一番≠最善(:灰)
View.グレイ
私はクロ様のような身体能力も管理能力も無い。
私はヴァイオレット様のような高貴さと万能さは無い。
私はカナリア様のような明晰さと調和を有してはいない。
私はスノーホワイト神父様のような真っ直ぐさと鋼の意志を持ってはいない。
私はシアン様のような観察眼とコミュニケーション能力を持ってはいない。
私には足りてないことだらけだ。けど確実に持っている物もあるので、今足りない事を悪いとは思わない。今から出来る事を増やしていけば良い。
けれどこのままだと、出来る事も出来なくなる。
「グレイ!」
私の胸に命中した物。それは確か父上が仰っていた銃、という物のはずだ。昨年の学園祭にてメアリー様が作られたものであり、父上が言うには「弱い人にとっての恐怖であり、戦える手段」。ただ父上達が居た国では免許が無ければ違法であり、基本的には恐怖の面と、非日常の創作で使われるエンターテインメント性が強いとの事だが。
「大丈夫、撃ちはしたけどしにはしないよ」
そして私を撃った男性の銃は、なんというかエンターテインメント性が強い銃のように見えた。
銃という物を見た事が無い私であるが、実用性よりはデザイン性を重要視しているような、あるいは魔法を放って攻撃するような、紋様や十字架が銃の側面に刻まれているのだから。
「貴様、グレイを! 【 】――」
「騒がないで。こうしないと彼は戻れなかったんだから、仕様が無いだろう?」
私に銃を向けた男性。先程聞こえて来た、機長と名乗ったセルフ=ルミノスと同じ声のヒトは、私に向けた銃をアプリコット様達に向ける事で牽制をした。
アプリコット様達もルミノスの持つ銃がどういう武器かは分かってはいない。ただ分かるのは、指先一つで私の胸に血を出し口から逆流した血が流れる程度には威力がある、音速並、あるいはそれ以上の速度の攻撃を放てるという事実のみ。
「むしろ感謝して欲しいくらいだよ。こうして助けてあげたんだからね」
ただ、それだけならばアプリコット様達も問題はない。避けるにしろ受けるにしろ、彼女達には対応策がある。ただ撃たれて動けずにいる私が、ルミノスに首を掴まれている状況が、彼女達の動きを止めていた。
「まったく、当てられたとはいえ、そう簡単に成るものじゃないのに。随分と妙で面白い形をしているんだか。ある意味では彼女に――」
ルミノスは力が入らず、ただ掴まれるがままの私を観察するように見ながらなにかここには無い物を見ながら評する。
「――いや、それはそれで面白いが、確定するのは良くない事だね」
そしてにこやかにな笑顔になると、私の首を掴んだ手をルミノスの頭くらいの高さにやり、まるで楯にするかのようにしながら言葉を続けた。
「このまま去るけど、追わないでくれるかな。彼はその人質だ」
「……巫山戯るな。そのような言葉は信じられんし、彼に危害を加えるようならば僕は貴様を許さない。どんな事が有ろうと、絶対にこ――」
「殺す、なんて強い言葉は使わない方が良いよ。気軽に使うと安っぽくなるし、一度使うと次に言うのに気軽になるからね。でも安心すると良い。こっちはこのまま去るし、なんだったら……そう、そこに居る彼女に預けて、僕が安全圏に出たら彼女達の洗脳も解いちゃおう。それでどうだい?」
ルミノスが言うと、ヴェール様は苦々しげな表情になりながらも、ルミノスの前に立つ。恐らく交渉した後は私をヴェール様に預け、約束が果たされ次第全員が解放される。そしてアプリコット様達が約束を果たさなければヴェール様に私を殺させるつもりなのだろう。
当然ルミノスの言葉に信憑性は無い。逃げた後に私を殺すかもしれないし、なんだったら取引に応じて油断した瞬間にこの状態でアプリコット様達も洗脳してしまう可能性だって充分にある。はいそうですかと素直に従うなど出来ない。
そう考えると一番の解決策は今この状態で私がルミノスの手から逃れるべきなのだろうが……思考も会話もままならない。それほどまでに、私の胸は痛い。痛くて、痛くてどうにかなってしまいそうだ。だからなにも出来ない。
「……分かった。従おう。だから放してやってくれ」
「アプリコット、それは……」
「貴方の母君にも手を汚させたくない。……これが、一番だ」
なにも出来ないからこそ、アプリコット様に最善ではない方法を取らせてしまった。
ああ、私はまた……
「うん、実に良い選択だ。大丈夫、僕は約束は守る方だよ。だから――」
私はまた、迷惑を。
「敗者復活、頑張ってね?」
◆
「……よし、とりあえず銃弾? の摘出は済んだし、治療も行った。グレイ君の一命は取り留めたよ」
「すまぬ、ヴェール大魔導士。お陰で助かった」
「操られていてなにも出来ない所かマイナスだったんだ。この位は出来ないとね。時にフューシャ殿下。そちらはどうでしょう」
「スカイ達は……なにも起きていない……輪が無くなって……眠っているみたい……」
「そうですか、ありがとうございます。シャトルーズ、そちらは?」
「敵の姿は無し。安全です」
「了解。……本当に去ったか。なにがしたいんだ、彼は」
「それも計画とやらに関わるのでは?」
「計画との関わりが見えないとしか言いようがないんだよ。……グレイ君の様子と言い、本当に……」
「ゲームのよう、か。そうであるとしたら、絶対に我は奴を……」
「アプリコット君……」
「…………。時に母上、見事な摘出でした。医療魔法の腕前は知っていましたが、そちらも素晴らしかったのですね」
「まぁあんまり見せなかったからね。クレールのいざという時のために学んでおいたんだよ」
「父上の? どういう意味です?」
「そりゃあ、素晴しい肉体に傷が残っては困るからね。肉体のためにも、肉体を治す術は学ばないと」
「む?」
「母上?」
「そう、肉体……ふふ、グレイ君の肉体は好みの範疇とは違ったが、偶にはこういった肉体も良いものだ……!」
「おい」
「は、母上!? まさかまだ操られているのですか!? むしろそうだと言って下さい母上!」
「あ、時にシャトルーズ、武器が必要だろう?」
「そこで話を変えないでください!?」
「そう言われても、話を変えないと“僕のものだ!”と言わんばかりのアプリコット君の視線が怖くてね。はは」
「はは、ではありませんよ……! というよりも、武器……?」
「そうだ。……メアリー君とクリームヒルト君曰く、シャトルーズの最高の力を引き出せる、武器だ」




