まずは
「シキの皆が逞しいのは喜ばしい事だ。ともかく私はアイツ……ルミノスを止めて来る」
シキの領民達の行動力に最初は戸惑っていたトウメイさんだが、気を取り直すと、大事な場面で自分達で考えて行動でき、そして出過ぎた行動もせず大事な所では指示を受ける。ということを素直に評価した。評価しつつ、その表情は「この子達のためにも戦わなくては」という、今まで見てきたトウメイさんとは違う地平に立つような、覚悟を決めた表情でもあった。
「トウメイさん」
「言っておくけど、空を飛ぶ私と一緒に行くとかは出来ないからね」
俺が名を呼ぶと、トウメイさんは最後まで聞かずに地上に居るようにと忠告する。俺が足手まとい、というのもあるかもしれないが、その言葉には「俺も守るべき対象だから」という、見下しではない慈愛にも似た言葉が混じっていた。
「そもそも私の浮く方法は、【解】によるものだから、私一人でしか浮けないから……申し訳ない」
「……そうですか」
「うん、だから――」
「クリア神様!」
俺がどういうべきか悩んでいると、今度はトウメイさんの言葉が最後まで言われる事なく遮られた。
「……愛しい我が信徒たち」
遮り、駆け寄って来たのはシキの教会関係者。スノーホワイトに、シアン。そしてヴァイス君にマゼンタさん。
その様子と呼び方を見て、そう言えば彼らは彼女に対する態度が俺達とは違ったな、と思い出す。トウメイさんが自らバラしたのか、信じるが故に気付いたのかは分からない。分かるのは、彼らが今まで祈る時くらいにしか見た事の無い表情で、トウメイさんを見ているという事だけだ。
「貴方達はシキの彼らを守ってあげて。それと、間違っても教会を守るために残る、とかはしないように」
『……はい!』
「良い返事だ」
トウメイさんの命令というよりはお願いのような声色での言葉に、マゼンタさんを除く三名は今まで見た事ないほど真摯な表情で返事をした。状況などは聞かず、ただその言葉を言われる事こそが喜びだと言うようであった。
「それで、お前はどうするんだ、クロ・ハートフィールド。ヴァイオレット・ハートフィールド」
トウメイさんが軽くシアン達に説明や指示をしている間、カーマインは俺達に質問をする。その様子は、ただ俺の行動次第で自分はこれからどうするかを決めるために観察しているかのようだ。以前や先程少し見せたような、俺の感情を楽しんでいる様子はない。
「シキには空を飛ぶ手段を持つ者が何名かいる。彼らを利用して、あの女の後に続くのか?」
カーマインはシアン達が聞いたら睨まれそうな言葉でトウメイさんを呼ぶ。
――空を飛ぶ手段、か。
この世界では空を飛ぶ手段は限られている。確か空気中に漂う自然界の魔力が飛行を邪魔し、気球のようなゆっくり飛ぶものでなければ空を飛ぶのは難しいとか。弓矢とか小さなものなら大丈夫だそうだが、そこの細かい事は分からない。
けどシキにはそういう事を「細かい事なんて知らねぇ!」とばかりに空を飛ぶ人が居る。
例えば今なにやらトウメイさんに話しているマゼンタさん。彼女は顕現させる槍が空中に浮き、それを足場や射出する際に掴まって飛ぶ事が出来る。ただあそこまで高い所となると少々難しいか時間がかかるかもしれない。
他にはロボはよく分からない理屈で空を飛ぶ。本人に聞いても「なんとなくで飛んでイマス」と答える。ロボであれば何度か捕まって空を飛んだことが有るし、あの程度の距離なら素早く飛べるし、アレが迎撃システムとかあっても対応できそうではある。
あと他にも飛べる人は居るが、安定してあそこまで俺と一緒に飛んでくれる人、と言われればその二人があげられるだろうか。ロボの方だと俺とヴァイオレットさんを安定していけるだろうか。だが……
「まずはシキの皆に指示を出す。どうするかはそれからだ」
「……そうだな」
グレイもアプリコットも心配でたまらない。今すぐにでもあの箱舟に行き、無事を確認したい。捕らわれているのなら助けたい。
けど、まずは領主としての責任を果たす。指示を出し、領民達が安全を確認してからで無いと、俺達はいくべきではない。
「父や母よりも、領主を選ぶのか?」
「父で母であるために、領主としての仕事をするんだよ」
「……そうか」
心情的には行きたくて仕様がない。今すぐロボを探して俺とヴァイオレットさんを箱舟に連れて行って貰いたい。
だが、俺達を信じて指示を待つ領民達を無視していくという事も心情的には出来ない。……グレイ達の所に行くにしても、まずは領主としての仕事をこなしてから、だ。
「ならば好きにすると良い。僕は伝える事は伝えたからな」
カーマインはそう言うと、何処かへ行こうとする。何処に行くのかや、何故この男はセルフ=ルミノスについて知っていたのか。そもそも何故このタイミングでシキに来たのか。カーマインに聞くべき事は色々とある。トウメイさんも去ろうとするカーマインに気付き、なにか言おうとする。
「カーマイン」
しかしその前に俺はカーマインを呼び止める。
「なんだ、クロ・ハートフィールド」
無視されてそのまま去られるかも、と思ったが、カーマインは止まってこちらを振り返り、変わらず観察をするように俺を見る。
その視線は今までとは違う感情が見えた気がしたが、それがなんなのか分かるほど俺はコイツについて知らないので、どういった感情かは分からない。
だがカーマインがどんな感情だろうと、俺は言わなくてはいけない事がある。
「ありがとう」
俺が言った言葉に、カーマインは少し目を丸くした気がした。
「お前は俺の事を嫌いだと思っていたが」
「嫌いだよ。大嫌いだ」
いろんな要素が重なり大丈夫なだけであって、この男はヴァイオレットさんを殺そうとした。その事はどんな事が有ろうと許される事でも無いし、許すつもりもない。
今も嫌いで顔も見たくない感情は確かにある。
「だが、お前が居なければ箱舟について情報も無いまま、今も混乱していたし、グレイ達がどうなっているかと今より気が気でなかっただろう。……お陰で俺は領主として、父として動ける。だからありがとう」
しかし今カーマインがした事は、俺にとってありがたい事であった。だから、感謝する。そこを間違えてはいけない。
「お前は相変わらずだな」
「お前は俺の――」
「お前にクロ殿のなにが分かる」
「あれ?」
カーマインの俺の言葉が、ある意味では想像通りだと言わんばかりの言葉について俺が言う前にヴァイオレットさんに遮られた。あれー?
「そうだな、クロ・ハートフィールドの右の腕の脇近くにホクロがある事とかだろうか」
「おい」
「私だけしか知らないであろう事を……!」
「え、本当にあるんです?」
「だが忘れるな。お前より私の方がクロ殿を知っていると」
「ふっ、その言葉がいつまで続くかを楽しみにしているよ、ヴァイオレット・ハートフィールド」
『…………っ!!』
なんでこの二人は俺についてバチバチやってるの。
まさか俺が「俺のために争わないで!」状態になるとは思ってもみなかったよ。というかバチバチせずともヴァイオレットさんに軍配は上がるから心配しないで良いんだよ……!
「……とりあえず。シキの皆に指示を出しましょう?」
「そうだな、行くぞクロ殿!」
「お、応っ!」
ヴァイオレットさんの気迫に押される俺。
その気迫がグレイ達が心配ゆえの強がりなのか、別のなにかなのかは聞く事は出来なかった。
「…………」
「どうされました、クリア神様?」
「……いや、なんでもない。……なんでもないんだ」
「?」




