おやすみなさい(:銀)
View.シルバ
――よし、落ち着いた。
恐怖であった“彼女”は、スカーレットさんとの会話のお陰で操られたフォーン先輩として見る事が出来るように回復した。先程までは何処となく性的なもの……スカーレットさんにすら恐怖しそうではあったけれど、スカーレットさんの立ち居振る舞いと会話のお陰で心を落ち着かせる事が出来た。
何処まで狙ったかは分からないが、スカーレットさんには感謝しないと。
「……ふぅ、少々心を乱しましたが、シルバ君も回復したようですし、再開しますか」
「あれ、わざわざ待ってくれたなんてお優しい事で」
「弱っている状態を堕としても意味がないですから。強くて頑張って男の子してる彼を堕とさないと、ね」
「うんうん、初めては女の子でも相手の無知のお陰で誤魔化しがきく男の子が良いという事でしょ」
「……違います」
……というか、僕が今まで彼女が居た事ない前提で進めているよね、この二人。いや、間違いでは無いんだけど……けど、なんだか複雑な感じがする。
い、いや、ともかく僕はもう気持ちを落ち着かせた。先程はフォーン先輩が怖かったけれども、もう僕は耐えきる事が出来る。切り替えの魔力も整ったし、今、再び彼女を戻すために戦いを再開する。
「……そこまで言うなら良いでしょう。私も容赦はしません」
「あれ、怒っちゃった。大丈夫、心配しなくても――」
「ローズ、ルーシュ。やってしまってください」
「――っ!?」
そして突如後ろから殺気と、誰かが攻撃を仕掛けて来る魔力、そして猛スピードで接近してくる威圧を感じた。
力と圧、そしてフォーン先輩の言葉からなにが来るかを予想し、僕たちはそれぞれ廊下の反対側への端へと飛びのき、次の瞬間に先程のスカーレットさんの一条の光のような魔法と、特徴的な十字架のような剣が、僕達のいた所に降り注ぐ。
「ローズ姉様、ルーシュ兄様!?」
そこに居たのは、頭上に奇妙な輪を浮かべたローズさんとルーシュさん。我が王国の双子の殿下である。
ローズさんは執務をこなすような、質実剛健を表して良そうな簡素だが質の良い布地と分かる服装を身に纏い、距離を取って魔法を。
ルーシュさんは何処となく外交をこなすための服装に、不釣り合いなほどの大きな十字架の双剣を身に着けてこちらに攻撃を仕掛けていた。
「本当は一人で楽しみたかったんですけどね。しかし分かって貰えそうにないので、早めに終わらせましょう」
「……はは、ローズ姉様、ルーシュ兄様。冗談……だよね?」
「…………」
「…………」
スカーレットさんの言葉に、二人共言葉ではなく再び攻撃態勢になる事で答えとした。
――くそっ、なにがなんだっていうんだよ!
今日はもうなんだって言うんだよ。
メアリーさんはなんか告白しようとしているし。
フォーン先輩は翼は生えて尻尾も生えて様子は変だし。
ローズさんも頭に変な輪っかが浮かんで様子が変だし。
ルーシュさんも同じような輪っかが浮かんで攻撃して変だし。
学園は空を飛ぶし。
メアリーさんはなんか告白しようとしているし。
もう訳の分からないことだらけだ。なにが、どうなっていると言うんだ。
――ええい、もう……!
僕の頭はあまりよくはない。
勉強は多少は出来ても、恋愛の駆け引きとか、貴族の色々な辛さとか、学園での平民の立ち回りとか分からな過ぎて呆れられもしたし、騙されもした。決めつけは酷いし、誰かになにかを言われると「そうなんだ!?」とまず信じてしまうような馬鹿正直なところも多くある。
この状況も分からないことだらけだし、なにが正解なんて分からない。
だからとりあえずもう目の前の敵は全員ぶっ倒してやる!
「ええい、やってやる!」
ルーシュさんの十字双剣の最大の特徴は、剣自体が楯にもなる攻防一体の武器であるという事。その双剣を使う戦闘においては、殿下の中でも最強の力を有するような男性だ。
ローズさんは派手な事はしない。ただ基礎をひたすら鍛え、出来る事を丁寧に丁寧に繰り返して行って、どんな時でも変わらず実行できるような再現力と堅実性に優れた女性だ。
だからまずは、回復と補助役のローズさんから攻撃をする。その後は二人でルーシュさんを潰し、そしてフォーン先輩を――
「はい、遅いですよ?」
そして僕は気付くのに遅れた。
今までは僕が切り替えて対処できる魔力に満ちあふれて居たから問題無かっただけで、今の僕は切り替える前の状態で、なによりもフォーン先輩から意識を逸らしてルーシュさんの方へと注意を向けてしまっていて、魔眼をレジストをするためのタイミングが……遅れ……て…………。
「さぁ、快楽の夢を見ましょう? 貴方の辛い事も全部忘れて、ただ気持ちの良い夢を見ていましょう」
気持ちの……良い……夢を……
「スカーレットも、さぁ。貴女の好きな相手と、過去を捨ててずっと気持ちの良い事をしていましょう?」
「私は……わたし、は……」
「大丈夫。貴女達は背負う物が多すぎだ。多すぎれば多すぎるほど――快楽からは、逃げられないから」
……そうか。忘れて良いのか。
この辛さも、過去も、叶わないと諦めた夢も忘れて。
ただ欲望の赴くままに。
夢を見ていれば、気持ち良く――
「おやすみなさい、可愛い子」
――そうして、僕の意識は夢の中へと沈んだ。
誰かが呼んでいるような気がしたが、遠くの声すぎて聞き取る事は出来なかった。
眠って深い闇に沈む前に、僕は一つの光景を見た。
何処か現代とは違うような……いや、世界が違うような光景。
一人の女性が、赤ん坊を産んだ直後の光景。
その産まれたばかりの子供は泣いていて――
「あはははは!」
いや、笑っていた。
僕はこの笑い声を知っている気がする。
僕とも仲良くしてくれた、あの笑い声によく似ている。
そんな子供が、泣かずに笑っている。笑っている。……笑っている。
「気持ち悪い」
赤ん坊を産んだ女性は自分の子を見て小さめの嫌悪と、無関心そうな表情で吐き捨てた。
そこに我が子に対する愛情は感じられず、まるで利用出来る物を見る様な目だ。
けれどそれに対しても赤ん坊は笑い、その目は――まるでこの闇の中のように、グルグルと深くまで渦巻いていた。




