大事の前のイチャつき_1
――イチャつきたい。
シキの領主にして、両親から独立して子爵となったクロ・ハートフィールドこと俺はふとそう思った。
イチャつく対象は当然ではあるがヴァイオレットさん。四歳年下の俺にはもったいないほど素晴らしい妻だ。もったいないからと言って手放すつもりは一切ないが。奪おうとするやつとか全力でぶっ飛ばす。
と、まぁそんな素晴らしい事に定評のあるヴァイオレットさんだが、最近イチャつきが足りない気がする。愛は満ちに満ちているはずなのに、それを表現して受け取るという事が足りない気がするんだ。
「ムラサキ義姉さん、こちら貴女の故郷でよく食べられるイカの塩辛とかその他です。偶然行商人が仕入れていたのがあったので、差し上げます」
「なんと……! ありがとうございます、いくらでしたでしょうか。お支払いいたします」
「ああ、お金よりその……良ければ調味料をいただけませんか? 前回の鍋パーティーでやったやつの……」
「それで良ければ構いませんが、よろしいのですか?」
「そちらの方が個人的に嬉しいのです。……ヴァイオレットさんやバーントさん達にはちょっと不評なんですがね」
「……分かります。これらも含めて濃いですからね、全体的に」
「……ええ」
しかし何故そのような事を思ったのだろうか。
アンバーさんの看病で、代わりに普段任せていた家事を自分たちでやったから?
シアンが神父様の格好良さと言われた言葉にはしゃいでいるのを見たから?
なんかここ数週間他の人の恋模様を見せられて来た気がするから?
……いや、最後のはなんか違うな、忘れよう。
ともかく今の俺はイチャつきたいという欲望に溢れている。
「おうい、エメラルド。伝えたい事があるんだが」
「なんだ。新しい毒か? それとも毒か」
「せめてどちらかを薬にしろい。今度俺達の結婚式があるだろう?」
「知ってる。なにせそれに出席するのに親父が今後のために着飾る様に言われる位だからな。それがどうした」
「ローズ殿下からの手紙が来て、スカーレット殿下も来るそうだ。しかも数日前に」
「は?」
「……頑張れよ、エメラルド」
「待て、その頑張れはどういう意味で言っているんだ領主。おい待て去ろうとするなー!!」
しかしこの欲に溢れた所で、すぐに満たせば良いという物でもない事が悩ましい所だ。なにせ仕事もなにもかも放っておいてイチャつけば、それは堕落以外の何物でもない。最初は良くても、ヴァイオレットさんに怒られてしまう。
……それはそれで良いかもと思ってしまうが、繰り返し行えばあまり良くない状況になるのは分かりきっている。だからやる事をやった上で、存分にイチャつきたいと思う。
「カナリアー。シロガネさんとの遊びはどんなもんだー?」
「相変わらず楽しんでいるよー。ただ、私に付き合って貰ってばかりだから、大丈夫かなと心配だね。シロガネ君は“それが楽しいんですよ”とは言ってくれるけど……」
「それで良いんじゃないか。引っ張ってくれた方が楽しいという人は結構いるんだからな。それでも気になるなら、カナリアがやりたい事をいくつか選んで、その中から決めて貰うとかすれば良い」
「なるほど……つまりキノコorキノコ?」
「デッドorダイみたいに言うな」
「それ、自分の死か相手の死か、っていう意味だからちょっと違くない?」
「え。あ、ああ、そうだな。というか分かっているなら言うなよ」
しかしただのイチャつきで良いのだろうか。偶には今までした事の無いイチャつきを試してみるのも良いのではないかと思う。
例えば結婚式前の今でしか出来ない事とか。普段してない事をするとか……だが変に奇をてらい過ぎても良くない事になりそうでもあるので、気をつけなければ。そこは剣術とかと一緒だ。基本が基本であるが所以は、それが万人にとって大切であり、疎かにすれば全てが駄目になるからだ。基本を大事にした上で、いつもと違う事をする。これがイチャつきにおいても大事なのである。
「ブライさーん。すみませんが今度の――うおっ、大丈夫ですかブライさん!? な、なにがあったんです!?」
「少年が……少年が足りない……!」
「あ、大丈夫そうですね」
「クロ坊……足りないんだ……妄想では足りないんだ……妄想ではもう無理なんだ……クロ坊……俺はどうすれば良い……クロ坊……ク・ロボー……ふ、お前はロボ嬢ちゃんの親戚だったか……」
「色々大丈夫ですか? えーっと……こちらブライさんが最近不調な事を聞いた、グレイからの励ましの手紙ですが」
「よっしゃあ、やるぞぅ!!」
「早ぇよ」
そうだ。剣術はイチャつきに通ずるものという、他の物事が別の物事に通ずるという事で思い出したが、少し我慢をしてみるというのはどうだろう。
例えば空腹時の食事はより美味しく感じられるように。疲れている時のベッドが普段よりも恋しく思えたり。なにかに飢えた状態が満たされた時は、通常よりも満足度が上がるのは明白だ。それをイチャつきにも当てはめてみるのはどうだろう。
「よう、ブラウンにヴァイス君。今日は男の子同士で遊んで――どうした?」
「えっと、ヴァイスお兄ちゃんと話し合っていたの。――姉さん女房を持つ時の注意点と心構えをね」
「そんな話してないよ!?」
「そうか。俺は年上側だから参考にはならないかもしれないが……」
「あの、クロさん。普通に受け入れてアドバイスをしようとしないでくれません?」
「じゃあ要らないのかな?」
「……要ります」
「要るよー」
「はは、よし。ではまず――」
……いや、駄目だ。そんなの我慢できない。
そもそも数日家を空けたり、領主の仕事で忙殺されることだってあるのに、その状況でない今の状況で我慢するとか有りえない! ただでさえ今でも衝動に駆られているのに、此処から数日とか我慢出来てたまるか!
「そうは思わないか、シアン、シュバルツさん!」
「とりあえず言える事は……クロ、よくその状態で今日普通に過ごせてたね」
「今のこの言葉が普通かどうかは分からないけどね。……いや、ある意味これが彼の普通なのかもね」




