆れたように溜息を吐いた。
「で、そっちのローちゃんは予想していたけど、まさかエメちゃんやブラ君も居るとはね」
「ある意味想像通りではあるけどな」
屋敷で準備をしているのは俺とヴァイオレットさんだけではない。
箱舟に行く手段としてのロボだけでなく、エメラルドとブラウンも居る。後者二人が此処に居るのは、予想の内にはあったようだが少々意外だった様である。特にエメラルドは予想外であったようだが……
「スカーレットが居るとあってはな。恩をうっておくのも悪くはない」
そのように言うエメラルドは、なにやら殺意の高そうな草と、貴重な薬草の確認をしながら準備を進めている。口では憎まれ口を言うが、なんというか……ツンデレ風味を感じる。エメラルドもなんだかんだスカーレット殿下を、父であるグリーンさんを説得してまで直接向かおうとするくらいには好いているようである。
「…………」
「ブラウン。あまり無理はしないようにな」
「分かっているよ、スノーホワイトお兄ちゃん。……絶対に、助ける」
眠らずに、何処かクレールさんのような剣鬼の雰囲気を漂わせるブラウン。今は無邪気な年齢御通りの表情は無く、外見相応の雰囲気を出してしまっていた。……あの表情を、元に戻さないとな。
「……デハ行キマショウ。皆サン」
「頼めるか、ロボ。そっちの準備は大丈夫か?」
「エエ、皆サンヲ乗セル準備モ整ッテイマス。……ルーシュクン、マッテイテクダサイ」
そして、箱舟に行くための移動をしてくれ、ルーシュ殿下の救出にやる気を見せているロボ。
なんだかよく分からない機能を使い、なんだかよく分からない翼っぽい物を広げて、なんだかよく分からないいつもと違う飛び方をする準備万端なロボ。
……うん、よく分からないけど多分大丈夫だ。皆で行けるぜ!
「クロ・ハートフィールド。頑張れよ。お前達のはまだ登り始めたばかりだからな。このはてしなく遠い反逆への道をな!」
「お前は帰ったんじゃねぇのか。そしてその言い方やめい」
そしてこの男は何故此処にまだ居るんだ帰れや。
……いや、何処に帰るかは分からないけど。
「クロ殿、行くぞ。……私達の戦いはこれからだ……!」
「え、あ、そ、そうですね!」
偶然の一致だろうが、その言い方だと怖いよヴァイオレットさん。




