恋人紹介_3(:黒)
View.ネロ
「疲れたー……」
そんな事をつい呟くほど精神的に疲れつつ、俺は学園長室から食堂へとゆっくり移動していた。
「あの学園長、本当に108人紹介して来やがった……確かに綺麗な子ばかりだったけど」
あの後ノワールさんは俺の恋人候補を計108人紹介した。なんだ、煩悩か? ワシの紹介は108まであるぞとかそんな感じか?
というか幼女とか老女とか色々居たけど、写真とか絵がついている女性は例外なく綺麗な子ではあった。よく見つけて来たとも思うし、そのほとんどがノワールさんの権力や友好関係で、紹介ないしは婚約者として結びつける事もできるとの事だが……どんだけ交友が広いんだあの人。王国最大の学園長は伊達では無いという事か。
――まぁ、気が引けるから断りはしたが。
誰も彼も俺には勿体無いレベルの女性ばかりだった。なにせ外見はとても綺麗だし、家柄や彼女達自身の能力も話を聞く範囲では申し分ない。もし彼女達と実際に出会い、機会があるなら俺があらゆる手段を使ってでも、恋人になれるようにアピールするべき相手であろう。しかし俺は全員断った。
恋人関係になる相手が、そんな無理矢理のようなもは嫌だ、というのも少しはある。しかし周囲が自由なので忘れがちだが、貴族の結婚なんてそんなものだし、クロのやつだって最初は急な結婚だったが今はあんなだ。最初がどんなものであれ、今後がどうなるかは結局当人次第なので、その当人である自分が恋人を得る機会を得るためなら、利用出来るものは利用するべきだとも思う。けど断った。
「恋人を考える余裕がないですよーっと」
誰に言うのでもなく、空を見ながら俺は呟く。余裕がない理由はいくつかある。
一つ、学園生活が忙しく楽しい。
夢世界との整合性や、俺の知らない貴族の家とかの把握に忙しいし、学園生活はなんだかんだ楽しい。友人も何人かで来た。
一つ、自分に自信がない。
顔は平均よりは良いと思いたいが、かといって自分で美形と言えるほどのものではない。頑張って頑張って、雰囲気だけ良い感じに出来る程度だ。
そして運動は出来ても勉強が出来ない俺が、良い相手を恋人にするのはなんか……ちょっと気が引ける。もっと良い相手が居るのでは? と思ってしまうのである。
――まぁだからと言って俺の恋人が良くない相手で良いという訳ではないが……
……そこはまぁ、おいおい考えよう。俺の好きになる相手は良い相手な事は間違いない、うん。良くない相手なら俺なんかに相応しいから恋人として狙う、とか普通に相手に失礼だし最低だしな。俺の恋人は良い相手だ!
ともかく、余裕がない理由の最後。これが一番重要なのだが……
「フラれたばかりだからなぁ……」
俺の好きだったアプリコットはもう存在せず、よく似た存在は、同じくらい好きな存在に似ているグレイと良い感じになった。
俺がしたアドバイス……というか「言い過ぎたかな……?」と不安になっていた発破に対し、なんかうまい事行き過ぎていた。自分で言うのもなんだが、よく上手くいったものである。
ともかく、情けない話ではあるが周囲には「開き直った!」と言っても、新たな恋を始めるにはまだ整理がついていないのである。
――ノワールさんはそれを見越して勧めているような気もするが。
……なんとなくあの若作りだが結構な年齢のあの人からは、「女で出来た穴は、女でしか埋まらないんだよ……!」みたいな親戚のお世話のような気遣いを感じる。それはありがたい話ではあるのだが……とにかく、俺の認識では数年間かけた恋、それを失った俺はまだそういう事に乗り気になれないのである。それが分かった様なのでノワールさんも今回は諦めたようだが。……今回は。
「しっかし、フューシャ殿下、ね」
ノワールさんが最初に勧めて来たフューシャ殿下。彼女は先程思い浮かべた様に、とても良い女の子だ。今回紹介された中で誰か必ず一人を選ばなくてはいけない、となれば彼女を選べたら選びたいと思うほどには。それほどまでに俺は彼女に良い印象を持っている。
しかし……
――彼女、好きな人いるだろうからなぁ。
相手は分からない。けれどそれが分かっているので、彼女を恋人とかそういう目で見るのは……無理だな。どちらかと言うと、自分の体質だと思っている物に悩んでいるため、肝心な所で引っ込み思案な彼女を応援したいと思うような感じがする。……まぁ、恐れ多い事ではあるが、フューシャ殿下とは友人関係というやつだ、多分。
「……もしかしてこの気持ちがイケないのだろうか」
そういえば俺、前世でも異性に「友人としては良いんだけど、男として見るとなると……うん……男女の友情って成立するよな!」と言われたような気がするし、こういう考えだから恋人が出来なかったりするのだろうか……? いや、あれはクロの前世であって、俺では無いような……でもあの夢世界でも女友達は出来ても、そういう雰囲気には一切ならなかったような……?
……いかん、考えるのはよそう。答えを見つけた所で俺が傷付くだけだ。
「……なにが……いけないの……?」
と、俺が勝手に沈んでいると、声をかけられた。
この静かだが芯の通っている優しい声は――まさかのフューシャ殿下か。噂をすれば影が差す、的な感じだろうか。
「フューシャ殿下……じゃない、フューシャさん。ちょっと自分の心持が良くないかもと思ったので、反省していた所です」
「それは……私とか他人に……相談できる事……?」
「難しいものですね。気付いたら後は自力で解決するしかない、というような感じではあるので」
「そう……もしそれが……相談出来るものになったら……相談しても良いからね……?」
「ありがとうございます」
……しかし、改めて思うけどフューシャ殿下って殿下っぽくないよな。
育ちの良さは見受けられるので間違いなく高貴だとは思うのだが、こう……俺の中にあった【王族】という存在とはかけ離れている感じはする。
俺の中の王族は、俺が話す事すら滅多にないような住む世界の違う存在というイメージだったのだが……ティー殿下もそうなのだが、フューシャ殿下はあくまでも俺達が住む世界の延長線上にいる感じがするような、親しみが持てる存在なのである。そうでなければ俺は彼女との関係性を友人と言ったりはしない。
「ところでフューシャさんは、えっと……」
「生徒会の……お仕事で……学園長室に……」
「なるほど。お手伝いできることは有りますか?」
「大丈夫だよ……報告をしに……資料を持っていくだけだから……」
「そうですか。ではなにか必要な事があれば仰ってください。知っての通り体力だけには自信があるので、重い物とかの運搬に便利ですよー」
「ふふ……ありがとう……じゃあ……またね……」
「はい、また」
こういったやり取り自体も、フューシャ殿下が親しみを持てるからこそ出来るんだろうなと思いつつ、俺はフューシャ殿下と別れようとして――
「ああっと!! 魔法実験室に運ぼうとしていた、色んな薬が入った荷台の台車が壊れて暴走した挙句、段差にぶつかってぶちまけられたー!! 危ないそこのお二人―!!」
「は!?」
「え……!?」
なんか、沢山の薬が降って来た。




