大事の前のイチャつき_4
子供達のアレはどうにかすべき事なのか、むしろあの様子だからこそシキでのびのびやっていけているのかと思いつつ、俺は歩いて行く。
「クロ殿」
そして屋敷まで歩いて数分という所で、声をかけられた。
色んな呼び名で呼ばれる俺ではあるが、この呼び方をするのはただ一人しか居ない。愛しのヴァイオレットさんである。
「お疲れ様です、ヴァイオレットさん。そちらも仕事が終わったので?」
「ああ、丁度な。クロ殿も……終わったのだろうか?」
「終わりましたけど、何故不思議そうなんです?」
俺の方は確認の意味を込めた問いであったが、今のヴァイオレットさんは言葉通りの疑問の言葉であった。最初は俺と同じように確認の言葉をかけようとしたが、振り返った俺の様子を見て疑念が浮かび上がった、という様子である。
「クロ殿が手遊びしながら歩くというのは珍しいからな。なにか問題があって、どうしようかと悩んでいるように見えたんだ」
「あー、なるほど」
先程の子供達に気を取られてしまっていたが、まだ手には先程の音が鳴る魔道具がある。手遊びで転がすような道具でもないのに、見た事の無い物をペン回しのペンのように回していれば、なにか疑問を浮かべるのもご尤もである。それと子供達について悩んでいたのも、表情を見て不思議がるのもおかしくはない反応である。
「特に問題がある訳では無いですよ。この魔道具をシュバルツさんから買ったはいいんですが、今更になってどうしようかと思っている感じです」
「クロ殿が布と糸、そして甘い物以外で衝動買いするとは珍しいな」
「……そんなに俺、それらを衝動買いするイメージあります?」
「ある」
「……すみません」
即答されるほどか。……まぁ確かにシュバルツさんには珍しい布と糸の仕入れを頼んでいるし、チョコとかあったら食い気味で買ったりはするので、否定は出来ない。今後は無駄遣いとかしないように控えるとしよう。
「責めている訳ではない。そうせざるを得ない程、好きな物があるというのは私としても喜ばしいからな」
「あれ、夫の浪費癖を治して欲しい……とかでは?」
「浪費癖と言うほどでも無いし、良い布と糸を見たクロ殿の表情は好きだからな。むしろその表情を見たいから、今後買う量を増やしても良いぞ?」
「……それを言われると、買い辛くなりません?」
なんか子供っぽいと言われているようで少し恥ずかしい。
「もしそうなったら、今後は買いたくても我慢したり、はしゃぐのを我慢するクロ殿を楽しむから問題無い」
「うぐ」
くそ、この人は無敵か。
「私としてはどちらでも構わないが、せっかくなら今後は楽しまれていると分かった上で、良い物を手にして喜ぶという方が、クロ殿も好きな物を手に出来て良いと思うがな」
「一種の羞恥プレイかなにかですかね、それ」
「ふふ、クロ殿がどうするかは任せるとするよ。妻として夫を縛り付けたくはないのでな」
「……はい、自由にします」
縛り付けなくとも、貴女からは逃れられないですよ。
そんな想いを言おうとしたが、今はグッと飲み込んだ。
今の状態でなにか言い返しても、少しは照れさせることは出来ても、さらなる返しをされて負けそうだからである。それほど今のヴァイオレットさんは強いし、俺は弱くなっている。……ただ、その弱さが嫌ではないのだが。
「ヴァイオレットさんも欲しい物があれば自由に買って頂いても良いですからね」
「私はお陰様で自由に買えているよ。本とか香水、化粧品とかな。クロ殿は気付いてくれるから変え甲斐がある」
「まぁその方面は一応本職でしたからね」
「だとしても、気付けるのは簡単な事ではない。そんな気付いてくれるクロ殿で私は嬉しく思うぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」
「お陰で油断できないがな。怠けるとすぐ気づかれるから、常に気を張らないといけなくなる……困ったものだ」
「おっと、褒め殺ししておいて急に落としますか」
「ふふ、冗談だ」
「分かってますよ。ヴァイオレットさんは起きたてとかはよく油断していますからね。その御姿も可愛くて好きですよ」
「…………お返しのつもりか、クロ殿?」
「さて、どうでしょう」
よし、ちょっとだけ返せたぞ。弱くなり負けそうでも、ちょっとくらいは勝負に仕掛けないとな。……後はこのままイチャつきが出来たらいいのだが、無理そうかな。
「話を戻そう。その道具……魔道具はどういったものなんだ?」
あ、そうだった。そういった話だった。
そしてこの道具については……うん、下手に誤魔化さない方が良いか。
「一定間隔で音が出る魔道具です」
「モンスター寄せにでも使うのだろうか?」
「……使えるんですかね?」
「そのように言うという事は、別の目的で買ったのか。なにが目的だったんだ?」
「えっと、ヴァイオレットさんとイチャつきたかった……?」
「何故疑問形だ? ……というより、その道具でどうイチャつくんだ?」
「どうするんですかね……?」
……うん、どうしろというのだろう。そして我ながら素直に言い過ぎた。ヴァイオレットさんも困っているではないか。
まったく、こんな道具でイチャつきなど有り得ない――
「ねぇ、お母さん。領主様達がまたイチャついているよー?」
「ええ、素晴しいわね我が愛し子。これからのイチャつきに目を奪われる事で、既にイチャつきは終わっている事に気付かないという高度なイチャつき……ふぅ、今日の栄養補給も済んだわ、帰りましょう。今日はハンバーグよ」
「わーい、お母さんのイチャつき波動を込めたハンバーグ、楽しみー!」
………………。
…………。
……うん。
「とりあえず、帰りますか」
「そうしよう」




