大事の前のイチャつき_2
いけない、今日一日屋敷を出てからずっと考えていた事がつい言葉に出てしまった。
これもヴァイオレットさんが魅力的過ぎて内心に留めておくという事が出来なかった故だろう。さすがはヴァイオレットさん、俺の想像でも想像を超えて来る。
「すまん、感情が昂って心の声が漏れてしまったな。領主としてシアンに用事があるんだ。神父様もいると良いんだが……」
「神父様はさっき冒険者同士の喧嘩を仲裁した後説教をしているから、もうしばらく帰らないと思うよ。待つ?」
「いや、シアンに話しておくよ。悪いが他の皆にはシアンから伝えてくれ」
「オッケー」
「美は此処に居て良いのかな?」
「大丈夫ですよ。出来ればシュバルツさんの知見も聞きたいですし」
「ん? そうかい、なら聞こうかな」
神父様が怪我をしていないかとかも気にはなるが、シアンがこうして教会の礼拝堂にてシュバルツさんとのんびり話している以上は大丈夫なのだと思い、用事を済ませる事にする。
シアンも「他の皆に伝えて」の部分から教会に関する事だと判断し、先程まで「またかー」みたいなだらけた格好であったが、身を正して聞く態勢になる。
シュバルツさんは去ろうとしたが、一応聞いておいて欲しいので留まって貰う。
「一応聞くけど、クロ君達のイチャつきに協力して欲しい、という内容を改めて言う訳じゃないよね。ヴァイスに変な事をさせるなら……させるなら……陰から見守るよ」
「最後まで毅然と振舞いましょうよシュバルツさん。というか、内容に関しては……まぁ最終的にはイチャつきに帰結はしますが、直接的にはシキの安全に関してです」
「クロもシューちゃんも真面目なのにふざけているように見えるよね」
『シアン(君)には言われたくない』
「何故」
何故もなにもそのままの意味である。
と、それはともかく、俺は先程レインボーさんから貰った紙を懐から取り出し、広げて二人に中身が見えるように差し出した。
「えっと……注意モンスター? 似顔絵は無しで、特徴は……なにこれ。大雑把過ぎない?」
「それに討伐依頼でも手配書などでもなく、注意モンスターとは随分と妙な言い回しだね」
「やはりそうだよな」
書いてあるのは、【注意モンスター:パステル】。
手配書であれば見た目の似顔絵が書いてある場所には“?”が大きく書かれており、特徴は「ヒト型:180cm程度:男性体:頭上に輪っか」のみ。輪っかがどのような輪っかかも書かれていない。
しかも討伐依頼ではなく、あくまで注意をする事。悪霊の可能性もあるため、教会関係者にも注意をさせる事。そのくせ討伐報酬が設定されている。
「こういうの見た事ありますか、シュバルツさん?」
「いや、期待に添えず申し訳ないが、無いね」
「まぁ、ですよね……」
最近はヴァイス君関連でシキに来る事が多いとはいえ、色々と各地に飛び回っているシュバルツさんなら似たような物を見た事があるかも、と思ったが、残念ながら無いようだ。
「ともかく、こんなモンスター……存在? が、王国内で見られるらしいから、注意してくれってさ」
「どう注意しろって感じじゃない、それ」
「怪談や都市伝説の類みたいだね」
それは俺も思いはするが、悪霊とか実際に居るこの世界でその表現はちょっと引っかかったりもする。伝説とか普通にありそうだもんな。
「ま、ともかく了解。気を付けて――そうだ、クロ」
「どした?」
「これ、使えるんじゃない?」
シアンはそう言いながら、俺から受け取った注意モンスターの紙を軽くたたく。
使えるというが、なにに使えるというのか。あくまでもこの謎の存在に関しては王国全土に伝わっている注意文であって、シキに居るという訳でもない。だから謎の存在を利用しようにも、使いようがない――はっ、まさか!?
「肝試しか! それでイチャつけと!!」
「そう、こういった怪談のような怖い雰囲気で二人きりでいる事が出来れば、それはいつもと違った緊張を二人で味わえる――つまり、イチャつきが加速する!」
「な、なるほど!」
「……何故分かるんだろうね、クロ君は」
「だが湖畔の時を考えると、あまりやりすぎというか、本当に出て来ても困らないか?」
「そこはほら、クロの屋敷とか充分広いじゃない。そこを明かりもつけずに二人で歩き回るとか。そして事前に怖い話をして、暗闇に対する恐怖を煽っておけば良いって寸法!」
「なるほど……い、いや、駄目だ、ヴァイオレットさんが怖がる姿は見てみたいが、俺は彼女を怖がらせたくない! シアンだってそうだろう!?」
「くっ、気持ちは分かるけど……!」
「(今まで散々イタズラとかして困らせているくせに、今更なにを言っているんだろうね、この二人は)」
「だけど、そこは心を鬼にして汚れるんだよ、クロ!」
「汚れる!?」
「そう、綺麗事だけでは済まないのが恋愛。そして恐れを先行するあまり、今までの安寧に甘えていては刺激が無くなり愛は枯れ果てるのが世の理!」
くっ、それは分かってしまう。なにせそれがあったからこそ俺は今回イチャつきたいと言い出したのだ。シアンの言う事も一理ある。あるけど……俺に出来るのか。ヴァイオレットさんを怖がらせる事をあえてするなど、そんな打算にまみれた事を出来るというのか!?
「俺もシアンも、意識的な嘘演技になると棒読みになるのに!」
「私を巻き込むなと言いたいけど、否定が出来ない!」
「――けど、シアン!」
「――ええ、クロ!」
『それでもなお、見てみたいという気持ちが大きく存在している……!』
「君達、楽しそうだねー」
新たなイチャつきの光に対し、俺とシアンは同時に項垂れた。新たな道筋は、俺達にとって茨の道だからである。というかシアンもやりたいんだな。
だがどうする。茨だからと言って諦めきれるのか。いや、出来ない。
ここはやはり、心を鬼にしてヴァイオレットさんを怖がらせる準備を……!
「あー……それなら良い感じの道具を仕入れたんだけど、良ければ見てみるかい、二人とも――」
『買う!』
「早い早い。せめて見てから言いなさい」




