空気の流れ
「なんだろう」
アゼリア学園では一学期(という名前かは微妙だが)の終業式パーティーが行なわれている日であり、俺とヴァイオレットさん、神父様とシアンの合同結婚式が間近となった、夏にしては涼しいある日の午後の事。結婚式に向けての段取りを教会で確認していて、少し時間が空いて外でのんびりしていると、なんだか妙な感覚がした。
普段とは違う風の様子か、動植物の様子が変に感じたのか。どちらも普段は変化に気付けるほど鋭くもないのだが、それが妙だと感じるほどには俺の中で疑問符が浮かんでいた。
「どうした、クロ殿?」
俺の様子をおかしく思ったのか、同じく時間が空いたので教会から出て来たヴァイオレットさんが不思議そうに俺を見て来る。普段であればその覗き込んでくる様子に「可愛い!」と叫びだしたくなる衝動に駆られるのだが、今はそれよりも自分の疑問符の原因がなにかを知るために、雲の流れとかを見てなにかを知ろうとしていたので、彼女の方をうかずに返答をする。
「なんと言いますか、いつもと違う感覚がありまして」
「それは……シキの領民達がなにかを仕出かす、というような予感か?」
「そんな予感が有ったら常に発動し続けそうなので、捨てたい所ですが……ううん、なんだろう。胸騒ぎがするんです」
「胸騒ぎ……」
俺の様子に普段のシキ関連でないと判断したのか、ヴァイオレットさんは俺の隣に立ち、同じように空を眺める。しばらくすると目を瞑ってなにか別の物を感じようとし、静かに深呼吸をして、なにが変なのかを確認している。……いかん、その様子が可愛くて見てしまっている。ヴァイオレットさんは真剣に同じように悩もうとしてくれているのに、俺がそんな邪まな考えを持ってどうするああくそぅ可愛いな。俺は彼女のウェディングドレスを見て耐えられるのだろうかこんちくしょうめ。
「……確かに、なんだろう。不思議な感覚があるな。流れが……変なような気がする」
と、イカン。俺の妻が最高ヤッターというのは後でじっくり噛み締めるとしよう。今は俺と同じような違和感をヴァイオレットさんも感じた事だ。ただ俺と同じでおかしいとは思っても、なにがおかしいかまでは分からない、というのが問題か。
「シアンとか……マゼンタさん呼びます?」
鋭い人、で最初に思い浮かぶのはシアンであり、次にマゼンタさんだ。丁度教会でに居る事だし、二人にも聞いてこの様子のおかしさの原因を探った方が良いだろうか。
問題は今二人は結婚式のことについて色々と盛り上がっている所であり、その盛り上がりを中断させてまでこの共有できるかどうかも分からない疑問について尋ねるべきか、という所だが……
「いや、彼女達を呼ぶのは会話が終わってからでいいだろう。私達でなにが原因かを探るとしよう」
「ですね」
ヴァイオレットさんも同意見なのか、ひとまず俺達でなにが原因かを探る事にした。とはいっても、あくまで休憩時間であってそんなに離れられる訳ではないので、近くでなにかを探るか、通りかかった誰かに変わった事は無いかと尋ねるくらいだが……
「変わった事? ベージュ夫妻が珍しく引き分けにならずにベージュさんが勝って、ベージュさんに対してベージュさんが愛を囁いて再戦してた事くらいかな?」
「ハッハー、変わった事? 世界中の女の子は常に変わって昨日とは違うから、俺にとっては毎日が変わって新鮮だという事くらいだと思う位だぜ!」
「ククク……変わった事? そうだな、次元の狭間にて巣食うゾーンイーターがいつもよりはしゃいで空間を食べていた事くらいかな……?」
「ニャー。……変わった事? そうね、さっきブライの奴がイマジナリーショタで武器を作っていた事くらいかしら。……いつもの事のようだけど、割と変でしょう?」
うん、聞く相手というか聞く場所というか、なんか色々間違っている気がする。
……次の相手で最後にしよう。次に来る人は……う、あの人か。
「トウメイさーん。ちょっと良いですかー?」
俺が見つけたのは、裸にマントを羽織って空中に浮いているトウメイさん。多少は慣れてきたが、やはりどうしてもドキリとしてしまう。いくらヴァイオレットさん一筋とはいえ、流石にこれはどうしようもないと思いたいし、慣れるのも嫌な感じはする。
ともかく、彼女ならなにか分かるかもしれない。そう思いつつ、なにやら空中でゆっくりと動きながらなにかを考え込んでいるトウメイさんに声をかけてみた。
「……ん、ああ。君達か。どうかしたのかな?」
「はい、実はお聞きしたい事が……と言いたい所ですが、なにかお悩みですか?」
「うーん、これは私も理由が分かる訳じゃないからね。気にしなくて良いよ。それで、聞きたい事ってなに?」
もしかしたらトウメイさんも同じような事を気にしているのかもしれない。彼女の反応からそうかもしれないと思った俺は、俺達が感じた感覚について説明をしてみた。
「そうなんだよね。私も妙な感覚があるんだけど、なにが妙なのかという原因も分からないんだ。まるで霧がかかった道を目的も無しに歩いているみたいだ」
俺達の疑問に同意を示したトウメイさんは、何処かいつもより凛々しく見える表情で答える。その様子は何処となく普段とは違う、高貴な雰囲気を纏っている。
しかしその高貴さは、ヴァイオレットさんのような貴族としての高貴とは別の物のように思える。俺が今まで感じた事の無い、どこか別種の……?
「まぁ、私の方もこの違和感は気にかけておくよ。君達もなにかに気付いたら、私に言ってくれると嬉しい」
と、先程まで感じていた高貴さは薄れ、いつものトウメイさんの雰囲気に戻る。
意外な一面を見る事が出来たな、と思いつつ、俺達は了解の返事をしようとする。が、その直前に。
「……なんだ、神の癖に違和感程度しか持てないのだな」
その、出来れば二度と聞きたくない男の声が、聞こえて来た。
おまけ クロの誕生日
「確かクロ殿の誕生日は、前世だとなにか記念日……だったか?」
「クリスマスですね。説明は難しいんですが、この世界だとクリア神様の誕生日を祝う生誕祭……みたいな感じですかね」
「ほう、その日と同じとはクロ殿も縁起が良かったんだな」
「まぁ本当のその御方の誕生日は一月ほど前らしいですが、何故かその日に祝うんです」
「……どういう意味だ?」
「……どういう意味なんでしょうね」
「コホン、それでその日にはサンタクロースなる存在がプレゼントをくれるらしいな」
「はい(貰った事無いけど)」
「そのサンタクロースとはどういう感じの……見た目や特徴なんだ?」
「えっと、パターンはいくつかありますが……赤い服。初老の男性。豊かな白いひげを生やし」
「ほう」
「空を飛んで一日で世界中の子供達にプレゼントを配り、煙突から侵入し寝ている内にプレゼントを置いて去る……」
「ほう?」
「子供は誰も見る事は出来ず……悪い子は白い袋に入れて攫い、強制労働をさせると言う……」
「待つんだクロ殿。それは怪談の話ではないのか?」
「子供に大人気の優しいおじさんです。ちなみに俺が居た国では煙突がある家はほとんど無いのですが……まぁ何処からか入ってプレゼントを置きますよ」
「ほ、本当なんだろうな!?」
「本当ですよ」
「……日本は変わっているな」
「まぁ日本の行事じゃないですけどね、本来。そのクリア神様っぽい存在を崇める宗教を国教として信仰している訳でも無いですし」
「……どういう事だ?」
「……どういう事なんでしょうね?」




