婚前の作戦?_番外(:琥珀_妹)
View.アンバー
熱が出た。
滝行をし、多少は乾かしたとはいえ慣れない薄着の服装でうろついていたから、というのは言い訳にはならない。
ただあるのは体調管理を怠った事により、従者である私が体調を崩したという、従者失格なアンバー・ブルストロードという事実を持つ女だけだ。すぐに体調を治し、従者として働かなくては。グリーンさんの薬を飲み、午後からは復調して働かなくては……!
「いや、そこは素直に休んでおけ。ただでさえお前は働き過ぎなんだからな」
「で、ですが」
「私達の事を思うのならば、少なくとも今日は回復に努めろ。そして回復してから万全の状態でまた私達の力になってくれ。……良いな?」
「……はい」
……しかしそんなヴァイオレット様の言葉の元、素直に休む事にした。ぐむぅ。
確かに鼻も利かないからヴァイオレット様が近くに居ても興奮……もとい、満足できない。これは私にとって生きる意味の半分は失う事に等しいので、下手に拗らせてしまうよりは、万全かつ早めに治した方が主や私のためにもなる。
「なるほど、風邪か。よし、その症状を俺に診せろ。外傷でなくとも内傷に近い風邪を俺に診せるんだ……!」
「……あの、大丈夫なんでしょうか、御主人様」
「……まぁ、大丈夫ですよ。興奮はしても、怪我に対してだけですので気にされなくて大丈夫です」
「目を逸らされないでください、御主人様」
……治そうとする途中、風邪をひく原因である滝行の発端を作ったと後ろめたく思っているクロ様(気にされなくて良いし、気にし過ぎだと本気で思う)が、興奮するお医者様を連れて来られて少し困りはしたが、彼曰く一日安静にすれば快方に向かうそうだ。
ならば少なくとも今日一日は治療に専念するとしよう。そう思い、眠る事にした。
「……寝るベッドを御主人様と御令室様のベッドにしません?」
「わりと元気ですねアンバーさん。しません」
残念である。
◆
「お昼ご飯だぞ、アンバー。食欲は?」
「軽めの物なら……あるいは果物なら……」
「そうか。ではこのシアンがくれたマンゴーでも切ろう」
「シアン様が……?」
「自分が原因を作ったと言い、無理に渡して来た。見舞いは体力を使わせるからと会わずに帰りはしたがな。……回復したら、謝罪よりは感謝を伝えると良い」
「そうします……ああ、美味しい……」
「ふふ、それは良かった」
「御令室様に食べさせてもらっているのに……なんの香りもしない……!」
「な、何故そこでそんな悔しそうな表情を……?」
「アンバーさん、体調は大丈夫ですか? なにか困った事があれば遠慮なく――嗅がせる以外で遠慮なく言って下さい」
「汗で気持ち悪いので……タオルと水があると助かります……」
「分かりました。用意を――」
「そして御主人様が拭いてください。嗅ぐのが駄目なら、染みつかせるという方向性でどうですか?」
「熱が引いていないようですね。……いや、どっちだ……?」
「という訳で拭きに来たぞ、妹よ」
「ちっ」
「ふっ、いくら弱っているとはいえ、お前にだけ良い思いはさせん。大人しく脱げ」
「そういう台詞は、妹でなく恋人にでも言ってよ。……よいしょ、と」
「お前が言える立場か。互いに恋人のいた事が無いというのに。……行き遅れ兄妹、か」
「もう二十六になるもんねぇ、私達。庶民の平均結婚年齢を十近くオーバーしてるよ」
「良い相手は居ないのか? それと腕上げろ」
「良い相手は結婚しているか相手が居るからねぇ、ばんざーい」
「まぁな……あ、そうだ。ネロ様とかどうだ。御主人様にそっくりとかいう」
「興味はあるけど、あってみないと分からないし……十歳年下、または二十六歳年下はちょっと、世間の目が、ね」
「世間の目が無ければ良いみたいに言うんだな」
「私の事より、そっちはどうなの兄さん。良い相手とか居ないの?」
「……シキの女性で、フリーか意中の相手が居ないという条件で最初に思い浮かぶのがトウメイさんの時点で、な」
「良いじゃん裸見放題だよ」
「上半身裸なら今も見てるぞ。それと同じで興奮せん」
「なんか腹立つー」
「興奮されても嫌だろうが」
「まぁね。とはいえ、トウメイさんは駄目なの?」
「なんだろうな……あのヒト、神々しいというか、俺とは違う世界に生きている感があってそういう対象に見られないんだよな……」
「あー……なんとなく分かる。じゃあ他に良いヒトいないの? ここだけの話にしておくし、外見の好みとか居ないの?」
「良いヒトは見つかっていないが……外見的な好みで言うなら、昨日とても好みのヒトは見かけたな」
「え、本当に?」
「ああ。とはいえ、すぐに見失ったけどな」
「どんな感じのヒト?」
「うーん……マゼンタ様やフォーンさんみたいな感じ?」
「……その二人、共通点少なくない?」
「だよなぁ。俺も不思議だと思う。よし、拭き終わったが、他に気になるとかあるか?」
「ん、拭いてくれてありがと。大分スッキリした」
「どういたしまして。後はゆっくり眠っておけ。夕食は粥でも作って来るから。ちなみに……」
「ちなみに?」
「……実はもう今日の仕事はこれで終わっているんだ。これは兄として付きっきりで面倒を見てやれ、という意味だと思うか?」
「それをしても良いし、他の事をしても良いし、自由にしろ、という事でしょ。御主人様達は“兄弟だから心配するのは当然!”とか家族の絆に無条件の幻想を抱くタイプじゃ無いし」
「だろうな。……お前が起き上がれない程体調が優れて無ければ付きっきりで看病をしたが、その必要もなさそうだな」
「体調悪いですー、お兄様、休みを返上して付きっきりで可愛い妹のために看病してくださいー」
「よし、そこまで言うなら付きっきりで看病してやろう。身の回りの世話はお兄ちゃんに任せろ!」
「やめてやめて。私が悪かったから。大人しく寝てますー」
「そうしろ。一応隣には控えておくから、なにかあったら言え。聞こえるから」
「ありがとー、おやすみー」
「はい、おやすみ」
◆
――……あれ?
そして私は深夜に目が覚めた。
夕食を食べ、その後すぐに眠った事は覚えているのだが……
――深夜、か。
どうやら夜に目が覚めてしまったらしい。
ただそれは体調不良による気持ち悪さから起きたのではなく、快復してきたので、いつもの睡眠時間を眠った事による習慣的目覚めに近いものだと、起きたてのぼんやりとした頭で理解した。
――夜だし、もう一回眠るか……
身体は快復には向かっているようだが、万全ではないし、まだ夜だ。
睡魔に捕らわれている内にもう一度眠ってしまおうと思い、そのまま眠ろうとする。
――あれ、誰か……居る?
ふと近くに気配のような物を感じた。音というよりは、快復して来た鼻からなにか感じ取れたのだが……誰かは分からない。まだ本調子ではないようだ。
――まぁ多分バーント兄さんだろうし、眠ろう……
しかし誰が居るかの把握は、襲い来る睡魔により出来なかった。まぁ大丈夫だろう。敵意とか危険な香りはしないし、それよりも眠って万全の状態で起きれるようにしないと……
「おやすみ、アンバー・ブルストロード。登場人物である君が居ないと物語はつまらなくなるのだから、早めに治すんだよ」
そう言って、誰かが去っていったような気がした。
私はこの時の事を、後から思い出す事は無かった。




