恋人紹介_6(:黒)
View.ネロ
「ひとまず今回の事は――」
今回の件は、出来ればティー殿下、あるいはヴァーミリオン殿下の方から言って欲しい。理由は今回の事を要約すると、「フューシャ殿下のコミュニケーション能力向上のために、遠慮なく触れたり触ったりして良いんだぜ!」……という事だ。俺から言うのは憚られる。
かといって今日一日話しかけるのを躊躇うような、引っ込み思案気味なフューシャ殿下が俺に頼み込むというのは難しいだろう。ならば兄の紹介としてなんらかの形でお膳立てして欲しい。そう言おうとした所で。
「今回の件、俺達が関わる事をフューシャに知られたくない」
そんな、よく分からない先手を打たれた。……なして?
「……そうですね。本来こういった事は外野が騒ぐのは良くない事ですよね、ヴァーミリオン兄様」
「……ああ。フューシャが心配で余計なお世話をしてしまったという自覚が今になって湧いて来た」
「フューシャがすべき事を、私達がやってしまったという感すらありますからね……」
「そうだな……最悪嫌悪される可能性すら大いにあるな」
なしてそんな「これは良くない……」みたいな表情になってるのこの御二方は。確かにコミュニケーション能力を向上させるために外部の者を勝手に巻き込む、というのは良くない事かもだが、そんな複雑な思いをするほどなのだろうか。……本物の兄弟がいないと分からない類の話なのかもしれないな。
「よく分かりませんが……気にされなくて大丈夫だと思いますよ。フューシャ殿下も心配しての行動だと分かりますでしょうし」
「だが、俺であればされたら距離を取る事もある」
「……そうであれば、今回の事は無かった事にします。話も私の方から言いますので」
「そうして貰えると助かる。……応援しているからな」
「応援していますネロさん!」
「は、はぁ、ありがとうございます?」
何故そんなにも目を輝かせるんだ。ヴァーミリオン殿下が目を輝かせるとか、乙女ゲームとか夢世界の事を考えても、イメージと違い過ぎ困惑するぞ。ティー殿下の方は目を輝かせるのが似合い過ぎて違和感は無いが、期待の眼差しが混じっているので、やはり何故という疑問が浮かび上がる。
「では、いってきます、ヴァーミリオン殿下、ティー殿下」
「ああ、頑張って――と、一つ大事な事を聞き忘れていた」
「なんです?」
椅子から立ち上がり、生徒会室を出てフューシャ殿下を探しに行こうとした所でヴァーミリオン殿下に呼び止めれる。まだなにかあるのか。
「今回の件、俺達は呼び出して脅しのように――いや、脅してネロに話を聞いた」
あ、自覚あったんだ。
「このような事をしておいてなんだが、今回の件は脅しは無しで進めたい事とも思う」
「はぁ、まぁ脅しはあって話をしたかもしれませんが、結果的に言うと自発的に賛同はしましたよ?」
「そう言って貰えると助かるが……ネロ」
「はい」
「俺はこういった事はお互いの気持ちが大切だと思っている。……会って間もないが、ネロはフューシャの事をどう思っている?」
どう思っている。優しい御方とか、俺の持つ王族のイメージとは違う王族だとか、こんな俺に対しても見下さず、むしろ出来る事を尊敬してくれるような人タラシの素養があるなと思うとか、小柄で華奢だけど、何処となく強さを感じるとか。
……ヴァーミリオン殿下の問うている内容は、そういう事とは少し違う気がする。
俺が彼女について思っている事。それは――
◆
「……色々ありまして。先程好きだった女性にフラれたと言ったでしょう? その子と同じくらい、グレイも好きなんですよ」
「グレイ君が……クロさんの所に居た……時からの……知り合いとか……?」
「そんな感じです。……だからこそ、諦めて、告白もしないでおこうと思ったんだよなぁ」
「……やっぱり……ネロ君の好きな相手は……」
「そういう事です。……頑張れよ、グレイ」
「ネロ君も……頑張ってね……?」
「? なにをでしょう。あ、失恋からの立ち直りですか? だったら既に振り切ってますので大丈夫ですよ。でなければこうしてグレイを送り出しませんから!」
「…………」
「……ええと、そんなに分かりやすいですかね、俺」
「うん……なんとなく分かる……」
「そ、そうですか。参りましたね、これは。まぁ頑張って振り切るようにします。弱音なんて吐いてられません」
「そう……なら良いけど……いつでもお話は……聞くからね……」
「はは、その時はよろしくお願いします」
「…………うん。じゃあ今一つだけ……良いかな……?」
「なんでしょう?」
「……焦って背負わなくても良いからね」
◆
……彼女について思っている事は。
「立場とか関係無しに、俺は彼女を支えたいと思うのには充分なほど、敬愛していますよ」
あると思っていた物は偽物で、なにも無いからと焦って背負い過ぎようとしていた事を見抜かれていた。そしてそれを無視は出来ないと思うほど、彼女はお人好しだという事を知った。
……それは彼女が8歳の時、自分の体質に悩みつつも、自分ならなにか出来るかもしれないと思い、モンスターに襲撃された隣町へと駆け付けなければならないという思いに駆られた過去は事実なのだと、納得できる優しさでもあった。
俺はあの時楽になった心の恩返しが出来るのなら、喜んで彼女のために動きたい。これは偽りのない気持ちである。
「……そうか。もしネロが嫌だというのなら今回の件は無かった事にしたが、良かったよ」
「そこは殿下に対するおべっかとか思わないのですね」
「それを言える時点で嘘で無いという事も分かるからな」
つまり俺が嘘を言っていないのも分かっていたという事か。そこはやはり多くの人と接してきたであろう殿下ゆえの経験値的な物だろうか。
「では頑張って来てくれ、ネロ」
「ネロさん、勇気がいるかもですし、フューシャは恥ずかしがるかもしれませんが、そこは――」
「バーガンティー。あまりそこは言うのは良くないぞ」
「あ、そうですね。ええと……頑張ってくださいね、応援しています!」
「は、はぁ。頑張りますね」
頑張るのはどちらかと言うとフューシャ殿下の方ではなかろうか。そんな事を思いつつ、俺は生徒会室を出るのであった。




