危機感(:銀)
View.シルバ
「ごめん、スカーレットさん!」
「え――ぅわっ!?」
今のフォーン先輩はヤバい。そう判断した次の瞬間、僕は【切り替え】をしてスカーレットさんと一緒に距離を取る。不敬だとか許可なく女性の身体を、とか言っていられない。この行為がどれだけ不敬であろうと、僕の行動は間違いではなかったと言える。それほどまでに今のフォーン先輩の様子はおかしかった。
「ごめん、急に。舌とか噛んでない、スカーレットさん?」
「え、う、うん。大丈夫だけど……え、今のやったのシルバ君? そんなに動けたっけ、君」
「まぁ色々と掴んでしまってね。長くは続かないけど、この程度は」
僕がやったのは、簡単に言えば僕の特殊な魔力を使った身体能力の向上だ。以前ショクでクチナシさんとついでにアッシュと戦った時にも行ったものである。結果的にはあの時アッシュが精霊を身に宿して同じように身体能力を向上させたため独り勝ちしたが、あの後僕はこの身に宿す方法を模索した。
難しそうな上危険なのであまり上手くはいっていなかったのだが……結果的にはメアリーさんのおかげで短時間なら使えるようになった。なんでもこれは乙女ゲームとやらに出て来る僕が、バッドエンドで暴走する際に使う力だとかなんとか。本来は抑え込む物らしいのだが、一度感覚を掴み、徐々にならしていけばなるかもという事だったので、再びあの時のような身体能力を有するために使えるようにしている最中である。
「へぇ、そのバチバチしてる髪と暗黒に光る目、格好良いね!」
「えっと……うん、ありがとう」
……ただ、このモードになると髪の毛は変な感じになるし、目の周りは黒い靄で光っているとかよく分からない状態になる。この状態は嫌いじゃないのだが、人目がある所では現状では出来るだけ使いたくない。なんかいかにも「覚醒!」って感じなのに、まだ扱えていないのが中途半端で格好悪いし。メアリーさんとアプリコット、クリームヒルトとかは「良いなー!」とか言っていたけど……ともかく、もうちょっと抑えめの切り替えをしたいものである。
「あレ? なんで夢ヲ見ないんです? あレレ?」
と、それよりも今はフォーン先輩の件だ。
僕が嫌な予感がしたのは、目を隠している彼女が目を見せていたのと、存在感があった事だ。
逆に言えばそれだけであったのだが、喋り出したフォーン先輩はもう明らかにおかしい。操り人形で無理矢理喋らされているような、奇妙な喋り方をしている。
「夢? なんだっけ、目を見ると夢を見せられて……眠ってしまうんだっけ?」
「……正確には夢を見せられて、エ――アダルティックな事をさせられて、精力を奪われるんだって」
「奪われるのって女の私にもそれって効く?」
「効くらしいよ」
「うわぁ、それは困った」
スカーレットさんも様子がおかしい事に気付き、僕の腕から離れた後、フォーン先輩の目を見ないようにしつつ警戒態勢になる。その在り方は、歴戦の猛者を思わせる力強さを覚える。
確かスカーレットさんは、現殿下兄弟の中では一番運動能力が高いんだったっけか。ならなにをするにしても、あまりフォローはいらないだろう。
「で、どうするシルバ君。一旦引いて援軍を呼ぶ?」
「逃がしてくれるか、逃げないでくれるならいいんだけどね」
「そりゃそうだ」
先程のフォーン先輩は間違いなく目の力を利用しようとした。無事だったのは僕が彼女の魔眼に匹敵する魔力を切り替えの際に使用した魔力でどうにか防ぎきれただけだ。つまり彼女があの調子でこの場から逃げたりして、誰かに危害を加えようものなら大惨事になるだろう。
「で、どう思う? あの目の力を利用して傾国の美女にでもなろうとしている……って言うなら良いんだけど」
「それは出来れば素で傾国出来そうなメアリーさんだけが良いなぁ。まぁ……操られている、という感じかな」
「理由は?」
「勘」
「充分」
なにせフォーン先輩は持ち前の影の薄さと目の力を同時利用すれば、気が付いた頃には国が滅んでいた、という事態になってもおかしくない力を有している。
そんな彼女が生徒会長の仕事を真っ当に出来ていたのは、ひとえにあの性格のお陰だ。信用も信頼も出来るあの人があのようになるなど、操られている以外には考えにくい。……というのを、後から理由付けをした。
「とりあえず?」
「殴っておけば治るかな?」
「賛成っ!」
あと、スカーレットさんとは多分気が合うような気がする。僕なんかより遥かに教養があって住む世界が違うヒトだけど、こうやってとりあえず深く考えずに行動する、という点に関しては気が合うと思う。
「シィー、戦うのは良いですガ、少し静かにして下サイ。始まりまスヨ?」
そして気が合って行動しようとした時、フォーン先輩は鼻の前に人差し指を置き、静かになにかを聞くような仕草を取った後――
「えっ――えっ!?」
学園が揺れ、空が動いた。
◆
そしてセルフ=ルミノスという悪趣味な名を名乗る男の声が聞こえ、学園と王城が空を飛んでいる事と、学園内に操られているヒトが居るのだと知った。
どちらも信じられないが、信じるしかない。少なくとも後者は僕たちの目の前に居るのだから。ただ……
――輪っか? はないな……
男の声を真に受けるならば、操られている相手の頭には輪っかがあるそうだ。しかしフォーン先輩の頭にはそのようなものはない。だが操られているのは明白だ。
「フォーンちゃん、話を聞く事は出来るかな? 出来れば貴女を操っているセルフ=ルミノスって野郎の事を聞きたいんだけど」
」ははハ。操られているなんてなにを根拠ニ?「
「そのよく分からない喋り方、かな」
「」私の目を見れば分かるかもでスヨ?「」
「…………」
くそっ、セルフ=ルミノスめ。フォーン先輩をこんな風にしやがって。もしメアリーさんをこんな風にしていたら絶対に許さないぞ。お前の目に唐辛子を練り込んでやる。
「見てくれないんですね……残念です。どうしても見て欲しんですが……」
あれ、なんだか喋り方が普通に戻った気がする……?
よく分からないが、チャンスかもしれない。今の内に攻撃を仕掛けて――
「では、見て貰えるように誘惑をするとしましょう」
仕掛けて――ん?
「……フォーンちゃん、その背中の奴、なに?」
「翼です。悪魔っぽいでしょう? 少しは飛べるんですよ」
「……フォーン先輩、そのお尻の上にあるやつ、なに?」
「尻尾です」
「フォーンちゃん、胸、大きくなった?」
「元よりこんな感じです。少し強調させただけです」
「そうなんだー。……フォーン先輩、それで、なにをしようというのです?」
「誘・惑!」
――あ、これヤバい。




