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周囲と自分の恋_5(:灰)


View.グレイ



「う、うむ、もちろん我も好きだぞグレイ。分かっているとはいえキチンと言の葉にして伝えるその姿勢、素晴しく思うぞ!」


 私が口走ってしまった好きと言う言葉に対し、アプリコット様は少々動揺しながらもポーズを決め、同じように好きと言って下さった。

 その事自体に不思議な事は無い。今までも私の好意を示す言葉に対し、アプリコット様は似た要は反応を示してくださっていた。思い返せばあれは私の言葉に対し動揺していたのだろうか、とも思うし、今も動揺をしているのだろう。その動揺の理由が照れによるものならば嬉しいが、同時に思う事もある。


――悔しい。


 何故今そう思うのか。分かりたくないが、今の私には分かってしまう。

 これはとても身勝手で、どうしようもなくて、こんな感情が湧いてしまう自分が嫌になるようなものだ。

 けれど分かってしまう。

 嫌になるほど理解できてしまう。

 私は今までもアプリコット様に対し、好きと言ってきた。それは本音であるし、今のように溢れる思いがつい言葉として出て来てしまった物だ。

 それに対し、アプリコット様は動揺しつつもどこか寂しそうにしていたのも今なら分かる。いや、分かってはいたけど何故そのような表情をされるかが分からなかった、という方が正しいか。なにせ今やっと、意味を理解したのだから。


――私の言葉に、重さは無い。


 私の言っていた好きは、食べ物が好き、景色が好き、香りや感触が好きといったものとなんら変わりない。


――今までと、同じと思われている。


 だから今の好きも、今までと同じものであり、深い意味は無いと思われている。

 こちらは男として、女性である貴女を意識し、今までと違う感情で言ったのに。

 大切な事は少しも、ただ受け流すかのように、普段通りに振舞おうとしている。

 ……それが少しだけ悔しいと思ってしまう。私の抱いている感情は、そんな、とても身勝手な物なのだ。


「どうした、グレイ?」


 だからこそ私は、黙り込んだ私に対し不思議そうにこちらを覗き込む彼女に分かってもらいたい。

 今までとは違い私は、貴女をアプリコットという女性として好きなのだと、伝えたい。

 今までは違ったが、これからは好きな貴女と共に、恋を――


「なんでもありませんよ。さぁ、行きましょうかアプリコット様。そしてメアリー様も」


 ……駄目だ。

 そもそも今まで身勝手に好きと言う言葉を使ってきたのは私の方だ。それなのに今になって、私が気づいたからそれを感じ取ってほしいなどと言うのは我が儘以外の何物でもあるまい。

 そして自覚して分かった。これは封印しなければイケない感情だ。

 私が抱く感情の先にあるのは、“アレ”だ。

 アレを思い出せ、思い出すな、忘れるな。私にとってアレは目を逸らして来た物であり、癒すのではなく封印してきたものだ。あの濁った瞳と声と、腐ったチーズのような臭いと痛みとミミズと寒さと液体。

 貧民街を出た所で世界はこんなモノしかないのかと絶望しかなかったあの時、あの時間。


――変わらない。同じ好きと言う感情だ。


 私より年上の女性奴隷を変態的に辱めるのが好きで、私を殴るのが好きだった前領主と、私の感情は、同じ性的な好き、だ。

 ……シキでシアン様達に勉強を教わった際には理解出来なかった性的な授業の真意を、ピースがハマったように今理解し、同時に感情を封印する事に決めた。


「あ、お二人は汗を掻かれたでしょうから、シャワーを浴びてから行かれますか? ならば私めが先に行き、席を取っておきますよ。注文が決まっているのでしたら、先に注文しておきますが」


 私は今まで通りアプリコット様を尊敬し、弟子として傍に居る事だけを望みとしよう。それだけで充分であると、今までの事が証明しているのだから問題無いはずだ。


「……うむ。別に急ぎはせんし、汗もそんなにかいてはおらん。食べ終わった後に寮で入るくらいで我は充分であるが……メアリー先輩はどうであろうか」


 何処となく私の様子を見てなにか言いたげなアプリコット様は、まだ確信を得ていないと言うように首を横に振りながら、メアリー様に問いかける。……危ない所だ。アプリコット様は鋭いから、気付かれないように振舞わなければ。


「…………」

「メアリー先輩?」

「メアリー様?」


 私は内心で心をぎゅっと引き締めていると、ふとメアリー様の御様子が妙である事に、私とアプリコット様が同時に気付いた。


「ふむ。ほむ。へーむへむへむ」

「なんであるかその科白」


 メアリー様は私とアプリコット様を交互に見て、なにやら思考を巡らすかのような表情になった後、ポン、と。なには思い付いたように自身の両手を叩く。


「丁度良いです、お二人共。これから温泉にでも浸かりに行きましょうか!」

『はい?』


 そしてその提案に、私とアプリコット様は同時に間の抜けた返事をしたのであった。


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