周囲と自分の恋_7(:灰)
View.グレイ
アプリコット様は綺麗な方だ。
外見もさることながら、生き方がとても綺麗で、格好良い。
魔法に対して自信を持ちつつも慢心はせずに、研鑽を怠らず、上を目指し続け。
外見にも誇りを持ち、自身のケアを忘れない。
上を目指して登り続けるが、それでいて今近くに居る存在を蔑ろはせずに、慈しむ。
花を愛で、鳥のように空を羽ばたき、風のように清らかで、月のように輝く。
私にとってのアプリコット様は、そんな素晴らしい御方なのである。
だからこそ、汚してはならない。
私に出来るのは彼女を支え、いつか彼女が父上や母上のように綺麗な御方を伴侶として選ばれる時に祝福をする事だ。……私はアプリコット様の夫に相応しくは、ない。
それで良い。……それで良いんだ。
「グ、グレイよ、痒い所はないかー?」
「……だ、大丈夫です。気持ち良いです」
「うむ、ならば良いが……しかしこの香油は凄いな。不思議な香りと泡立ちぶり……一つ欲しいものだ」
それはそれとして、この状況はどうしようか。
無言の間の後、アプリコット様から髪を洗ってあげるという申し出を受けたまでは良い。私はむしろその言葉を利用して、「先にアプリコット様のを洗います!」と逆に洗ってあげようとした。最近アプリコット様の髪を洗っていなかったのだし、良い機会とさえ思えた。
しかしその申し出をしようとアプリコット様の方を向いた瞬間に、私の思考はフリーズした。何故フリーズしたのかは分からないが、何度も見てきたはずの湯につかる裸のアプリコット様を見た瞬間に、あらゆる行動が止まってしまったのである。
私が止まった事にアプリコット様は気付かなかったようだが、その止まったのを肯定の意として見做したのか、あるいは無言の間に耐えきれないのでなにか行動を起こさなければと思ったのかは分からないが、ともかくアプリコット様は止まる私の手を引き洗う場所へと移動し、私を椅子に座らせたのである。
そして現在、私はこのアミューズメント施設なる場所にある、備え付けという香油(お土産として買えるらしい)を使われ、洗われている訳である。
――アプリコット様が私の後ろに……!
見えないから良い、という訳ではない。アプリコット様があの御姿で、後ろに居るという事が問題だ。いや、アプリコット様が問題になるはずなど無い。だから問題ではないが、困る。
何故困るかは自分でも分からない。今まで何度も何度も経験してきた事だ。それが今になって困る理由が分からない。動悸はさらに激しくなる一方だ。
「しかし久しいな、こうしてグレイの髪を洗うのは。一年……も経ってはおらぬが、我がシキに来てからでは一番間が開いたのは確かであるな」
「そ、そうですね」
「ふむ、しかし見ぬ間に背も伸びたな……と、ついでに背中も洗うか。確か特別な石鹸なる物があるとメアリーさんが……あ、これであるか」
むにゅ、と。背中になにやら柔らかい物が当たる感触がした。背中から私の前にある石鹸を取ろうとしたゆえの接触だろう。
――なんです、これは。なんなんですか……!!
その感触を背中に感じた瞬間、動悸はより激しくなった。
今までも何度もあった。今まで何度もあった。何度もあった。何度も。
それなのに今に限ってこんなにも動悸がするのは何故だろう。
――アプリコット様になにか変化が……!?
今までと違う事は、なにか理由があるという事。
それは一体なにかが分かれば動悸の鎮め方も分かるかもしれない。そして一番に思い浮かぶはアプリコット様の変化だ。メアリー様を見た時は特になにも無かったにも関わらず、私から見るアプリコット様は直視できない程に輝いて見える。
つまりはアプリコット様が以前となにか変わられたという事だ。……まさかアプリコット様は輝いて直視できないほど高みに行ったという事だろうか。流石はアプリコット様だ!
――あるいは、私自身の変化か。
……私自身の変化と言うと、やはりネロ様に言われた言葉だろうか。
あの問いかけで私は疑問視をし、そしてその疑問を晴らすためにアプリコット様へと会いに行った。つまり以前とは違う目でアプリコット様を見るようになったのである。もしかしてそれが原因なのかもしれない。
「グレイ、背中を洗うぞ。……その、以前と同じように洗えぬかもしれぬから、痛かったら言ってくれ」
「…………」
「グレイ?」
「あ、はい。もしそのような事があれば言いますので、よろしくお願いします」
「うむ? 分かった」
アプリコット様を見る目――そして、その目を変えた時、私は身を引こうという思考に至った。何故その理由に至ったのか。それを紐解けば、今の状況も理解できるかもしれない。
「しかし、グレイは筋肉がついたな。学園での訓練や、生徒会としての仕事の賜物であろうか」
「そうであれば嬉しいですね。目指すは父上かクリ先輩の筋肉です」
「あれは……至るのは相当であるぞ」
私が確かめようとしたのは、アプリコット様をどう見ているか。
女性として意識しているのか。
好きという感情はなにに対してなのか。
……夫婦とは別の物になりたいと、この御方に対して思っているのではないか。
これらを確かめようとした。
「クロさんと言えば、そろそろ結婚式であるな。祝杯の準備は進めておるか?」
「はい、順調です。ただ、ロボ様が上空に飛び、私めがそれに乗り、飛び降りて登場! というのはティー君に却下されました」
「うむ、奇をてらえば良いという物でもないであるからな。安全は大事である」
そして私はどう思ったのか。
何故、それらを総合して私は身を引こうとし、こうして今まで大丈夫だった事が、動悸が激しくなるほど緊張するまでになったのか。
理由、理由があるはずだ。
「しかし、ついに結婚式、か。……やはり良いものであるな」
「何故そう思われるのです?」
「そうしたいと願うほどにクロさん達は仲が良く、周囲が祝いたいと思うほどには、彼らが祝福されているからであるよ」
「……そうですね、とても良い事です」
「うむ。しかしシアンさん達はともかく、クロさん達はずっと夫婦であったから、むしろまだしていなかったのか、という思いがあるが――まぁ、好きがあんなにも溢れておれば、無理もあるまい」
…………好き。
「溢れている、ですか」
「うむ、傍から見るに互いが互いを好き合っていると、よく分かる二人であるからな。あそこまで溢れても堕落する事無く、高め合っているのは奇跡と思う程である。……胸やけをする時もあるがな」
………………ああ、そうか。
理由が、分かった気がする。
「さて、グレイ。背中を洗い終わったので……前はすまぬが、自分で――」
「アプリコット様」
「む?」
呼吸を軽く吸い、振り返り、アプリコット様を真っ直ぐ見て。
「好きです」
自分の意志で、ハッキリと言った。




