婚前の作戦?_5(:紺)
View.シアン
「うーん、スイ君かマーちゃん、クロ辺りが通りかかれば取りに行って貰うんだけどなー」
「後輩の方々はともかく、御主人相手だと大丈夫なのですか? 異性ですよね……?」
「クロはなんというか、異性という事は分かっているんだけど、意識するのはなんか馬鹿らしく思える存在というか……うん、そんな感じ」
「そういうものでしょうか……?」
「そういうものだよ」
なんだろう、クロは友人として接する分には充分に良い男なのだが、異性として意識しようとすると全くと言っていいほど意識できない。不思議である。だからと言って見られても全く平気な訳ではないのだが、今の格好で接する分には問題ないと言える。
「あるいは兄さんが通りかかってくれれば良いのですが……」
「バーン君は耳が良いんだし、なにかエルフ的な音とかで呼び出せたりしない?」
「エルフってそういった便利な種族特性とかないですよ。魔力の流れを読み易いとか、日焼けしにくいとかは結構便利ですが」
「後はアンちゃん達兄妹もそうだけど、素地が良いというか美形が多いよね、エルフ」
「ありがとうございます。ですが私達は素地が悪くはないという程度ですし……まぁそれに留まっていて良かったとは思えますが」
「どういう事?」
「主より美形の従者は、下手をすれば理不尽にキレられます。まずパーティーで傍にはいられませんね」
「……なるほど」
そういえばアンちゃん達ブルストロード兄妹は顔が整っているのにやけに地味目に振舞っているような、とは思っていたけどそういう理由か。悪くはないけれど、取り分け良いという評価を貰えるほど派手でも無い、という辺りを狙っているのだろうか。
「その点で言えば、私達が着飾った所で遥か上を行くヴァイオレット様に仕えられたのは、僥倖という他なく――」
「私がどうかしたか?」
「――え」
あ、イオちゃんだ。
こんな外れで会うとは偶然である。偶然というのは滅多にない事ではあるが、いつか起るからこそ偶然であるとはよくいったものである。
「ヴァイッ、ごれっ、御令室様……!?」
「ど、どうしたアンバー。お前がそんなに動揺するなんて」
「いっ、いえ、なんっ、なんでも――なんでもございません事です、御令室様」
「落ち着け。……急に話してしまってすまない。名前が聞こえて来てつい反応してしまってな。そんなに動揺するとは思っていなかったんだ」
あれ、これもしかしてイオちゃん、なにかアンちゃんが主に対する不満を言っているのを聞かれたと思ったから動揺している、と思っているな。そして「主に対し不満の一つや二つあるのは当然であるし、愚痴も言いたくなるだろう」と、主としてなにも無かった事にして去ろうともしている。その辺りの誤解を解かねば、後に響きそうだ。
というか……イオちゃん、もしかして……
「あのさ、イオちゃん」
「どうした、シアン。ああ、アンバーとの会話に口を挟んですまなかったな。後は――」
「私達の格好に思う事は無い?」
「格好? ……あ」
うん、イオちゃんが「よく考えればこの格好はおかしい」という事に気付いたようである。普通に受け入れていたよね。
「ちなみにアンちゃんも私に倣って下着レスだよ」
「それはなんとなくそうじゃないかと思えたが……」
「たが?」
「……すまない、今日はそういう格好なんだな、程度に思っていた」
「なるほどー」
イオちゃんがシキに来てから約一年。彼女は充分にシキの領民として馴染みに馴染んだようである。
「まぁ、この格好には事情があってね――」
と、イオちゃんがアンちゃんが慌てていた理由に察しがついた所で、私達の状況を軽く説明した。説明が終わると、イオちゃんはふむと言って頷き、私達に提案をして来る。
「では、私が教会に行って服を取ってこよう」
「ご、御令室様にお手を煩わせる訳には――」
「従者が困っているならばそれを解決するために動くのは主の務めだ。その程度はさせて貰おう」
「で、ですが……」
「では、私が教会に服を取りに行くのと、今私が着ている衣服を脱ぎ、貸し与えるのとどちらか選べ」
「……と、取りにいって頂けると……ありがたいです……!」
「よろしい」
おお、アンちゃんが苦渋の決断をしているかのような表情になっている。イオちゃんの格好は夏らしい服装であるし、なにかを貸せばあられもない格好になりそうだしね。流石に従者としてそれは良くないと判断したのだろうか。あるいはイオちゃんは「こうなっては反対の意見を言った所で意味がない」と思ったのかもしれないが。
「では、行って来る。二人はそれまで近くで隠れていてくれ」
「はーい。イオちゃん、よろしく!」
「任された」
私のサムズアップに対し、イオちゃんはノリ良くサムズアップを仕返し教会へと小走りに向かって行った。
「うぅ……主に使い走りをさせるなんて、従者失格です……!」
「そこは運が無かったと思う事にしよう? そしてお返しは普段の業務をいつも以上に頑張れば大丈夫だって」
「そう言って頂けるとありがたいです……うぅ、しかしこの状態で感じる御令室様の香も、いつもと違って良い感じです……」
「割と余裕ない?」
しかしここまで興奮しているのに、イオちゃんは相変わらずこの兄妹のフェチの対象にされている事に気付いていないのはある意味奇跡ではなかろうか。
それはともかく、顔を手で覆っているアンちゃんと一緒に、近くで隠れて待機する場所を探すとしよう。誰かに見つかる前に――
「あれ、そこに居るのはシアンか?」
そして聞こえて来るは、愛しいけれど今はあまり会いたくない御方筆頭である神父様の声。はは、どうしよう。ははは。
どうしよう、逃げようかな。




