統率力
「……は?」
見ている物が信じられず、俺は間の抜けた声を出してしまう。
この世界に来てから魔法とかモンスターとかロボとかシキとか、突拍子もない事は慣れてきたつもりだが、世界という現実は常に俺の想像の上を行くらしい。それ自体を楽しむ人もいるそうだが、俺としてはもう少し嬉しい形で想像の上を言って欲しいと、今見た光景を見て思っていた。
「王城と学園。水平方向は敷地にある闘技場なども含めているし、垂直方向は建物だけでなく地下空間も含めた高さを誇っている。浮遊高さは現在五百メートルといった所か。魔法が切れて単純落下しただけでも、誘爆含めシキだけでは収まらない被害があるだろうな」
俺達が唖然とする中、カーマインはアレを事前に見た事があり、驚くという感情は既に過去のものだと言わんばかりに説明をする。
飛んでいる魔法は遺物と言える代物であり、それを利用した者が居るから。
誘爆、というのは飛行に使用する魔力の暴発の事。イメージとしては魔力がガソリンのようなエネルギーのようなもので、墜落などして目的以外の方法で暴走すればガソリンに引火するように魔力が爆発する。あんな巨大質量を動かす魔力が爆発するとか想像もしたくない事である。
中にはカーマインを除く殿下達も居て、軍や騎士、学園生も多く居て一部は洗脳されている可能性があるとの事。
「……それは、グレイやアプリコットも……」
「洗脳されているかまでは把握してないがな。少なくとも【ノアの箱舟】の中にはいるだろう」
「っ、……!」
……【ノアの箱舟】とやらが飛翔を始めてどれだけ時間が経ったのか、正確な時間は不明。首都からシキへ来たと考えると少なくとも数時間は経っているだろうし、中でなにが起きているかは分からない。その間に、グレイやアプリコットがどうなっているかは……いや、大丈夫だと信じよう。信じて、助けに行く。それ以外は考えるな。
また、突然現れた様に見えたのは認識阻害の魔法を使っていたから。それが解かれたから急に現れたように見えた。
そしてあの箱舟の目的地は――
「シキだ」
……この、シキという土地。
現在高速認識阻害飛行が解かれたため、その反動なのか今はゆっくりと動いているそうだが、あの箱舟はこのシキという地を目的地としている。その目的は……
「先に言っておくが、私が設定した訳ではない。僕はあんな物を動かした事には無関係だ」
「……クロ殿を苦しませるためにあのような物をシキに連れて来た訳ではない、と?」
「その通りだよヴァイオレット・ハートフィールド。そもそも俺はあんな物を動かせるほど才覚に優れてはいないし、やろうと思っても出来もしない」
カーマインは大抵の事は出来る男だ。出来ない事も、「全て出来ると面倒な事になる」、という理由でしていないのではないか、と思うような何処まで出来るかがハッキリしない男であり、そう思わせるには充分な才覚を有している。
そのカーマインが出来ないとハッキリ言った。嘘偽りとは思えない、吐き捨てるように言うカーマインは、そのやった相手に対して呆れたような表情をしているように思えた。
「だが苦しませる、という点に関してはある意味では合っているかもしれないぞ、ヴァイオレット・ハートフィールド。ただ、対象は違うだろうがな」
「どういう意味だ、カーマイン」
敬語も殿下呼びも外れた口調でヴァイオレットさんは問う。問われた当人であるカーマインは、先程まで箱舟の方を見ていたが、ゆっくりとトウメイさんの方を見て言葉を続けた。
「あの箱舟を動かしているのは、セルフ=ルミノス。……そこのクリア神が戦い続けた、人類史最強の男だよ」
「――――」
その言葉を聞いたクリア神……いや、トウメイさんは、身に纏っていた唯一の衣服と言えるマントすらも弾き飛ばす勢いで、彼女が纏っているあらゆるものを拒絶して反発させる【解】を強めた。恐らく戦闘態勢になり、無意識の内に強めてしまったのだろう。
……セルフ=ルミノス。それは彼女が最も憎み、ある意味では神と崇め奉られる要因となってしまった根源。この世界の聖書で悪として扱われる、最強最悪の男の名。
その名前を聞いたトウメイさんは、今まで見た事の無い表情で敵意を向けていた。……その姿は、彼女の格好とか気にするとかが馬鹿だと思うほどの、絵画を彷彿とさせる美しいと評せる姿であった。
「カーマイン」
「なにかな、クリア神」
「あの男は、アレの中に居るんだな」
「ええ、恐らくは。飽きてほっぽりだすか、既に中の者に討伐でもされていない限りはね」
「そう。……クロ君、ヴァイオレット君」
急に名前を呼ばれた事に対し、少し驚きつつも俺達は返事をする。敵意に満ちながらも何処か気高さを感じるその様子に、俺達は言われる前に了承してしまいそうになる。
「私はアレへ向かう。その間、君達はシキの皆の避難誘導をお願い。混乱が起きるだろうから、領主としてしっかりと領民を守ってあげて」
空を飛ぶ事が出来るトウメイさんはあの浮遊している箱舟にも侵入は出来る。だからこそ戦っている間に後顧の憂いを少しでも無くすために、俺達が地上で出来る最善の事をやって欲しいと言っている。
「大丈夫、グレイ君達も助けるから」
そして俺達の心配事も解決するから、お互いはお互いの仕事をして欲しい。俺達の不安は私がどうにかする、と、根拠はなくとも不思議と彼女なら出来ると思わせる言葉を告げる。
「……申し訳ありません、トウメイさん。それは無理な話です」
……その言葉を信じて俺は俺の仕事をすべきだ。分かっている。最強最悪相手に、ちょっと運動能力が高い程度の俺なんて役に立つどころか足手まといだろう。だったら俺は彼女の言う通り、混乱するシキの領民の避難を領主として行う。それが最善だ。最善だが……
「グレイ君達が心配なのは分かる。けど、君ではアイツの相手は……」
「いえ、そうではなく。……その、混乱しているシキの皆というのが、居ないので」
「はい?」
……問題は、少しだけ違う所にある。
「おう、なんてこった。流石にアレはどうにもならないな!」
「よし、皆。一旦避難するぞ! 必要な物を持って安全圏へゴーだ!」
「老人や子供優先だ! 戦える者は彼らを囲む様にして動け!」
「はは、シキだからいつかこうなるとは思ったが、まさか空からの危機とはな!」
「ヒトじゃなくて物とはな! 予想外だが、やる事は変わんねぇ!」
「皆、無事で帰るためにも、まずは避難準備だ!」
「そして領主様の指示通りに動くぞ!」
『おー!』
……うん、凄いなアイツら。急な出来事にも関わらず、「いつかこうなると思っていたぜ!」とばかりに手際が良い。
混乱している者も居るが、周囲が励ましてどうにかしているのが現状である。多分後は俺がこれからどうするかの指示を出せば後は勝手にやってくれるだろう。
「……うん、領主として誇らしいですね、ヴァイオレットさん」
「……ああ、領主として誇らしい事だな、クロ殿」
「君達、遠い目してない? 大丈夫?」
大丈夫、大丈夫。思ったよりも統率がとれているし、シキの皆がシキを愛している事や、俺達を信用してくれている事を知れて嬉しいくらいである。うん。
「……ねぇ、カーマイン」
「なんだクリア神」
「君、よくこのシキを混乱に陥れる事が出来たね」
「クロ・ハートフィールドへの愛の前に、その程度の困難が問題か?」
「うん、聞いた私が馬鹿だった」
「まぁ外で全裸だからな」
「そういう事じゃない」




