-とある場所での、二人の会話-
-とある場所での、二人の会話-
「君は恋愛が好き?」
「……なんだ突然」
「質問だよ。僕らの間に足りないものを埋めるための会話というやつだ」
「その足りないものというのは信頼関係とでもいうつもりか? だとすればいくら会話をした所で埋まらないぞ」
「そうやって過去の出来事から未来を断定するのは現在を生きる文明人の悪い所だ。事実は小説よりも奇なりというし、君と僕の間に絆も生まれるかもしれない」
「生まれると思うか?」
「なにもしなければ可能性は零のままさ。それを壱にするための歩を踏み出してみようとは思わないかな」
「…………恋愛はあまり興味はない」
「無い訳では無いんだ」
「一応はな。理解しようとして、結局は作業であった。でなければ今の私が此処に居る事は無いだろう」
「あんなきれーな女性に愛されておいて贅沢な話だ」
「思い通りにしかならないのだから仕様が無いだろう。……最近はそうでもないが」
「だろうね」
「……しかしどちらにしろ、私にとっては既知の範囲だ。特別にはまだ遠い」
「君は特別を求めすぎているようだ。高価、美味い、素晴しい、未知、予想外。それを求めて普通を愛せ無くなってしまったようだ」
「……それで?」
「実は僕ね、昔ワイン倉庫に盗みに入った事があるんだ」
「は?」
「盗んだワインは全部で五十種類。なにを盗むかとは決めずに、盗れる物を僕は盗った感じだった。そして無事手に入れたワインを並べると実に壮観だったよ。なにせ聖女や高位神官に捧げるような、一般市民が数年働いても手に届かないような値段のワインまであったんだ。盗みに入った価値は充分にあったと言えるだろうね。けど、僕が飲んだワインは一般市民が気軽に飲めるワインだけだったんだよ。他のワインより美味しくない、安物のね」
「……なにが言いたい」
「僕は美味い物よりも、好き嫌いで物を選んだんだ。最高などではなく、自分の好きに従って欲しい物を飲み込んだんだ。君にはそういう事はあるかい?」
「つまり俺は評価に捕らわれすぎて、自分の感情を蔑ろにしているんじゃないか、という話か」
「矛盾を愛せるかという話だよ」
「……矛盾?」
「君が彼に抱いている物だよ。矛盾と無駄を愛せないようでは――他に向けられないようでは、君はずっとそのままだ」
「…………」
「まぁそれでも良いだろうけどね。さて、話がそれたね。君は恋愛が好きかという話だ」
「その話は続くほど重要なのか」
「重要なんだよ。さて、君は今は僕の問いにリアルの恋愛について答えた。では、リアルではない恋愛についてどう思う?」
「……フィクション。物語上の恋愛の話か?」
「そう、フィクション、物語のお話だ。この国、この時代でも多くの恋愛の物語の本が人気を博している。心無い周囲により無実の男女が全てを失い、命を落とす恋愛悲劇。身分差をはねのけ恋を成就させる恋愛喜劇。大事な物を失っても愛は永遠に失われない悲劇的幸運恋愛劇。どれも根強い人気があって、物によっては劇の定番にすらなっている。そんな恋愛話は君は好きかい?」
「……馬鹿らしいと思う物が多いが、劇として定番になるほどに名作だと心を揺さぶられる物もあるのも事実だ。自分とて感情が無い人間では無いものでな、その程度は理解できるし、好きと言えよう」
「そう。では問おう。何故それらは人気がある?」
「……なに?」
「例えば君の八代前の先祖であるベコニア・ランドルフは、敵国の姫を愛し、戦争が二人を引き裂こうとしたが結果的に結ばれた素晴しい恋愛をした事で有名だ。彼らを題材にした本もあるくらいだ。だが、その本は人気が無い」
「あるだろう。私も彼らを題材にした本を読み、幼少期に見た劇は喝采を浴びるほど人気だったと記憶している」
「それは題材にした物語であって、事実じゃない。脚色がされている」
「作劇などの都合上仕様が無いだろう。立ち回りや書類仕事などを記して劇や本になるはずがない」
「では彼らを記したノンフィクションの歴史書は、その脚色されたフィクションの物語より人気が無い訳だ」
「…………」
「ノンフィクションがどんなにフィクションよりも奇をてらっていても、人々が楽しめるのは結局フィクションなんだ。子供が歴史の授業に寝ても、物語の読み聞かせでは元気が良いのと同じ事なんだよ」
「……言葉遊びがしたいのか」
「違う、恋愛話をしたいんだ。とびっきりの恋愛ものを」
「今の話が何故それに繋がるんだ」
「繋がるとも。ねぇカーマイン君」
「なんだ」
「僕はノンフィクションがフィクションよりも面白く恋愛させたいと常々思っている。例えばそうだね。物語の悪役と恋愛関係になるとか、化物が恋を知って人間なるとか、全裸で告白をするとか、そういうのだ」
「随分と限定的な話だ」
「限定的だからこそ本人は楽しめるんだろう。普通じゃないからまるで物語のような体験を出来る。さて、カーマイン君」
「なんだ」
「偶然にも、ついさきほど全裸で告白をした光景を見た一人の少女が、とある日を告白の日へと決めた」
「……メアリー・スーか」
「よく分かったね」
「俺にわざわざ話すのだから、僕の身近な相手に関わる事だという予想だよ」
「だとしてもよく確信を持てるものだ。やはり君は“変”だね」
「話を逸らすな。それで、彼女がどうした」
「分かっているくせに」
「…………」
「要するに僕は――彼女の恋愛を面白くしたいのさ」




